手に職をつけるって、そういう意味じゃないが?!

錨 にんじん

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始まり

風呂場

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 「いい湯だなぁ……」

 俺は大浴場の浴槽に身体を沈めて、天井を仰ぐ。
 屋敷の中に入るや、アクネルとレナンは装備を外すのに時間が掛かるからと、フローズにここまで案内してもらったのだ。
 広々とした解放感に丁度良い湯加減のおかげで、心身共に満たされる。
 白い壁を彩る装飾は少し華やかすぎて落ち着かないが、ちょっとした貴族気分が味わえたと思えば、優越感も感じられた。

 「バエちゃーん。お湯加減どうー?」

 ふと入り口の外から、レナンの声が聞こえてきた。
 内側から、レナンのシルエットだけが見える。

 「いい感じだ。最高だよ」

 俺は脱力しきった声で返事をする。

 「じゃあレナンも入るねー」

 「おーう……いや駄目だろ!」

 何も考えずに返事をしたことに焦り、俺は声を上げて立ち上がる。
 だがその時には、一糸まとわぬレナンが大きめのタオルで前を隠しながら、すでに入室しようとしていた。
 俺は一先ず下半身だけは隠そうと、急いで湯船に身体を沈める。
 すると、レナンが驚いた表情でこちらを見てきた。

 「どうしたのバエちゃん?広いからって、泳いじゃ駄目だよ?」

 俺と目が合ったのにも関わらず、焦るおれとは正反対にレナンは冷静だった。
 そんな態度を取られると、逆にこっちまで冷静になってくる。

 「子供じゃあるまいし、泳がんわ」

 「だよねぇ~」

 エナンはそのまま、シャワーで身体を流すと洗剤を泡立てて身体を洗っていく。
 やがて、その泡だらけになった全身をシャワーで流し終えたレナンが、湯船に入ってきた。

 「……レナン?なんで隣に来るんだ?」

 「え?一緒に入るのに、離れてたら面白くないでしょ?」

 一緒に風呂に入るのに、面白いとか考えたことない。
 
 「そういうものか」

 「そうだよ~」

 気の抜けた声を漏らしたレナンは、浴槽の壁に背中を傾ける。

 「いい湯だねぇ」

 「そうだなぁ」

 「今日の晩御飯は、カレーだって」

 「お、それは楽しみだなぁ」

 カレーは一人暮らしだと、作る機会はなく外で食べることも滅多になかったから、久々で地味に嬉しい。

 「あと、唐揚げに、サラダに、エビフライに、グラタンに……」

 「おいおい、ちょっと待て」

 「ん?」

 突然の静止に、レナンが首を傾げる。
 その藩王はやめてくれ。こっちの自信がなくなる。

 「いや、多すぎるだろ。何人前用意するんだよ」

 「え?別に普通だよ?フローズちゃんもたくさん食べるからね」

 「フローズもか」

 「うん!」

 レナンに加えて、あのメイドのフローズも大喰らいとわ……
 この家の食費が心配になってきた。
 
 「それにしても、この世界は俺がもともと住んでた場所にすごく似てるな」

 「そうなの?」

 「ああ。料理もそうだし、言語も文字も俺がいた国と一緒で、逆に集会所に行くまで全然気にならなかったぐらいだ」

 「へぇ」

 そう。初めてこの世界に来た昨日は、あまりにも自然に会話ができて、飯もなじみのある物ばかりだったために、そのことに全く意識してなかった。
 だが、お金というものを手にして単位が違ったことにより、そのことに意識が向くようになったのだ。
 今思えば、別の世界に来たというのに不思議だ。
 ミズガルズには半分強引な転送をされたが、この世界の言語に適応できるように何かしらしてくれていたのか?
 それとも、もともとこの世界の言語が同じなのか。
 俺はレナンの方を向く。
 レナンはその細い肩を撫でるようにして、入浴を楽しんでいた。
 
 「なあレナン。今更かもしれないが、この世界について教えてくれないか?」

 「いいよ~。何から知りたい?」

 レナンは快く受け入れてくれた。

 「そうだなぁ。魔王軍と人間が戦ってることは分かってるけど、そもそも魔王軍って何なんだ?」

 俺の問いかけに、レナンは少し考えるそぶりを見せると、やがて口を開いた。

 「そうだね。まず、この世界に魔王軍が現れたのが、今からだいたい1400年ぐらい前。魔王軍はたくさんの魔物を引き連れていて、戦争を引き起こしたの。人類は突然の戦争に防戦一方で、当時あった国や、様々な種族による小さな国の殆どは壊滅。その戦争は、「原初の3人」って呼ばれる3人の別世界の人たちが来るまで、5年間にも及んだの」

 「大分前から、魔王軍との戦闘は続いてるんだな。それに、聞いた限りだとその3人が来なかったら全滅もあったわけだ」

 「うん。国も小国はそこそこ残ったけど、大国はもう終わった頃には3つしか残らなかったからね。壊滅した国は皆殺しにされたって聞いたよ」

 「マジか。因みに、その残った3つの国ってのは何で残ったんだ?やっぱり、軍事力が優れてたとか?」

 レナンが頷く。

 「うん。もちろん、他の国も弱かったわけじゃないんだけどね。残った国は、獣人王国『ベスティア』、魔法大国『マジーア』、武力大国『ブリスコラ』の3つ。まあ肩書きは戦争後についたんだけど、軍事力もその肩書きに恥じないものだったから当然と言えば当然だったかな」

 「成程なぁ」

 獣人、魔法、武力の3つの大国か。獣人王国ってことは、フローズはそこの出身地ってことだよな?
 魔王軍との戦争で残った国なわけだから、フローズもきっと強いんだろう。
 
 「戦争が終わった後は、その3人はどうなったんだ?」

 するとレナンは、少し表情を暗くする。

 「その3人は、その残った国にそれぞれ分かれて国を守ってたんだけど、ある日に突然消息を絶ったらしいの。死んだのか、元々の世界に帰ったのかは分からないけど、死体は見つからなかったんだって」

 「そうかぁ。突然消えたってのは少し怖いが、その3人が来ただけで戦争が終わるほど強かったんだろう?だったら死んだっていうのは無いと思うけどなぁ」

 「だといいんだけどね」

 「そうだな」

 話にひと段落がつき、2人の間に沈黙が流れる。
 レナンの話を聞くに、この世界の住人は大分追い込まれていたらしい。その3人の転生者に会ってみたかったが、消息不明なら仕方がないか。
 
 「そういえば、俺の他にも転生者がいるって聞いたけど、それって……」

 と、その時に浴室の入り口の外から声が聞こえてきた。

 「二人ともー、いつまで入ってるんだー?ご飯できたぞー?」

 どうやらフローズが、わざわざ呼びに来てくれたらしい。

 「呼ばれちゃったね」

 「そうだな。聞きたいことはまだあったが、とりあえず上がるか」

 「うん」

 こうして、レナンが先に浴室を出ると、少しの時間を空けた後に俺も立ち上がり、浴室を後にした。
 外に出ると、白い大きなバスタオルと一緒に、新品同様の今日着ていた下着と作業着が、綺麗に畳んで置かれていた。
 
 「すごいな。俺が風呂に入ってる間に洗濯をしたのか。これも魔法か?」

 俺はバスタオルで身体の水分を拭きとると、作業着に着替えた。
 寝るときは下着になればいいが、ずっと作業着は疲れる。

 「普通の服でも買いに行くか。金も手に入ったしな」

 こうして、俺は脱衣所を後にするのだった。 
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