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第一話 終わり
「どうしてだ、ファルン!神官を目指していた君がなぜ魔人になんかなったんだ」
「アイク、ごめんね。ゴホッ、魔王の誘惑に負けちゃったんだ」
「ファルン!クソッ血が止まらない」
ファルンは自身の体から流れ出る血がアイクの体を汚していくのをただ眺めていた。こんな時なのにアイクが抱きしめてくれていることが嬉しいと思っている自分に気付いて、ファルンは笑ってしまった。笑うと同時に咳とともに血が出た。
「ゴホッ、私が、悪いんだ。ッ……アイク、自分や、仲間を責めないでよ」
「ファルン、もう、もう喋らないでくれ。そうだ回復を……」
「ばか……、魔力は使い切っちゃってるよ。ゴホッゴホッ」
神官としての修行で取得した回復魔法も、先ほどまで魔人化した状態でアイクたちと戦闘していた影響で魔力がなくなっていて使えない。アイクの仲間で回復魔法を使える聖女も魔力切れだろう。
続く吐血がアイクの服を汚さないようにファルンは顔を背けた。ほんの少し空いた隙間を無くすようにアイクの腕がファルンの体をグッと引き寄せた。残ったわずかな力で顔を上げてアイクを見ると、その瞳からは大粒の涙が流れていた。
(アイクが泣いてる……いつ以来だろう)
ファルンとアイクは同じ村で育った幼馴染だ。小さい頃からアイクはさっぱりしていて、クヨクヨしたり泣いたりするのを滅多に見たことがなかった。アイクは勇者に選ばれる前から強く優しく勇者に相応しかった。
「アイク、勇者は、ッ……そう簡単に泣かないんだ、ぞ」
アイクとファルンは同い年で、村で一番仲がよかったとファルンは思っている。いつも一緒に剣の練習をしていた。アイクはとても強くて、たまに街の大会に出ると毎回優勝していた。ファルンもいいところまで勝ち上がるのだがいつもアイクに負けていた。
ファルンは強い幼馴染が誇らしくて、自分もよきライバルとなれるように努力していた。アイクが勇者としての神託を受けた時は心の底から嬉しかった。そして何の疑いもなく、魔王討伐へと一緒に旅立つものと思っていた。しかし、アイクはファルンを連れていってくれなかった。
「ファルンには、この村で待っていてほしい」
「そんな!?アイクと一緒に戦うよ!」
「そうだ、神官を継いだらいいんじゃないか?俺は旅の中で傷を負うかもしれない。帰ってきたら君が治してくれると思ったらいくらでも頑張れる」
「ばか、旅の間に大怪我したらどうしようもできないだろ」
「分かってくれ。君が傷付くかもと思ったら、俺は戦いに集中できない」
この言葉は、ファルンにとってとてもショックだった。アイクに負け越しているとはいえ、ずっと弛まず鍛錬してきた。しかし、アイクから見てファルンは、一緒に戦うには不安なほど弱いと言われたのだ。
「分かった……。ここから私はお前の武運を祈っているよ……」
「ありがとう。君に祈ってもらえていると思うと、百人力だ。待ってて、魔王なんてすぐ倒して帰ってくるさ」
ほっと笑ったアイクを見て、ファルンは熱くなる瞳から涙が溢れ落ちないように耐えた。アイクから見て、ファルンは対等な存在ではなかったのだ。それが悔しくて泣くなんて恥の上塗りだとファルンはグッと涙を呑み込んだ。
この時込み上げた感情が悔しさだけでなかったことを後にファルンは自覚することになる。
「アイク……!」
それは偶然だった。
神官としての修行で巡業をしている時、勇者パーティーと遭遇した。アイクは立派な勇者になっていた。彼に信頼されている仲間たちの中には、この旅が終わればきっと彼と結ばれるだろうと噂される聖女がいた。アイクと並んでお似合いの聖女を見て、ファルンは強烈な嫉妬を感じた。
この時初めて、ファルンは自分がアイクに抱く気持ちが恋情であることを自覚したのだ。
(アイクは、俺に神官になって待っててほしいと言ったな……)
この時までファルンにとってアイクに告げられた言葉には旅の同行を断られた以上の意味はなかった。しかし、アイクへの恋心を自覚してからは、意味合いが変わってくる。この国の聖職者は同性愛が教義上禁止されている。同じ聖職者でも女性である聖女と違い、ファルンが神官になるとアイクへの想いは禁忌となるのだ。
(私はアイクに対等な存在とも思ってもらえない。そして、自覚したばかりのこの恋も叶うことはないのか)
ファルンの心を占めたこの絶望感は、もしかしたら世の中の若者の多くが経験するただの失恋だったのかもしれない。今は世の中に何も希望がないような気持ちでも、いつかは時間が薬となり落ち着き、前を向くことができただろう。
しかし、この時ファルンの心にできた小さく深い闇を利用するものが現れた。ファルンは魔の陣営に、勇者の幼馴染として目を付けられていたのだ。嫉妬心、無力感、絶望を魔王に利用されてファルンは魔人に堕とされたのだ。
それからの記憶は、ファルンにとってどこか夢を見ているように朧げだ。意識がはっきりしたのは、勇者パーティーとの戦闘で決定打をくらい闇の魔力が尽きた瞬間だ。それと同時に、ファルンは自分の命があと僅かであることも自然と認識した。
「ファルン、ファルン!頼む、死なないでくれ」
「だから、泣くなってアイク、お前には笑顔が似合うぞ……」
もう目が霞んでアイクの顔がはっきりと見えなくなってきた。ファルンは自分がこれから死ぬことそれ自体より、アイクの笑顔をもう見ることができないことの方が悲しかった。
(私の心の弱さが原因なんだ。これがアイクの心の傷にならないといいな。アイクは優しいやつだから……)
「アイク、幸せになれよ……」
「そんなの無理だ!君がいないのに!」
「死に切れなくなるから……ッ、そんな、こと言うなよ」
「だから死ぬなって!」
アイクが珍しく子供のように駄々をこねるのが可笑しくて、ファルンはまた笑ってしまった。もう残りの体力は僅かで、ファルンは笑ったつもりだが実際に笑顔は作れていなかったかもしれない。
「私は、お前のこと……、好きだったんだ……」
この最期の言葉がちゃんと口に出せたかどうかもファルンには自信がなかった。だが、伝わってない方がいいのかもしれないな、と思いながらファルンは目を閉じた。この気持ちを伝えることはファルンの自己満足で、アイクの心の傷を深くするだけだと思うから。
そのまま安らかな気持ちで目を閉じようとしたのだが、霞んだ瞳で朧げに見えるアイクの後ろに、深い闇を感じた。
(まさか、魔王……!?)
「……アッ…クゥ、うし……ろ……」
アイクに迫る危機を伝えたくて、必死に声を振り絞るが形にならない。いくら頑張っても落ちてくる瞼に逆らうことが出来ず、意識は闇の中に落ちていった。
(アイク……、どうか無事でいてくれ!)
ファルンは意識が途絶えるギリギリまでただアイクの無事を願った。
その願いが叶ったのかどうか分からぬままに、ファルンの命は絶えたのだった。
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