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第二話 贖罪
「アイクッ……!!」
永遠に閉じたかと思った自身の瞳が開いた時、ファルンは咄嗟にアイクの名前を叫んだ。しかし、そこにはファルンを抱きしめて血だらけになっていたアイクも、その後ろでボロボロになっていたアイクの仲間たちも、懸念していた魔王の姿もなかった。
爽やかな春の風が窓から流れ込みファルンの頬を撫ぜる。ファルンが周囲をゆっくり見渡すと、そこは実家の自室だった。
「夢……なのか……?」
違和感を覚えて自分の体を見ると、子供になっている。ファルンは一体何が起こったのか分からず混乱した。夢を見ているのだろうかと思ったが、夢というには異様にはっきりとした意識がある。次にファルンが疑ったのは、ここがあの世ではないかということだった。
「ファルン、おはよう。だいぶ調子が戻ってきたみたいだな。回復魔法では風邪は治せないから、心配していたんだよ」
「父さん……」
しかし、扉を開けて神官の父が現れたところで、ファルンの中でここがあの世という仮説は信憑性を失う。父は健在のはずだし、ファルンと違い魔人にもなっていない清廉な神官だ。仮に父が死んでもファルンとは逝く場所が違うだろう。呆然としながら最後に会った時より若々しい父に合わせて会話すると、どうやら自分は大風邪をひいて寝込んでいたらしい。
「父さん、遊び場に行ってきてもいい?」
「ああ、そろそろ外の空気を吸ってもいい頃かな。お友達たちも心配していたけど、顔を見せたら無理せずすぐ帰ってくるんだよ」
ファルンは父から得られる情報に限界を感じて、外に行きたいと伝える。父は少し考えてから了承してくれた。心配そうにしながらも見送ってくれた父を背に、ファルンは病み上がりでダルい体を動かす。遊び場になっている原っぱに向かうと、そこは村の同世代の子供達がいた。
(ここが、夢でも、あの世でもないのだとしたら……)
「アイク……」
その姿が見えた時、ファルンは意識するでもなく彼の名前が口からこぼれた。
ファルンが初めて出会った頃と同じ、十二歳の姿をしたアイクがそこにはいた。遠目にも黒髪は艶やかで、整った顔立ちはまだ幼さもあって愛らしい。将来は行く街々の娘たちを虜にしたという男前の片鱗が見える。まっすぐ堂々と立つその姿は、幼くてもファルンの好きなアイクそのままだ。
(やっぱり、私は過去に戻ってきたんだ)
ファルンは小さなアイクを見て、『過去に戻った』という信じられない事実を受け入れた。
「ファルン、元気になったのか?」
「あ、ああ、大丈夫だよ。熱も下がったし」
遠くで立ち止まっていたファルンに気がついて声をかけてきたのは村の同世代だ。ファルンはすっかりアイクだけに視線が奪われていたが、アイクの周囲には村の子供たちがいる。
話しかけて来た子供に反応してアイクがファルンを見るが、その表情には初対面の他人を見るようなよそよそしさが浮かんでいた。
(アイクには、私のような記憶はないのか……?)
ファルンの心をこの世界に一人きりにされたような寂しさが占める。しかし、そんな気持ちに囚われている場合ではないことにファルンは気付いた。アイクと子供達の間に漂う雰囲気は決して和やかとは言いづらい。
「わた、僕も仲間に入れてよ。今は何してるの?」
「えっとその……」
話しかけた子供が気まずそうにしている。嫌な感じを受けながら返答を待っていると、後ろから子供達のリーダーであるガイが声を上げる。
「このよそ者が俺たちの原っぱで勝手に遊んでたんだ!」
「ガイ、よそ者って……」
(そういえば、アイクは引っ越してきた最初はちょっと浮いてたんだっけ)
アイクの両親は引退した傭兵だ。傭兵時代に貯めたお金でこの村の土地を買って移り住んだのだ。村というのは排他的なもので、余所者には厳しい。大人たちはアイクの両親の傭兵としての経験に野盗や獣に対する武力を期待していたから、表面上は友好的な態度をしていた。だが、家の中では赤裸々な本音が出る。それに過敏に反応するのが子供達だ。
ちなみに、こういった事情をファルンはある程度年齢を重ねてアイクの両親から教えてもらった。前世(便宜上、死ぬ前のことをこう言うことにする)のこの頃、ファルンは何も考えずにアイクと仲良くしていた。少年らしくヤンチャだった幼い頃のファルンは、傭兵の強さというのにただただ惹かれたのだ。
「そんなこと……」
そんなこと言わないで一緒に遊ぼう、ガイにそう言おうとしてファルンは言葉を止めた。はっきりとは覚えていないが、ファルンがこのままアイクと仲良くするのでは前世と全く同じ道を辿ることになる。それでいいのだろうかという疑念が湧いたのだ。
(これはもしかして、私にやり直させるために、時間が戻ったのかも……?)
ファルンが死ぬ直前、アイクの後ろに魔王の気配を感じた。もしかしたら、ファルンの死を悲しむアイクは、魔王に隙をつかれたのかもしれない。考えたくはないが、そのせいでアイクが死んでいたとしたら……
(私が魔人化したせいで、アイクが死んでしまったなんて考えたくない!けれど、もしそうだとしたら同じ道は辿ってはいけない)
ファルンは罪悪感で、ただでさえ倦怠感を感じていた体が一段と重たくなった。アイクはただのファルンの想い人という存在ではない。彼は世界を救う勇者なのだ。それがただの幼馴染のせいで倒されて、世界が魔王に支配されたかもしれないなど想像もしたくない。
(このタイミングに戻ったということは、きっとアイクと仲良くなるべきじゃないんだ)
卑しい感情だが、今からアイクと関わり方を変えれば、アイクの恋愛対象になれるかもという淡い期待がファルンの中にないでもなかった。しかし、魔人となった過去をもつ心の弱いファルンが、どんな立場だろうとアイクの近くにいればきっと何かの拍子に魔王につけ込まれる。ファルンはアイクのそばにいてはいけないのだ。
(アイクとの幼馴染としての楽しい時間は私の記憶の中だけのものになる。悲しいけれど、それが魔王の誘惑に負けて魔人となってしまった私への罰なのだろう)
アイクは優しい。自分が死ぬ時にボロボロと泣いていたアイクを思い出して、ファルンは拳をグッと握りしめた。
アイクが魔王に倒されたわけではなくても、アイクにあんな思いをさせたくない。
「そうなんだ。わた、僕は体調悪いからやっぱり家に帰るよ」
ファルンは今世ではアイクを庇うことなく帰宅することにした。アイクは根が明るいいいやつだ。しばらくは子供達とギスギスするかもしれないが、ファルンの助けがなくてもそのうち村に馴染むだろう。背後で子供たちがアイクにいちゃもんをつけている気配を感じながら、家に向かった。
(ごめんアイク。でもきっと、これがお前のためになる)
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