恋は、美味しい湯気の先。

林崎さこ

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悩める気持ちとSOS・4  side 亮介


「僕が会いに行きます」
「............え?」
「あなたがアメリカから出られないなら、僕が行きます。......店は辞めません。可能な限り続けます。大切な場所ですから。でも」
 唐突とも言える悠人の言葉に亮介は混乱した。もしかして今までのことは全部夢で、俺はまだ高熱の中で幻覚を見ているのかもしれない。都合が良すぎる。いや、良くてオッケー。もういっそこのまま覚めなくてもいいかも......。

「時間を作って会いに行きます。あなたがアメリカのどこにいようと、半日でも、1時間でも。
 ............本当はまだ怖いんです。誰かに心を開くこともそうだし、罪悪感に身体がすくむこともしょっちゅうです。脅されたとは言え、人の家庭を壊した僕に幸せになる資格なんかあるのかって。
 でも、もう駄目なんです。この先何があろうと、誰に何と言われようと、僕はあなたを諦めたくない......だから、これで最後になんてしないでください!」
 そう早口で言い切って俯いてしまった悠人の顔は、背後にいる亮介には見えない。しかし、髪の間からわずかに見えている耳がじわじわ濃いピンク色に染まってくるのを目にした途端、閉じきれなかった恋情が心の内の透明な膜を、渦を巻きながら突き破り噴き上がっていくのを感じた。
「............っ、悠人くん......悠人.........!!」
 振り絞るように名前を呼び、顔を見たくて腕の力を緩めた瞬間だった。悠人は亮介の腕から抜け出すと、玄関ドアを開けて外に飛び出した。そのままエレベーターの方へ駆けてゆく。
 あっけにとられた亮介が慌ててドアの外に出ると、悠人はタイミング良く停まっていたエレベーターに乗り込もうとしていた。
 いやいやいや、おかしいだろう。何故こうなる。恋愛偏差値ゼロの自分にすら分かる。今は逃げ出すシーンじゃないはずだ。
「悠人くん!!」
 大声で呼びかけると、悠人は体半分だけ振り返って、こちらに向けてビシリと指を指した。
「保存容器!!」
「............は?」
「冷蔵庫の保存容器、あれ、店で使うぶんですから、絶対!返してくださいね!!宅配じゃなくて、店に!直接!持ってきてください!!」
 そして、後も見ずに箱に飛び乗ると、扉を閉めて行ってしまった。
 呆然として通路に立ちつくしていた亮介だったが、ゆるく頭を振って室内に引き返した。
 チラと見えた横顔が驚くほど紅くなっていた。ここは追わない方がいいだろう。
(......可愛いな......)
 唇の端に自然と笑みが浮かんでくる。
 店?行くとも。本社帰還まであと2週間はあるのだ。今度はハグ程度じゃ済まさないぞ。
 玄関ドアを閉めて、そのまま扉にもたれて目を閉じ、深く息をつく。ここに悠人がいた。亮介を諦めないと確かに言ってくれた。最後じゃない、またここから始まる。足元からせり上がってきた感情が、肺を震わせ胸を満たし、大きな歓喜となって喉を突き抜ける。
「―――――Yessss!!!!」
 腹の前で両の拳をグッと握りしめ、記憶にある限り初めての快哉を叫んだ。

   (つづく) ↓
         ↓
         ↓(おまけの小話)
         ↓
         ↓

<その1>

 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい―――――――――!!!

 悠人はエレベーターの中で頭を抱えて座り込みながら、心の中で絶叫していた。
 ひどいよ、久我山さん!風呂上がりの熱い身体でいきなりのバックハグとかもう、殺す気!?いや、死ぬ。あれ以上あそこに居たら、絶対死んでた。シャンプーの香りがまた......!
 別れ際に「前向きに考えてみるから」って地味めの告白をするつもりだったのに、もうメチャクチャだよ。呆れてないかな......いや、絶対呆れてるよね。何だよ、保存容器って。毎度毎度僕は本当に何やってんだ。今度会う時、ちゃんと目を見て話せるかな......うう、心臓が痛い............。


<その2>

 フロント前を風のように走り去っていったゲストの姿を、ふた組みの眼が鋭く追っていた。
「......紅潮した頬」
「......そして、おそらくは彼シャツ」
「もしかして」
「もしかすると」
「フフ......」
「フフフフ......」
「今日、呑み行くわよ」
「了解です、姐さん!」

 正直、期待するほどのことはまだほとんど始まっていない事実を、不埒な妄想に脳内が沸いている2人は知るよしもなかった。

      (おしまい) 


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