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その後の小話・4
「ただいまより第14回トリオ名改正会議を始める」
「あれっ?15回目じゃなかった?」
「どうでも良くない?」
「そだねー。」
エリックさん初来店以来、さらに頻度を増しているイケメントリオ改名会議がいつものごとくグダグダになって終わろうとする頃、1人の人物が店に入ってきた。
ニット帽を目深にかぶってグラデーションの入った眼鏡をかけ、顔半分をおおうマスクをしていて顔かたちが全く分からない。スタンドカラーのジャケットを着こみ手袋まではめていて、中肉中背の恰好と雰囲気から辛うじて男性と分かる程度だ。
男は黙ったまま出口に近いカウンターの端に腰掛けると、手渡したおしぼりも使わずに脇に置く。
飲み物を聞こうとしたが首を横に振り、目の前の大鉢に盛られた総菜をこれとこれ、と黙って指をさす。それらを小皿に取って出すと、マスクの片方を持ち上げるようにして、その隙間から箸を差し入れるようにして少しづつ食べている。手袋は外さない。
怪しい。
常連さんがほとんどの『はる』だが、たまには一見さんがやって来る。強面のお兄さん風が来店したことも1度や2度じゃない。でも大概は普通に食事をして出ていく。こんな怪しげな人は今までいなかった。そういえば手に下げていたボストンバッグ......足元の荷物置きに置いた時にゴトンという妙に重い音がしたけど、何が入っているんだろう......?
肌を見せない、声を出さない―――極度の花粉症に風邪で喉がやられている可能性もあるけど、つい、良くない想像をしてしまう。ああ、駅前交番の指名手配ポスターを普段からもっとしっかり見ておけば......この完全防備ぶりじゃあまり意味ないけど。
トリオのおじさんたちも思うところがあったのか、帰り際に「大丈夫?」と目で聞いてきたので、辛うじてにっこり笑って頷く。全然大丈夫じゃないけど、何かあった時に彼らを巻き込む訳にはいかない。
そしてとうとう、この謎の人物と二人きりになってしまった。
普段この時間帯に訪れる久我山さんはアメリカに出張、エリックさんはコスプレの祭典に行くと言って、やはり海外にいる。このまま何事もなく終わりますようにと心の中で念じていると、カウンターの向こうから不意に声を掛けられた。
「......お兄さん、もう閉店?」
極端に押し殺した声。グラデーションの濃い眼鏡の奥の表情は相変わらず読めない。僕は緊張を悟られないよう、努めて明るく返事する。
「ええ、追加の注文はそろそろ終わりですけど、ゆっくり召し上がってくださいね」
言外に早く帰ってという気持ちをこめながら、一応は愛想よく言ってみる。取り越し苦労の可能性もあるからだ。
なのに。
「......ふーん、じゃあ、もう誰も来ないんだ」
喉の奥で低く笑う声が聞こえた。
やっぱりこの人、何か変だ!
僕は引きつり笑いを浮かべながら、動きを悟られないように注意しつつ、調理台の上に1番良く切れる包丁を用意し、スマホの画面に緊急通報の番号を表示させた。売上を奪われるくらいならいいが、危害を加えられるなら死にものぐるいで抵抗するつもりだった。
カウンターの向こうで、男がゆらりと立ち上がった。僕が固唾をのんで身構える中、男は嵌めていた手袋をゆっくりと外した。布地の下から現れた、男性にしては白く滑らかな肌の指先には、なんと漆黒にラメを散らした派手派手しいジェルネイルが!驚く間もなく、その手がニット帽、メガネにマスクを次々に取っていく。
息が止まるかと思った。
ゆるいパーマをあてた髪。つけまつげとアイラインでゴリゴリに黒く縁取った目元、そして毒々しいまでの赤紫色が強烈なリップカラーは忘れようもない......!
「――――――マスター............ッ!!!」
「お久しぶりね、ユウト。元気そうで何よりだわ」
Bar<デラメイア>のマスターはそう言って艶然と微笑んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・
「1度サプライズってのをしてみたかったのよねぇ」
でも通常運転で来て、他のお客さんにビビられてもお店に悪い噂がたってもいけないし、だからといってスッピンだと再会感が薄まっちゃうし。職質されたらどうしようかと思っちゃったと言いながら、マスターは持参のボストンバッグからワインやシャンパンのフルボトルやデパ地下で買ってきた洋風のおつまみを次々に取り出した。
「寿命が縮まりましたよ、もう」
僕も負けじと秘蔵の日本酒やらおでんにお惣菜をカウンターに並べた。包丁とスマホをこっそり片付けたのは言うまでもない。
久々の再会に泣いたり笑ったり、時の経つのも忘れて盛り上げったが、驚いたことに何故かマスターは田嶋部長だけではなく久我山さんのことも知っていて、大変なこともあったみたいだけど今は幸せそうで良かったわと喜んでくれた。千里眼かと目を見張る僕に、
「優秀な情報部員が居るのよね」
そう言ってマスターはパープルのアイシャドウをコッテリ塗った右の瞼で、バチコン☆と音がしそうなウインクを送って寄越したのだった。
(おしまい)
・・・・・・・・・・・・・・・
なんてこった、最終話なのに攻が名前しか出てこんとは……。
「恋は、美味しい湯気の先。」これで本当に最後です。
今までお付き合い頂きありがとうございました。いいねを下さった方、
お気に入りに登録頂いた方にも多大なる感謝を。
林崎さこ 拝
「あれっ?15回目じゃなかった?」
「どうでも良くない?」
「そだねー。」
エリックさん初来店以来、さらに頻度を増しているイケメントリオ改名会議がいつものごとくグダグダになって終わろうとする頃、1人の人物が店に入ってきた。
ニット帽を目深にかぶってグラデーションの入った眼鏡をかけ、顔半分をおおうマスクをしていて顔かたちが全く分からない。スタンドカラーのジャケットを着こみ手袋まではめていて、中肉中背の恰好と雰囲気から辛うじて男性と分かる程度だ。
男は黙ったまま出口に近いカウンターの端に腰掛けると、手渡したおしぼりも使わずに脇に置く。
飲み物を聞こうとしたが首を横に振り、目の前の大鉢に盛られた総菜をこれとこれ、と黙って指をさす。それらを小皿に取って出すと、マスクの片方を持ち上げるようにして、その隙間から箸を差し入れるようにして少しづつ食べている。手袋は外さない。
怪しい。
常連さんがほとんどの『はる』だが、たまには一見さんがやって来る。強面のお兄さん風が来店したことも1度や2度じゃない。でも大概は普通に食事をして出ていく。こんな怪しげな人は今までいなかった。そういえば手に下げていたボストンバッグ......足元の荷物置きに置いた時にゴトンという妙に重い音がしたけど、何が入っているんだろう......?
