46 / 50
その後の小話・1
「紹介したい女性(ひと)がいるんだ」
そう切り出した久我山さんの照れたような声を、僕は一生忘れないだろう。
・・・・・・・・・・・・・・
その5日後の土曜日の夕方、僕は暴れ出しそうな心臓をなだめながら店内の最終チェックをしていた。特別に店を貸し切りにしてほしいと頼まれ、普段よりも入念に掃除をした床には塵ひとつ落ちていない。これも念入りに拭き上げたカウンターに箸置きと塗り箸が二膳分。小さな一輪挿しに季節の花。料理は普段通りでいいと言われたけれど......。ああ、胃がキリキリする上に何だか涙も浮かんできた。
(千春ばあちゃん、助けて......!)
しかし、逃げ出したい思いをグッとこらえて大きく息を吸い、口の端に無理やり笑みを形作る。たとえ誰が来ようと『はる』で出迎える限り、震えてなんていられない。僕は店主なのだから。
本日貸切の札を掛けようとして店の外に出ると、タイミングの悪いことに、ほんのすぐ近くまで久我山さんが歩いて来ていた。その傍には背の高い、ほっそりとした女性の姿。
予定より早い。なんてこった、心の準備がまだ出来ていないのに。
僕と女性はお互いに見つめ合い......先に言葉を発したのは彼女だった。
「初めまして。いつも息子がお世話になっております。来生と申します」
そう言って深々と頭を垂れた。
・・・・・・・・・・
「うわっ!そりゃないよリョースケ!初対面のママに料理を振る舞えとか、並のカップルなら破局案件だからね?」
数日後、エリックさんがおでんを食べながら久我山さんに説教するのを、僕は内心でウンウンと頷きながら聞いていた。
ほんっとーーーに緊張したのだ。関西に住んでいる母親が上京してくるので、ぜひ君と君の店を紹介したいと久我山さんに言われた時には全力で拒否した。パートナーが同性でショックを受けないかとか、料理下手と思われたらどうしようとか、ネガティブ全開で反対したのだけれど、母は中々こちらに来る機会もないし君に会いたがっている、性別のことも心配いらない。何より大恩ある千春おばあさんの店を見てもらいたい、と押し切られてしまった。ばあちゃんの名前を出されると弱い。
「もう生きた心地がしませんでしたよ。しかも最初、紹介したい女性がいるなんて言って」
「え?もしかして気を揉ませようとしたとか?サイテー!」
エリックさんのからかい混じりの攻撃に頭を抱える久我山さんの姿を見て、やっと溜飲が下がった。
とはいえ、あの日はとてもいい感じに過ごせた。久我山さんのお母さんとは前に一度、電話で言葉を交わしたことがあったけれど、その時の印象通りに穏やかで優しい人だった。終始にこやかに料理を楽しみ、久我山さんの子供の頃の話をユーモア交じりに語った。帰り際に僕の手を取って、貴方に恋人になってもらえて亮介は幸せ者だわ、これからもよろしくお願いしますと言ってくれた時には、こらえきれずに泣いてしまった。
会えて良かった。心からそう思う。
カウンターの向こうではまだ説教タイムが続いている。
「それでなくとも相手の親に会うのは緊張するもんなのに、ハードル爆上げてどうすんのさ。ま、ハルには当分誠心誠意尽くすこったね」
「エリックさん......。僕、初めてエリックさんのこと好きになれそうな気がします」
「好意の表明とディスりを同時にやらないでくれる?あと、『気がする』ってのも余計だから!」
エリックさんがわざとらしく拗ねてみせ、僕と久我山さんは声を上げて笑った。
(おしまい)
・・・・・・・・・・・・・・・・
悠人のご両親が息子をにこやかに受け入れるのって、あと20年はかかりそうだな……。
あなたにおすすめの小説
三ヶ月だけの恋人
perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。
殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。
しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。
罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。
それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。
【完結】幼馴染に告白されたけれど、実は俺の方がずっと前から好きだったんです 〜初恋のあわい~
上杉
BL
ずっとお前のことが好きだったんだ。
ある日、突然告白された西脇新汰(にしわきあらた)は驚いた。何故ならその相手は幼馴染の清宮理久(きよみやりく)だったから。思わずパニックになり新汰が返答できずにいると、理久はこう続ける。
「驚いていると思う。だけど少しずつ意識してほしい」
そう言って普段から次々とアプローチを繰り返してくるようになったが、実は新汰の方が昔から理久のことが好きで、それは今も続いている初恋だった。
完全に返答のタイミングを失ってしまった新汰が、気持ちを伝え完全な両想いになる日はやって来るのか?
初めから好き同士の高校生が送る青春小説です!お楽しみ下さい。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる
衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。
男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。
すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。
選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。
二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。
元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。
αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…
だって、君は210日のポラリス
大庭和香
BL
モテ属性過多男 × モブ要素しかない俺
モテ属性過多の理央は、地味で凡庸な俺を平然と「恋人」と呼ぶ。大学の履修登録も丸かぶりで、いつも一緒。
一方、平凡な小市民の俺は、旅行先で両親が事故死したという連絡を受け、
突然人生の岐路に立たされた。
――立春から210日、夏休みの終わる頃。
それでも理央は、変わらず俺のそばにいてくれて――
📌別サイトで読み切りの形で投稿した作品を、連載形式に切り替えて投稿しています。
エピローグまで公開いたしました。14,000字程度になりました。読み切りの形のときより短くなりました……1000文字ぐらい書き足したのになぁ。
📌本編モブ視点による、番外エピソード
「君はポラリス ― アンコール!:2年後の二人と俺と」を追加しました。
優等生αは不良Ωに恋をする
雪兎
BL
学年トップの優等生α・如月理央は、真面目で冷静、誰からも一目置かれる完璧な存在。
そんな彼が、ある日ふとしたきっかけで出会ったのは、喧嘩っ早くて素行不良、クラスでも浮いた存在のΩ・真柴隼人だった。
「うっせーよ。俺に構うな」
冷たくあしらわれても、理央の心はなぜか揺れ続ける。
自分とは正反対の不良Ω——その目の奥に潜む孤独と痛みに、気づいてしまったから。
番なんて信じない。誰かに縛られるつもりもない。
それでも、君が苦しんでいるなら、助けたいと思った。
王道オメガバース×すれ違い×甘酸っぱさ全開!
優等生αと不良Ωが織りなす、じれじれピュアな恋物語。