恋は、美味しい湯気の先。

林崎さこ

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それぞれのエピローグ・3<最終話>

<千春ばあちゃんと池田氏・過去>

「ハル坊、これ2丁目の秋山さんとこ持ってったって。お代は貰てるから」
「はい...」
 半月程前から『はる』で働き始めた青年は、おでんの入った容器を下げて出ていった。ガリガリに痩せて覇気もなく、俯き加減で人と目を合わせないようにしていて、とにかく暗い。
「ね、春ばぁ。正直、あの子どうなの?上に住まわせてるんだろ?おれ達ちょっと心配なんだよ、だって」
 遠縁の子って、嘘だろ。
 イケメントリオのひとり、池田はそう言って、カウンターの中で漬物を切っている千春ばあちゃんを見た。他の2人、池本と小池はそれぞれ出張と残業のため、今日は1人で店内貸し切り状態である。
 四国の漁村の出の春ばぁ。今はもう身寄りもおらん気楽な一人暮らしやと常々言っていたのに、いきなりの親族登場とかどうよ。店を手伝っていた中山のオバちゃんと入れ替わるように現れたが、とにかく怪しい。売上金を持ち逃げするくらいならともかく、老女惨殺・パトカーのサイレンとか嫌だからな、おれは。
「心配せんでええよ、ケダやん。あと、詮索はせんたってな」
 春ばぁはにこやかに、しかし反論は許さないという無言の圧と共に浅漬けの皿を突き出してきた。やっぱ他人じゃん。ちなみに、ケダやんとは池田のあだ名で、ついでに言うと池本はモッさん、小池はコイちゃんである。
「でもなぁ......」
「あの子は何や色々抱えてるようやけど、人に悪さはせん子や。むしろ気になるんは......」
「気になるのは?」
 春ばぁは一旦、口をつぐんで少し考える素振りを見せた。そして、
「なぁ、ケダやん。ハル坊に何があっても味方してやってくれるか?」
「えぇ!?」
「あの子はとことん自分を追い詰めてしまう子や。守ってやりたいけど私も年や、いつまでも元気でおれん。何も言わんと、頼むわ。この通りや」
 手を合わせる春ばぁに慌てて言った。
「わ、分かった!よく分からないけど、とにかく分かったから、そんなことするのやめてよ」
 唐突な展開だが、敬愛する春ばぁにそこまで言われたら仕方がない。肝心な所は謎のままだが、若い頃から人間関係で苦労し続けで人を見る目には自信があるという春ばぁが言うんだから、大丈夫だと思おう。うん。
 ありがとうな。これ、ワイロ。
 そう言って出された、この店ではご法度の2杯目のビールの味を、池田は今でもよく憶えている。

※  ※  ※  ※  ※  ※

<千春ばあちゃんと池田氏・現在>

「あ、扇子忘れた」

 池田はポケットを探って小さく舌打ちした。店でトイレに入った時に落としそうになって......どこに置いたっけ。某有名棋士のサイン入り扇子は池田自慢の逸品で手元にないと落ち着かないのに、最近は少し酒が入るとすぐこれだ。
「モッさん、コイちゃん悪い、先に行っといて」
「りょーかーい」「ホームで待ってる」
 2人の声を後ろに、『はる』に引き返した。先ほど店に向かったクガちゃん――久我山氏を追う形になった。
 それにしても、クガちゃん明るくなったなぁ。初めて見た時は死んだ魚みたいな眼をしてたけど、今はもう文字通りキラキラしていて、さっき出張土産の礼に返してきた笑顔なんて、夜道の対向車のハイビーム並みに眩しかった。危険すぎる。真性のイケメンは笑ってはいけないのではないか。
 明るいと言えば、ハルちゃんも変わった。昔の暗さはとうに無くなっているけれど、最近は特にニコニコ幸せそうに笑ってる。一時期、悩んでるように見えたけど心配なかったな。良かった良かった。きっと春ばぁが見守ってくれてんだな。
 池田が本通りの角を右に曲がると、久我山の姿は無く、悠人が暖簾を外して店内に入るのが見えた。表の灯りも消したようだ。あれ?もう閉店?まぁ、扇子探すくらいはいいよね。
 店の前に着いた池田は引き戸を開けようとして―――。
 格子に区切られた曇りガラスの向こう、巨熊が椅子から立ち上がり、一回りもサイズの違う赤毛の人間をホールドしようとするシルエットに全身が硬直した。どう見ても通報案件だが、なんと赤毛も自ら熊の首にスルリと両腕を巻きつけにいったではないか。そしてお互いの顔がゆっくりと近づいて............。

 (なるほど。)

 池田は音を立てないように引き戸から離れると、そのまま静かに方向転換した。そして駅への道をてくてく引き返しながら考えにふける。
 道理で2人とも明るいはずだよ、うん。お幸せにね。でも脇が甘いというか隙だらけというか、内緒にしてるっぽいけど他の面子にバレちゃうのも時間の問題だよなぁ。コイちゃんはともかく、モッさんは意外に保守だからな......。

 ―― 何があっても味方してやってくれるか ――

 任せてよ、春ばぁ。
 とりあえず、曇りガラスでも外から店内が見えることを教えてやらなきゃ。日が落ちていて表の電気が消えてれば尚更だ。ハルちゃん、パニクらないといいけど、どう切り出すかな......。
 そこで、池田は大事なことに気づいた。

「あ、扇子忘れた」

               
          恋は、美味しい湯気の先。(完) 

※  ※  ※  ※  ※  ※

<あとがき、のようなもの>
 
 ここまでお付き合いくださり、誠にありがとうございました。関西生まれ関西育ちで今は関東暮らしの林崎です。

 数少ない脳内妄想を昇華すべく、はじめは小説投稿サイトエブリスタ様で投稿していたのですが、本作の完結後しばらくして病気になったり事故にあったり、あれやこれやで挫折。この春ようやく再び投稿生活にチャレンジしようという精神状態にこぎつけ、河岸を変えて頑張ってみることになりました。残りの放置物を移し終えたら、ゆっくり更新にはなりますが、新しい小説を書いていきたいと思っています。今度は思いっきりおバカで軽い感じにしようかな……。

 お読みいただきました全ての皆様に多大なる感謝を。

 林崎 さこ  拝


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