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第四話 私の神さま
「アイク、一体どうしたんだ!?」
ファルンがアイクに駆け寄ると、声をかけられたアイクは驚いた様子でファルンを見た。
「あ、ファルンだ!俺の名前知ってたんだね」
アイクは大怪我をしているとは思えない平然とした様子でファルンに応える。あっけらかんとしているからといって、怪我が浅い訳ではないだろうことをファルンは経験上知っていた。アイクは痛みに強いのかなんなのか、酷い怪我でもこういう態度なのだ。前世ではそれで何度か肝を冷やした。
「何を呑気に!ああ、まず手当を」
怪我をしているアイクの右腕をとる。血の量から察していたが、これは普通の手当では間に合わない。父のいる礼拝室まで行く時間も惜しくて、ファルンは神官にしか使えない治癒魔法を使った。
(よかった。治癒魔法を発動できた)
父にもらった首飾りがあったとしても、通常は神官として修行をしないと治癒魔法はできない。ファルンが修行して治癒魔法を出来るようになったのは前世のことだが、コツを知っているからか今世でもできた。一度泳ぎ方を覚えたら、しばらく泳がなくても忘れないようなものだろう。
「君はその歳でもう神官なの?すごいね!」
アイクは相変わらず怪我などしていないような呑気な様子でファルンを称賛する。その大らかなんだか、図太いんだか分からないマイペースな様子はファルンの知っているアイクそのままだった。
(ばか!お前は本当に……ばか)
アイクの懐かしい幼い声で褒められて、必死に治癒をしながらファルンの目が潤む。少し滲んだ涙を汗を拭くように誤魔化して拭う。そしてファルンはわざと自慢げな笑顔を作ってアイクを見る。
「私は神官じゃないけど、大事なのは気持ちだよ」
そう口にした後、ファルンは治癒に専念した。その様子をアイクは黙って見ていた。もしかしたら治りかけた安心感から、今更ながら痛みを感じ出したのかもしれない。そう思ったファルンはより集中して治癒をする。
「ほら、治ったよ」
その言葉に、アイクがハッとしたようにファルンを見ていた目線を自分の腕に動かした。治癒魔法を受けるのは初めてなのだろう、アイクは夢の世界から現実に引き戻されたような顔をしている。すっかり塞がった腕の傷跡を確認してアイクは感嘆の表情を浮かべた。
「わー、本当にすごいね!」
『ファルン、今の技すごいね!』
前世で一緒に鍛錬していた時、アイクはいつもファルンをまっすぐ褒めてくれた。いつだってアイクのほうが強いのだが、そう言われるのが嬉しくてファルンはアイクに追いつけるようにと頑張っていた。
……褒めてくれていても、結局アイクはファルンのことを置いていったのだけれど。
「褒めなくていい。それより、この傷はどうしたんだ?」
「ガイにファルンが森に落とし物したから取りに行って欲しいって言われたんだけど」
「え……?」
「その様子だと、やっぱりガイの勘違いだったみたいだね」
ファルンは予想外のところで自分の名前が出てきて面を食らう。そして、その意味を理解してファルンの中で沸々と怒りが湧いて来た。ファルンは森に落とし物などしていないしそんなそぶりも見せていない。ガイがそんな勘違いをするわけがない。
「勘違いじゃない!お前は嵌められたんだ」
「そんな気はしてたけど、もし本当ならファルンと仲良くなるチャンスかと思ったんだ。それに、こうして君と話せたから結果オーライだよ」
アイクはこんな大怪我をしておいて嵌めたガイ達を恨んでいる様子が一切ない。肩をすくめる様子は大人ぶって背伸びをしているような子供らしさの中に、将来の男前を窺わせる爽やかさを感じる。久しぶりにアイクのさっぱりとした性格に触れて、ファルンは真昼に太陽を直接見た時のような眩暈を感じる。
「な、何を呑気に!私が治療しなければ腕に障害が残ったかもしれない。剣が持てなくなったかもしれないんだぞ」
「父さんたちは傭兵を引退してこの村に土地を買ったんだ。俺はそこを継ぐから多少腕が不自由でも大丈夫だよ」
思い出してみれば、アイクは当初そんなに鍛錬に乗り気じゃなかった。確か出会って最初の頃はファルンが剣を使いたいというのに付き合ってくれていたのだった。
(お前は知らないだろうが、お前の腕は世界を救うんだぞ!)