肌を見せない、声を出さない―――極度の花粉症に風邪で喉がやられている可能性もあるけど、つい、良くない想像をしてしまう。ああ、駅前交番の指名手配ポスターを普段からもっとしっかり見ておけば......この完全防備ぶりじゃあまり意味ないけど。
トリオのおじさんたちも思うところがあったのか、帰り際に「大丈夫?」と目で聞いてきたので、辛うじてにっこり笑って頷く。全然大丈夫じゃないけど、何かあった時に彼らを巻き込む訳にはいかない。
そしてとうとう、この謎の人物と二人きりになってしまった。
普段この時間帯に訪れる久我山さんはアメリカに出張、エリックさんはコスプレの祭典に行くと言って、やはり海外にいる。このまま何事もなく終わりますようにと心の中で念じていると、カウンターの向こうから不意に声を掛けられた。
「......お兄さん、もう閉店?」
極端に押し殺した声。グラデーションの濃い眼鏡の奥の表情は相変わらず読めない。僕は緊張を悟られないよう、努めて明るく返事する。
「ええ、追加の注文はそろそろ終わりですけど、ゆっくり召し上がってくださいね」
言外に早く帰ってという気持ちをこめながら、一応は愛想よく言ってみる。取り越し苦労の可能性もあるからだ。
なのに。
「......ふーん、じゃあ、もう誰も来ないんだ」
喉の奥で低く笑う声が聞こえた。
やっぱりこの人、何か変だ!
僕は引きつり笑いを浮かべながら、動きを悟られないように注意しつつ、調理台の上に1番良く切れる包丁を用意し、スマホの画面に緊急通報の番号を表示させた。売上を奪われるくらいならいいが、危害を加えられるなら死にものぐるいで抵抗するつもりだった。
カウンターの向こうで、男がゆらりと立ち上がった。僕が固唾をのんで身構える中、男は嵌めていた手袋をゆっくりと外した。布地の下から現れた、男性にしては白く滑らかな肌の指先には、なんと漆黒にラメを散らした派手派手しいジェルネイルが!驚く間もなく、その手がニット帽、メガネにマスクを次々に取っていく。
息が止まるかと思った。
ゆるいパーマをあてた髪。つけまつげとアイラインでゴリゴリに黒く縁取った目元、そして毒々しいまでの赤紫色が強烈なリップカラーは忘れようもない......!
「――――――マスター............ッ!!!」
「お久しぶりね、ユウト。元気そうで何よりだわ」
Bar<デラメイア>のマスターはそう言って艶然と微笑んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・
「1度サプライズってのをしてみたかったのよねぇ」
でも通常運転で来て、他のお客さんにビビられてもお店に悪い噂がたってもいけないし、だからといってスッピンだと再会感が薄まっちゃうし。職質されたらどうしようかと思っちゃったと言いながら、マスターは持参のボストンバッグからワインやシャンパンのフルボトルやデパ地下で買ってきた洋風のおつまみを次々に取り出した。
「寿命が縮まりましたよ、もう」
僕も負けじと秘蔵の日本酒やらおでんにお惣菜をカウンターに並べた。包丁とスマホをこっそり片付けたのは言うまでもない。
久々の再会に泣いたり笑ったり、時の経つのも忘れて盛り上げったが、驚いたことに何故かマスターは田嶋部長だけではなく久我山さんのことも知っていて、大変なこともあったみたいだけど今は幸せそうで良かったわと喜んでくれた。千里眼かと目を見張る僕に、
「優秀な情報部員が居るのよね」
そう言ってマスターはパープルのアイシャドウをコッテリ塗った右の瞼で、バチコン☆と音がしそうなウインクを送って寄越したのだった。
(おしまい)
・・・・・・・・・・・・・・・
なんてこった、最終話なのに攻が名前しか出てこんとは……。
「恋は、美味しい湯気の先。」これで本当に最後です。
今までお付き合い頂きありがとうございました。いいねを下さった方、
お気に入りに登録頂いた方にも多大なる感謝を。
林崎さこ 拝
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