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記憶の扉が開くとき・4 エリックが語る話・つづき
で、続きだけど、そうやって最愛の息子を亡くしたデボラ母は、抜け殻同然だったそうだ。会社の経営は夫に任せて息子との思い出に浸る日々さ。
しかし、どこにでも目先の効くというか利に聡い人間っているもんだね。レドメインの遠い姻戚で、日本にいるジョシュアの恋人を数年かけて探し当てた男がいた。同棲までしていたなら、もしかしたら子どもが出来ているかもしれない。可愛い息子の血を受け継いだ孫を連れていけば、デボラの覚えも良くなり、企業グループの中核にくい込めるじゃないかとね。デボラや周辺の人間が子どもの可能性に考えつかなかったのは不思議としか言いようがないけど......この男を仮にA氏としようか。
結果はドンピシャ。恋人――キミの母親だ――は、ジョシュアに去られた後、キミを産んで1人で育てていた。彼女についても情報が伏せられて詳しいことは分かっていないが、大叔父がのちに知った話では、頼る身内はおらず、暮らし向きも良くなかったようだ。それを知ったA氏は即、代理人を立てて、生活苦にあえぐ彼女にエサをちらつかせて息子を養子に出すよう彼女に迫った。キミの記憶にある"黒い服の男"は恐らくこの代理人のことだろう。だが、完全に親子の縁を切って2度と会わないことという条件を聞き、彼女は当然拒否。その後も執拗にやって来たため、万一の事態を怖れて逃げるように転居を繰り返したらしいが、その度所在を突き止めてくる。そんなストレスに加え、生活のために無理な働き方をしていた彼女はついに倒れてしまい、病院に搬送されてしまう。脳か心臓の疾患で、早急に手術しないと危険な状態だったらしい。
お母さんは悩んだと思うよ。大きな病気を抱えて先が見えない。頼る人も蓄えもない。万一、自分が死んでしまったら息子はどうなる?でもアメリカに養子に出せば、最高の環境で育ててもらえ、将来も約束すると言われている。例の条件に納得はできないけれど、キミが何の心配もなく生きていけるならば、と。
入院先の病室で、代理人に申し出を受けると彼女が返事をした時、キミはベッドに縋りついてずっと泣いていたらしい。お母さんが倒れた時からずっと不安と緊張状態が続いて限界だったんだろう。脱力したように目を閉じた母親の顔を見て死んだと思ったか、ショックのあまり気を失ってしまった。代理人はこれ幸いとキミの身柄を預かると別れの挨拶もさせず、驚きの早さでアメリカに連れていってしまった。書類なんかもぬかりなく用意していたんだろうねえ。手際がいい。そんなこんなで、ようやくキミが正気を取り戻してみれば、そこはまるで知らない土地で、見たこともない顔の人達が理解できない言葉で話しかけてくる。宇宙人にさらわれてしまったようなもんだ。パニックを起こしたキミはまた気を失って――次に目を覚ました時には殆どの記憶を失ってしまっていた。
これにはA氏も焦った。ぶっ壊れてしまったら元も子もない。精神科医やらカウンセラーを探しまくって、ボクの大叔父に行きついた。キミは個人的記憶が抜け落ちても、言語や生活習慣の記憶まで失ったたわけじゃなかったから、日本語ができる大叔父を見つけたのはラッキーとしかいいようがないね。大叔父は後にろくでもないことをしてしまうんだけど、この時はただ、キミの精神状態を落ち着かせればよかった。
さて、キミがある程度の落ち着きを見せると、A氏は喜び勇んでデボラの元にキミを連れて行った。事前連絡無しの超サプライズだったが、これが大失敗、最大級の悪手だった。
なんせ、「最愛の息子さんの忘れ形見です!」と言って引き合わせたのが、黒い髪に黒い目、黄みを帯びた肌の子供だったのだから。A氏は遠縁の姻戚だから、レドメイン直系の血筋の誇りを理解していなかったんだろう。キミにジョシュアの面影があったことがまたマズかった。伝統ある一族特有の金の髪と緑の瞳が美しかった息子の遺伝子が、下等な民族の血に汚され駆逐されてしまった現実を見て、デボラはもう発狂寸前に激昂した。凄まじい怒りと罵詈雑言にA氏は這う這うの体でキミを連れて屋敷から逃げ出したらしい......ねえ、リョースケ。過去に鬼のような形相で怒る中年女を見て、わけもなく動悸がしたり冷や汗の出た経験は?ない?良かったね、トラウマにならなくて。
そうして、A氏はただのお荷物になってしまったキミを大叔父に押し付けてトンズラしてしまった。デボラの怒りを怖れて海外に逃げたという話も聞くけど、彼のその後は分からない。
大叔父は当時自宅を改良したクリニックで仕事をしていて、そこでしばらくキミの面倒を見ていた。日本に帰すか、施設に入れるか、例の代理人とは連絡がつかないし、どうしようかと悩んでいた時に、なんとデボラ・レドメイン本人から直接会って話したいことがあるという連絡が来た。そして、とんでもない依頼をされてしまうんだ。
(つづく)
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