勇者への片想いで闇堕ちして死んだら逆行してたので自分の恋は諦めます

冨士原のもち

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第十三話 アイクの不覚


「綺麗な月だな……」

 明日は魔王との決戦の日、魔王城近くに野営して交代で火の番をしている。少し前にガイと交代したアイクは、月を見ながら呟く。アイクがこうして月を見るのも今日が最後だろう。もちろん、ファルンと約束したから魔王に負けるつもりはない。だが、魔王を無事倒したら今のアイクの意識は消えてしまうのだ。

 初めて出会った頃から、アイクはファルンを月のような人だと思っていた。美しく清涼で、まるで引力に惹きつけられるようにファルンを好きになった。
 ファルンは清廉でいつも正しくあろうとする。けれど、堅苦しいなんて思ったことはなく、アイクはファルンの近くにいると空気が吸いやすくなるようにすら感じた。自分がファルンを特別に想っていることをアイクはすぐに自覚した。アイクはタイミングを見つけては分かりやすいアプローチをするのだが、ファルンはいつも気付かない。いや、気付きたくないのかもしれないとアイクは察した。神官を目指しているからではないかとガイは言っていたが、アイクはなんとなく違う気がしていた。
 ファルンは時々なにも悪いことをしていないのに、何故か罰を受けているような顔をしていることがある。アイクはそれを笑顔にしてあげたかった。そのためには、無理に告白するよりもファルンがアイクの気持ちを受け取ってくれるまでゆっくりとアピールしていこうと思った。

 勇者としての宣託を受けた時には、アイクは本気で天が自分に味方したと思ったくらいだった。ファルンが勇者に憧れていると知っていたから、これはとてつもないチャンスがやってきたのだと思った。
 あの夜ファルンに伝えた、魔王なんてどうでもいいというのは嘘ではない。ただ、ファルンにとっての勇者になれたらそれで良かった。
 旅に出てからのファルンは村にいた頃より楽しそうで、隙ができていた。少しずつファルンの気持ちが自分に傾いてきていることに気付いたアイクは、勇者として差し支えがない程度に遠回りしたり、ちょっとでも困ってそうな人のところには駆けつけてわざと旅の時間を長くしようとしていた。ファルンがアイクといることが楽しくて、神官になることも捨てて、アイクを選んでくれるまで後少しなのではと期待していた。

「ファルンを神官の道から下ろそうとしたから、神様から罰が下ったのかな……」

 あの時、青年神官が祈った瞬間に見たことがないファルンの姿がいくつか脳に叩きつけられるように浮かんだ。アイクはあんなに年相応に無邪気なファルンを見たことがない。アイクが旅に誘った時には無理矢理押し切ったのはずなのに、ファルンは連れて行って欲しいと懇願していた。その光景に混乱したままその日の夜、夢の中で姿の見えない男の声に、前世のことや魔王を倒せば今のアイクが消えてしまうことを伝えられた。時々あったファルンの勘違いは、前世のアイクを自分に重ねていたのかとアイクは納得した。
 きっと魔王は、アイクが自暴自棄になって全てを投げ出すことを期待していたのだろう。しかし、アイクは投げ出すことは考えなかった。

((どうせファルンの心が手にはいらないなら、心の傷になってでも覚えていて欲しい))

 アイクは今の自分がどうせ消えてしまうなら、ファルンの心の傷になってやろうという自分勝手で悪辣な感情を抱いていた。ファルンはたまに自分は神官に相応しくないようなことを言っていたが、アイクは自分のほうがよっぽど勇者らしい性格ではないと思う。こんなだから、ファルンは自分に振り向いてくれないのかもしれないとアイクは自嘲する。
 見上げていた月から、丸まって寝ているファルンの背中に視線を移す。この数日間、ファルンはアイクのことを泣きそうな目で見て何か言いかけてはぎゅっと口を閉じることを繰り返している。アイクによって傷付いたファルンのその姿は望んだ通りのはずなのに痛々しく心を刺す。自分はこんなことを望んでいただろうか、という今更な後悔からアイクは目を逸らした。







「アイク!ガイ!」
「大丈夫!?ごめん、こんなに床が脆いなんて思わなかったよ」

 魔王の城に突入して奥に進んでいく中、幾つか目の戦闘で魔導士の出した魔法で床が抜けた。その結果前衛組のアイクとガイが落下して、後衛組のファルンと魔導士が元の階に残る形で分裂してしまった。

「大丈夫!大きな怪我はないよ」

 ガイの返答に、ファルンと魔導士が胸を撫で下ろしている様子が小さく見える。天井の高さからしてアイクとガイが怪我をしなかったのは大きな幸運だった。

「このまま瓦礫を登るのは難しそうだ。さっき通った階段から行くよ。安全なところで待ってて」

 アイクは上階の二人にそう伝えて、走って階段を目指す。魔導士の魔法は床を抜いてしまうほど威力があるし、ファルンも本当にいざという時には剣は使えるし案外筋がいい。けれど、早めに合流するに越したことはない。そんな状況だったが、一緒に走っているガイは迷った様子を見せた後にアイクに話しかけた。

