恋は、美味しい湯気の先。

林崎さこ

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トムじいちゃんとボク(エリックが少年だった頃の話)

「おじいちゃん、こんにちはー!!」
 ボクは自転車を芝生の上に乗り捨てると、ポーチを駆け上って玄関ドアを勢いよく開けた。
「おお、エリック、よく来たね。元気だったかい?」
 トムじいちゃんが両手を広げて出迎えてくれた。
「うん!今日が楽しみすぎて、病気なんかしてられないよ!」
 町はずれの一軒家に住んでいるトムじいちゃんは、正確には大叔父さん。ママの方の祖父の弟だ。その祖父はボクが生まれるずっと前に戦争で死んじゃってるし、ボク的には隣町に住んでいて小さな頃から可愛がってくれているトム大叔父をホントのじいちゃんだと思ってる。第一、大叔父さんって言いにくいしね。

 じいちゃんは趣味で東洋の品物を集めてる。中国の壺や仏像、東南アジアの変わったお面や飾り物、高いものじゃないらしいけど色んなモノが奥の小部屋に一杯詰まってる。
 中でも多いのは日本のアイテムだ。浮世絵に着物や掛け軸、食器に人形などなど、数え切れないくらいあるんだ。昔は市場で、今はネットで色々掘り出し物を探しているらしい。数カ月前、遊びに来るボクのために用意してくれた日本の古いマンガに、ボクはすっかりハマってしまった。ドラゴンが守る宝玉を探しに行く勇者の話なんだけど、これがすっごく面白いんだ。昔のマンガで英訳版がないので、じいちゃんが訳してくれるのを聴きながら夢中になって読んだ。じいちゃんは趣味のために猛勉強して、日本語がペラペラなんだ。マンガは途中までしかなくて続きを探してもらってたんだけど、全部そろったって聞いて、今日、泊りがけで読みに来たんだよね。
 リビングに入ると、テーブルの上にはマンガの他に、手紙と写真が散らばっていた。写真の1つには、制服を着た小さな女の子が写ってる。
「可愛いね、この子......あ、これってもしかして?」
「前に話したことがあったろう。ミア......じいちゃんの姪っ子の子供だよ。エリックのまたいとこになるかな。今度学校に行くことになったって、写真を送ってくれたんだよ」
「身体が弱くて長生きできないかもって言われてた?何年か前にすっごく大きい手術をしたって聞いたけど......元気になったんだ。良かったね!」
 ボクがそう言うと、トムじいちゃんは、
「...ああ、そうだね。良かった。本当に......」
 写真を手にとってつぶやいた。嬉しそうに目を細めていたけど、少しだけ苦しそうに見えたのはどうしてだろう。でも、そんなことよりも。
「ねえ、じいちゃん。早くマンガ読もうよ!ボクさ、カタカナが読めるようになったんだよ!」
「ホッホォー、そいつは凄い!」
 ドドーンとかズガガガッて文字が読めれば迫力が違うもんね。そのうち漢字とひらがなもマスターするつもりさ。
 写真を片付けると、ボクとじいちゃんはソファに並んで腰掛けてマンガ本を開いた。さあ、勇者と一緒に冒険だ!
 
 その夜、ボクはトイレに行きたくなって目を覚ました。寝しなにジュースを飲んだのが駄目だったかな。
 ベッドから降りて部屋を出ると、暗い台所の方から何か聞こえてきた。じいちゃんの声だ。電話かなと思ってそっと覗いてみると、じいちゃんがキッチンテーブルの椅子に腰掛けて......泣いていた。
「じいちゃん!」
 ボクはびっくりして駆け寄った。どこか痛いの?ママに電話しようか?そう言うと、じいちゃんはボクを引き寄せて首を振った。うわ、お酒くさい!ボクが泊まるときは飲まないって言ってたのに、どうしちゃったんだろう。
「......エリック......じいちゃんは......じいちゃんはな、やってはいけないことをやってしまったんだ......。ミアを助けたいばかりに、とんでもないことを......」
「とんでもないこと......?」
 何を言ってるのか分からない。
「頼む......あの子を......あの子を助けてやってくれ......リョウスケを......」
「リョウスケ?誰??ねぇ、じいちゃん、しっかりしてよぉ!」
 じいちゃんは、頭をグラグラさせていたかと思うと、そのままテーブルに突っ伏して寝てしまった。元々お酒に強くないって言ってたけど、これはないよね。
 ボクはリビングから毛布を持ってくると、じいちゃんの身体にそっとかけてあげた。ひっくり返さないようにとお酒のグラスをどけようとして、1枚の写真が置いてあるのに気がついた。
 その写真をこっそり寝室に持ち帰って、ベッドサイドの電気スタンドをつけて見た。ボクと同じか、少し年下にみえる黒い髪のアジア人っぽい少年が、真正面からこっちを見ている。
 ......いや、見ていない。怖いくらい何の感情もない曇ったガラスのような黒い瞳。子供らしい明るさとか無邪気さとか、そんなものが一切感じられない......そう、殻だ。抜け殻だ。今日読んだマンガに出てきたような、悪い魔法使いに魂を抜き取られてしまった子どもが写真の中にいる。
 助けなけゃ。そう思った。 
 勇者になろう。そして、この子の魂を取り戻すんだ!10歳の夜、写真を手に心の底からそう誓った。トムじいちゃん――トーマス・ドナルドソンが悪い魔法使いかもしれないなんて考えは、全く思いもつかなかったんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・

「すみません、エリックさん。ウチ、禁煙ですので」
 『はる』のカウンターで昔を思い出しながら、くすんだシルバー色のライターを掌の中で転がしていると、カウンターの中から控えめな声色ながら鋭いチェックが入った。
「あぁ、吸わないよ。これ、大叔父の形見でね、考え事をする時には、つい触っちゃうんだよね」
「エリックさんでも考え事なんてするんですね」
「うわ、ヒドいよ、ハル!前から思ってたんだけど、なんかボクにだけ当たりがキツくない?」
「気のせいじゃないですか?あと、馴れ馴れしく呼ばないでください」
「ほらほら、またぁ」
 素直にライターをポケットに仕舞う。身元調査したのをバラしたのは流石にマズかったか。
 
 小さな勇者は結局、魂の奪還にしくじった。悪い虫を追い払うのがせいぜいというヘッポコぶりで、マンガの題材にもなりゃしない。ハルには守護聖人なんてうそぶいたけど、本当は挫折感が半端ない。
 キミに大役を引き継ぐよ、ハル。今は腰が引けているみたいだけど、ボクの直感が告げている。キミなら出来る。魂を抜かれた囚われの王子を赤毛の姫が救う。お、今風でなかなかイイんじゃない?
「何ニヤニヤしてるんですか?」
 そんなに嫌そうな顔をしないでよ。期待してるんだからさ。
 リョースケ、今日は来るかな?キュウリのお新香をポリポリやりながら目を閉じて、大好きだったじいちゃんの笑顔を想った。

        (つづく)

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