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追及と告白 side 悠人
「で、リョースケとはどこまでいったの?」
エリックさんがしば漬けをポリポリ食べながら突然聞いてきて、僕は思わず鍋蓋を取り落とした。アルミの蓋が床に跳ね返って耳障りな音を立てた。
「......は...?」
「まーたまた、とぼけちゃって。ボクの目は誤魔化せないって......あれ?もしかしてまだデキてない?」
「まだも何も、久我山さんはただのお客さんであって」
「うわ、"ただの"って、リョースケが聞いたら泣くよ。報われないねぇ、彼も」
僕は黙ってアルミ蓋を拾い上げると、流しに置いた。
もう2度と来てほしくなかったエリックさんが1人でふらりとやって来た。大人しく食べているかと思ったら、他のお客さんがいなくなってからの冒頭のセリフである。今日はどんな精神攻撃が繰り出されるのかと身構えていたら思いもしない内容で直球が来た。動揺は隠せそうにないけれど、何とか抵抗してみる。
「妙な邪推はやめて下さいね。久我山さんにも失礼ですよ」
「邪推!ハ、ハッ。人の感情読むのは得意だって言ったの忘れた?ま、それ以前にキミらの気持ち、ダダ漏れなんだけど。......んー、何もないのは嘘じゃなさそうだ。今時、小学生でももっとイケイケだよ。2人共ピュア過ぎてお兄さん、涙が出そうだ。それとも」
言葉を切って、スッと目を細める。青い瞳が色を深めて僕を見据えた。
「踏み込めないのは、過去のせい?」
「―――――――!!」
顔面から血の気が引くのが分かった。どこまで知っている?久我山さんが教えたとは思えない。まさかとは思うが、
「うん。興信所に頼んだ」
ケロリとして、焼きおにぎりを頬張る。ここまでするのか、この人は。過去を知られたことよりも怒りで身体がワナワナと震えた。
「一体あなたは何の権利があって―――」
「権利も自由もあるよ。親が子供の結婚前に交際相手の身上調査するとか普通に聞くでしょ?大切な人を託せるかどうかの瀬戸際なんだ。慎重にもなるよ。それにしても、あんなに酷い目にあわされて大人しく引き下がるとか、闘争心がないにも程がある。相手の家族に引け目でも?彼らに責任を負うべきは、キミを脅迫した上司であってキミではない」
かなり正確なところまで調べていることに内心驚いた。しかし、信じていた同期に笑いものにされたり画像を拡散されたりで死ぬ寸前まで追い詰められたことまで調べることはできないだろうし、言うつもりもない。託すとか何を言っているのかさっぱりわからないが、悩み苦しんだあの日々を軽々しく批評されるのはまっぴらだ。
「人の過去をほじくり返して楽しいですか?あなたにどんな権利があろうとも、偉そうに説教される謂れはありませんから。あと、そんなに大切なら、あなたが久我山さんのパートナーになればどうです?」
「ボクが?駄目駄目、話せば長くなるから省くけど、位置づけ的にはボクはリョースケの守護聖人だから。聖人は恋愛なんてしないの」
「聖人は自分で聖人と言いませんよ」
「ハハッ、一本取られたね。でも考えてごらんよ。人生は一度きりで、それがいつ終わるかは誰にも判らない。今日会った人に明日も会えるとは限らない。これ以上傷つかないように、ひっそりと孤独に生きていくのも悪くないけど、せっかく想い合っているんだ、勇気を出して一歩踏み出してみない?」
「だから、その想い合ってるというのが妄想だっていうんです。それ食べたら、さっさと帰って下さい。もう閉店ですから」
「冷たいなあ。ま、真剣に考えてみてよ。キミには期待してるんだからさ。」
そう言ってエリックさんは、ほうじ茶に手を伸ばした。
――という不毛にして不愉快極まりない会話をした日から半月ほど経った晩のこと。閉店後の片付けと掃除をし、外の暖簾を外しながら小さくため息をついた。
久我山さんが来ない。
最後に来たのはゴールデンウィークの初めの方だったから、もう3週間ほどになる。今までこんなに間隔があいたことはなかった。仕事が忙しい?当然だ。むしろこんな遠方までよく来てくれていたものだと思う。勤務先も立場も知っている、無理はしないでほしいと伝えた時には驚いていたが、『はる』に来るのが唯一の楽しみだから気にしないでくれと言われ、申し訳なさよりも嬉しさが立ったのを昨日のことのように思い出せる。お客様は皆大切だけれど、久我山さんはその中でも特別な場所にいる。エリックさんには「ただの」なんて言ったけれど、そんなんじゃない、本当はもっと......。
浮かび上がってくる想いをゆるく頭を振って払う。玄関灯を消し、暖簾を抱えて店内に戻る。内鍵をかけてバンダナと眼鏡を外し、首と肩を回す。何だか最近疲れが取れない。明日分の仕込みをして、さっさと寝てしまおう。
と、その時、入り口の引き戸を小さく叩く音がした。カラオケスナックのママさんがおかずを買いに来たのかと思って戸を開けた。
「遅くにすまない。少しだけいいか?」
久我山さんが立っていた。
久々に見る彼は相変わらずの男前だが、少しやつれてみえた。仕事が忙しいのか、それとも体調が悪いのだろうか。
「どうぞ、入ってください。今、席の用意をしますから......」
「いや、食事をしに来たんじゃないんだ。ここでいい」
入り口に立ったまま、久我山さんはそう言って、僕の顔をじっと見つめた。何となく向かい合う形になって僕も彼を見上げた。その瞳はいつもより昏く、懊悩が如実に表れていた。
「アメリカに戻ることになった」
「............え...?」
前置きもなく端的に告げられた言葉に、一瞬頭が真っ白になった。
戻る?アメリカに?
「そんな......最近日本に来たばかりで......」
「俺としても不本意なんだが、上からの命令でな。こっちに居れるのはせいぜいひと月かそこらだ」
言葉もなく彼の顔を見つめた。
(今日会った人に明日も会えるとは限らない)
エリックさんのセリフが脳裏に浮かぶ。そうだ、ずっと同じ日が、大切な時間が続くと何故思い込んでいたんだろう。
「......わざわざ挨拶に来てくださったんですね。忙しいのにありがとうございます」
胸の内側からこみ上げてくるものを抑え込み、口元に少しの笑みを作る。声は震えていない......はずだ。しかし、久我山さんの口から出たのは別れの言葉ではなかった。
「一緒に来てくれないか?」
「............!?」
「唐突で悪いが、一緒にアメリカに来てほしい。この店のこともあるし、すぐに決断できないだろうが、前向きに考えてほしい。もちろん、向うでの生活は保障する。仕事をするならレドメイン関連になると思うが、もし他に希望があれば......」
「......ち、ちょっと待って下さい!何の話をしているんですか!?一緒にアメリカって、そんな」
あまりにもな急展開に思考が追いつかない。何かの冗談かと思ったけれど、彼の目も口調も真剣そのものだ。
「俺には子供の頃の記憶がない」
はっとして彼の顔を見る。
「偶然この店にたどり着いて、ここの料理を食べて、記憶の奥底に隠れたものが揺さぶられるような衝撃を受けた。過去を思い出す手がかりになればと思って通うようになったが、今ではここで過ごす時間が......君といる時間が何より大事になった。事情があって、俺はレドメインから離れることが出来ない。アメリカに帰れば、おそらく二度と日本に来ることはないだろう。記憶が戻らないことは妥協できる。だが、君のことは諦められない」
いったん言葉を止めてから、迷いも見せず言いきった。
「君が好きだ」
(つづく)
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