恋は、美味しい湯気の先。

林崎さこ

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追及と告白  side 亮介


 言ってしまった。
 目の前に立つ悠人は、突然すぎる話に固まってしまっていた。当たり前だ。
 ゆっくりと距離を詰めていくつもりだったのに、急な異動に焦りが出た。気持ちを打ち明けたこと自体に後悔はない。しかし、これではあまりに悪手が過ぎる。
「......すみません。お申し出は嬉しいのですが、僕はこの店を離れるつもりはありません」
 案の定、悠人はそう言って、力無く俯いた。
「急にこんな話を聞かされて困るのは当然だ。悪いと思ってる。さっきも言ったが、今日明日の話ではないんだ。ゆっくり考えてほしい。それと、もう1つの......あの」 
 そこまで言って、亮介は口ごもってしまった。
 これまで数限りなく言い寄られることはあったが、自分から気持ちを打ち明けたのは初めてで、このあとどう繋げていけばいいのか分からない。大体が他人を恋愛対象として好きになったことがないのだ。 
 ずっと俯いていた悠人が、ゆるゆると顔を上げる。その表情は平坦を装っていたが、内面の苦渋を隠しきれていなかった。
「あなたの気持ちはありがたい......です。でも、僕はもう誰とも深い関係になるつもりはありません。どうか、忘れて下さい」
 悠人は深く頭を下げてから顔を上げ、もう閉めますからと小さくつぶやいて目を逸らした。
 
 その瞬間、亮介の胸に込み上げてきたのは、受け入れられなかった失意ではなく、もどかしさからくる憤りだった。
「君が」
 目を逸らしたままの悠人を見つめる。余計なことは言わずに立ち去れと頭の中で警告が響いたが、初めての恋に抑えが効かなくなっている心が止まってくれなかった。
「......君が過去に酷い目にあわされて、もう傷つきたくないと思うのは無理もない。1人でいるのは楽だ。他人の思惑に振り回されたり、相手の気持ちを推し量って疲れることもない。手酷い裏切りにもあわずに済む。でも、あと何年も、何十年もそうやって自分の心を鎧って孤独に生きていくつもりなのか?俺に興味がないとか対象外とか、そういうのであれば仕方がない。だが、そんな理由では納得出来ないし、忘れるなんて尚更無理だ」
「......あなたには分かりませんよ」
「ああ、そうだな。俺だって自分の苦しみは誰にも分からないと思っていた。壁を作って他人を寄せ付けずに自分を守っていた。君を知るまでは」
 頑なに顔を上げようとしない悠人に苛立ちを覚え、手を伸ばしてその薄い両肩を掴んだ。
「大体、この店を離れる気はないと言っていたが、いつまでも続けられるのか?君自身言っていただろう、常連頼りで利益も出ない、綱渡りのような生活だと。それでいいのか?新しい可能性に背を向けて過去の記憶に縛られて、ずっと1人。これから先も見込めない、こんなところで」

 その瞬間、両手の下の肩が跳ね上がり、周囲の空気が変わるのが分かった。
 顔を上げてキッと睨みつけてくる悠人の目に怒りがこもっているのを見て、亮介は自分がしくじったことに気がついた。

 「......帰って下さい」
 肩に置かれた手を振り払うと、悠人は入口の戸を引き開けて冷たく告げた。
「悠......」
「お帰り下さい」
 そうして亮介の身体を外に押しやった。されるがままに追い出されて、目の前でピシャリと戸が閉められる。内鍵を閉める音の後に店内の電気が消された。
「悠人くん、悠人くん、悪かった、悠人くん!」
 決してそんなつもりは――この店そのものを貶めるつもりはなかったが、悠人が誇りを持ち、心の支えとしている場所を侮辱するような物言いをしてしまった。決して口にしてはいけない言葉だったのに、もう全てが遅かった。
 謝りたくて格子戸を叩いて呼び続けたが、曇りガラスの向こうからは、無言の拒絶が返ってくるだけだった。

              (つづく)

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