ファルンはグッと言葉を飲み込む。そんなことはもちろん口に出せない。急にお前は勇者になるんだぞ!なんて言われたらアイクも戸惑うだろう。ファルンは行き場のない感情を自身の中に無理やり押さえ込む。
「……傷は治ったけど体力は消耗しているはずだ。早く家に帰って寝たほうがいい」
「ああ、確かにちょっとクラクラするかも。ファルンも気を付けて帰って」
感謝を告げて家に向かうアイクの小さな背中を見ながら、ファルンは荒れ狂うやり場のない気持ちを持て余す。
そのままの勢いでファルンは遊び場である原っぱに向かう。
楽しそうに遊んでいた子供たちが尋常じゃない様子のファルンに気付いて固まった。ファルンがなぜやって来たのか見当がついたのだろう。ガイはやましいことから目を逸らすようにそっぽを向いた。
「ガイ、気まずそうな顔をしているね」
「なんだよ。別に俺らはただちょっと冗談を言っただけで……、あいつが勝手に森に行ったんだ」
「アイクは大怪我をしていた。うっかりしたら死んでいたかも知れないんだぞ」
「そ、それほど……?」
ファルンは淡々と先ほど見て来たアイクの状況を伝える。それを聞きながらガイ達が青ざめていくのを無感動に見ていた。ガイ達はおおよそアイクが森の入り口で怖気付いて帰ってくるとでも思っていたのだろう。
「でも、ファルンだって、止めなかったじゃないか」
子供達の一人がおもわずと言ったように口に出す。
たしかに、ファルンはアイクが除け者にされているのを知っていて止めなかった。アイクと親しくならないことがアイクの、ひいては世界のためだと思っていた。ファルンには、彼らを責める権利はない。彼らよりももっと悪いことをした前世があって、なぜ彼らを責めることができるだろうか。
「私は君たちを責める気はないよ。ただ、」
だからこれは、ただの八つ当たりなのだろう。ファルンは意識的に息を大きく吐き出してから言葉を続けた。
「私や大人たちが君たちの行いを許したとして、君たちをずっと見ている存在は君たちを許せるかな」
「お、俺たち、神さまに許されないのかな」
ファルンの遠回しな言い方は、「神から天罰が下るぞ」というような意味に伝わったらしい。神官の息子が言うのだから、この年代の子供からしたら恐ろしいだろう。
ガイは黙ってファルンの言葉を聞いているが、子供達の中に動揺が広がる。ただでさえ怒っているファルンに萎縮していた子供たちだ。中には半泣きになっている子もいる。
(神か、神がいたとしてこんな諍いは見ていないと思うけどな)
ファルンは子供たちが言うような、いわゆる神さまというものは信じていない。神というものはいるだろうが、もっと概念的なものだと思っている。
「それを決めるのは私じゃない。君たちが、自分で自分を許せる行動をすべきだと思うよ」
神に許されるかどうかというのは、自分で自分を許せるかという問題だとファルンは思っている。簡単に言ってしまえば、神とは内なる自分の良心のことなのではないだろうか。
「……俺たちが悪かった」
黙ってファルンの言うことを聞いていたガイが、まっすぐした目をファルンに向けながら非を認めた。
「それは私に言うことじゃないよね」
「ああ、今から謝りに行ってくる」
先頭を切ってアイクに謝りに行くガイに子供たちが着いていった。それを見送っている間にファルンの中で怒りはしぼみ、残るのは後ろめたさだけだ。元々ガイは根は悪いやつじゃないのをファルンは知っている。
実は以前にガイの妹が旅人に攫われそうになったことがあるのだ。それからガイは、村の外から来る人間への警戒心が強くなっていた。
そこに複数人の子供達が味方することで集団心理が働いてエスカレートしてしまったのだろう。ガイが全く悪くないと流石に思わないが、ファルンが止めていればここまでのことにはならなかったはずだ。そのことを前世を知っているファルンは分かっていた。
(偉そうに説法まがいのことをしてしまったな……。どの口が言えたことだか)
魔王の誘惑に負け、数多の人間を殺したファルンは自分を許せていない。その贖罪のためにアイクと距離を取ったら、より一層彼を傷つけることになってしまった。
(私はどうしたらいいのかな、アイク)
子供たちが向かう先にいるだろう、アイクに心の中で問いかける。先ほど見た幼いアイクの無邪気な姿と、大人のアイクが優しく笑う幻想を脳裏に浮かべながらファルンは目を閉じた。ファルンの神は、アイクの形をしている。
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