「……なあ、なんかどんどん悪化してないかお前らの関係」

 ガイは決戦を前に色恋沙汰に繋がるだろう話をするか迷ったのだろうが、放っておくに気を使うぐらいには空気は悪い。ガイはむしろ聞いたほうがいいと判断したのだろう。

「まあ、俺が悪いな。無理矢理ヤっちゃった」
「はあ!?無理矢理って、お前が!?」

 アイクのあっけらかんとした罪の告白にガイは絶句して大声を出した。アイクは軽くガイを睨む。責められるのは覚悟していたので問題ないが、一応敵陣で大声を出すのはいかがなものかと思ったのだ。

「……魔王を倒すまで待てなかったのか?」

 ガイは声を顰めてアイクに問う。言葉に含まれるのは批難するようなニュアンスよりも心配の成分が強い。

(ガイは本当に苦労性だよね。もっと責めてくれてもいいのに)

「魔王を倒した後に、俺はいないから」

 どうしようもないことに苦悩させるのもと思い、今までファルンにしか言わないでいたが、こうして心配されると話を聞いて欲しくなってしまった。アイクは割り切っているつもりだったが、かなり自分の精神が疲労していることを自覚した。

「大変だったな」

 事情を聞いたガイはぽんっとアイクの背を叩いた。ガイからしたらアイクだけでなくファルンも幼馴染だ。どんな理由があれどファルンを傷付けたのはアイクだ。ガイが一言目にそれを責めなかったことに少しだけほっとした。そのことに感謝をするのは流石に違うだろうとアイクはなにも言葉を返さなかった。だが、ガイにはなんとなく伝わっている気がした。

(ガイなら、俺がいなくなった後もファルンのことをちゃんと気にかけておいてくれるだろうな)

「でもなんか、意外だな。アイクってファルンが関ってる時はもっと諦めが悪くないか?」
「え?」

 ガイに事情も話し気持ちの軽くなったアイクは、いよいよ魔王を倒すことに集中しようとしていた。そこにガイが素朴な疑問のように呟いた言葉が何か引っかかった。
 アイクは走る足は止めないままガイの顔を見る。そして、今ガイから言われたことをじっくり考えてみた。

「な、なんだよ?」
「たしかに、確かにそうだな……」

 ガイが言うことは尤もだ。何故こんなに自分は諦めよくこの世から退場しようとしているのだろうかとアイクは急激に違和感を感じ始めた。

「なんで俺は、最初からなんとか自分が生き延びてファルンと一緒にいる道を探すっていう選択肢を消してたんだろう」

 魔王を倒すのを後回しにして、そういう道を模索するのでも良かったはずだ。むしろ、気付いてしまえばそうしないほうがおかしい。ファルンを傷付けて自分がいなくなっても覚えててもらおうとするのは、最終手段としてならともかくまず最初に考える行動として自分らしくないとアイクも思った。

「だろ?アイクは大抵のことにサッパリしてるけど、ファルンのことだけは慎重というか粘り強いというか。目的のために時間をかけるのを厭わないタイプじゃん」

 ガイが言うとおりだ。アイクはファルンへのアプローチも、ゆっくり外堀から埋めていこうとして六年も経っている。それなのにファルンへの恋心に加えて自分の生死も関わることで、こんなに急に短絡的になっているのはおかしいとアイクも思う。

「そもそもなんだけどさ、前世の自分は他人だのなんだのごちゃごちゃ言ってるのはなんかアイクらしくないなって聞きながら思ってた。お前ってもっと感覚派だろ?」

 ガイは気になったことを全て吐き出すように言葉を続ける。そして、それらはアイクにとって納得するものばかりだ。

「言ってしまえば、元カレに似てるみたいな感じだろ?多少はモヤモヤしたとしても、何が理由だろうと自分のこと好きになってくれるならそれでいいや、みたいなやつじゃんアイクは」

 そう言われて、アイクは完全に立ち止まった。ガイも同時に立ち止まりアイクを見た。その目には先ほどまでとは違う心配が浮かんでいる。

「なあ、アイク。お前なんかそういうふうに思い込まされて誘導されてないか?」
「……そうかもしれない」

 アイクはガイとお互いに目を合わせる。もっと根本的な話になると魔王を倒したら今のアイクの意識が消えるというのも根拠はない。ここまで気付かなかったのがおかしいくらいだ。なぜ魔王の言うことを信じ切っていたのだろうかとアイクは自身を責める。いずれにしろ魔王になにかしらの思考誘導をされている可能性は高い。それなら何か目的があるはずだ。

「……魔王は早く自分を倒させるようにしている?」

 アイクは思いついたことをとりあえず言葉に出してみた。考えてみればアイクはファルンと旅する時間を稼ぐ為に魔王討伐を出来るだけ後になるようにしていた。なんなら神官と接触する直前にはもっとファルンと旅する時間を稼げないか考えていたくらいだ。

「ってことは、魔王は倒さない方がいいってこと……?」

 アイクの言葉を受けガイが呟く。ここでは結論は出ないが、何かがおかしいのは確かだ。とにかく急ごうと、アイクはガイと共に止めていた足を動かし走り出す。全速力で階段を上り切ったところで、突然アイクを光が包んだ。




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