恋は、美味しい湯気の先。

林崎さこ

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記憶の扉が開くとき・5  エリックが語る話・さらにつづく

 
という訳で、その日から大叔父によるキミの記憶の封じ込めと改変が始まった。効果の程はキミが1番よく知っているだろう、リョースケ。しかしながら、独身の壮年男性に子育てができるはずもない。まもなく伝手を辿ってアメリカ暮らしの長い久我山夫妻と養子縁組をしたが、専属カウンセラーとして記憶操作は続けた。万一にも昔を思い出さないように、旅行はもちろん、日本に関する事物は徹底的に排除し、アメリカにというかレドメインに忠誠心を抱かせるように意識付けすることも怠らなかったし、夫妻にもそう依頼した。でも、キミを不憫に思った久我山の奥さんが英語教育を施すかたわら、日本語をこっそり教えていたのは知らなかった。いや、知らないふりをしていたのかな。順当に行けばデボラの方が先に死ぬ。そうしたら記憶操作なんて馬鹿げた真似を終わらせて日本で肉親捜しも出来るだろう。それを見越した密かな反抗だったのかもしれないね。ただ、デボラ婆さんが思いのほか長生きでね……。

 ミア?ああ、おかげさまで手術を受けられて元気になったよ。とっくに結婚していて、もう2人目の子どもが生まれるんじゃないかな。 
 そうやってミアが健康を取り戻して明るい人生を送る一方で、キミの瞳はどんどん昏くなっていき、笑顔すら忘れてしまった。その罪の大きさに耐えられず、大叔父は酒に走るようになった。ボクがキミの事を知ったのはその頃だ。大叔父はアル中は免れたものの、最終的にガンと認知症を患って施設で死んだ。たまに正気にかえる時は、キミに詫びて泣いていたよ。許してやってくれとは言わないが............そうか、ありがとう。
 ボクはキミの記憶を呼び戻す気満々で、先回りして入った大学では精神科医かカウンセラーを目指して心理学を専攻した。でも、出会った時にはキミは久我山として(暗かったけど)問題なく過ごしているように見えたし、何より、お母さんの現状が分からなくてさ。"日本でお母さんが待ってる"っていうのが記憶の解除のキーワードだったんだが、実は元の苗字や住所の手がかりが無くて――これだけはA氏も代理人も口を割らなかったらしい――もし彼女が亡くなっていたとして、それを知ったキミが新しい喪失感に苦しむようなことはさせたくなかった。まあ、どちらにしても、キミの信頼が得られず催眠療法の真似事も出来なかったんだけど......出会い方が悪い?ああ、あれね。ちょっとテンション上がっちゃって......。
 
 最終的に大叔父に相談して、キミが独り立ちするまで見守る方向に変えたんだ。とにかく心を乱されることがないようにと気をつけていたけど、キミは妙に人を惹きつけるところがあるから、変な虫がたくさん寄ってきて大変だったよ。脳にどんな影響があるか分からなかったから、クスリを勧めてくるような奴は特に要注意だった。まあ、結局のところキミは怪しい奴を誰も寄せ付けなかったし、ボクの独り相撲だったような気はする。
 あとは就職してからだね。デボラ婆さんが支配する白人優位のレドメインでいたぶられないか心配だったけど、キミは出来がいい、すぐにいたぶる方に回ることが確信できたんで、ボクも安心して見守りを卒業し日本に来たのさ。しかし、彼女がキミをアメリカから出すはずないと思っていたから、こっちに来た時は驚いたよ......え?また戻れって?どーなってんの、あの婆さん。
 まあ、でも良かったよね。振り回されて大変だったろうけど、過去へのとっかかりも出来たし、何といっても素敵なハニーもゲットして......ふふ、赤くなってカーワイイーー......いた、痛い!
 とにかくだ、日本での調査は引き受けるよ。固有名詞が2つも知れたのはラッキーだった。これで地域を併せて絞り込めば、いずれキミのお母さんに辿り着くはずだ。ボクの使ってる興信所は優秀でね......いや、大叔父から遺言されているし費用も出ているから問題ない。任せてくれ。
 キミに頼みたいのは、仮にお母さんが亡くなっていたとしても......やり場のない喪失感に苦しめられたとしても何とか乗り越えていってほしい、ただそれだけだ......おっと、デボラ婆さんに因縁つけるのも忘れないようにね。息子の恋人憎さに罪もない子供の心と人生捻じ曲げちゃったんだ。スキャンダルをばらまかれたくはないだろうから交渉には応じるだろう。例えば異動の撤回とか、楽勝じゃない?

    (つづく)


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