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王都の中央部、貴族街の一角にレイラの店がひっそりと開店した。
店の名前は――パピヨン。
レイラが描いた七色の翅の蝶をロイドが気に入り、ブランドのイメージアイコンにしたのがきっかけだ。
けれど店は常に開店休業状態。
窓にはカーテンが引かれ、店の扉には鍵がかけられている。唯一、入り口から見える店内にレイラの虹色の蝶の絵が置かれているだけで、店の存在に気づいた貴族たちはひどく興味をそそられていた。
「相当噂になってるみたいだぜ、あの店」
モンタールド邸のサンルームでトマが言った。
「あら、そうなの」
レイラが答える。
「そうね、私もよく耳にしますわ」
ロイドがうんうんと同意する。
「はい…」
マリーが頷く。いつものゆめかわお茶会の最中だ。
「ロイドさんが関係者だってもう知られてるのか?」
「隠してる訳じゃないし、どうかしら。でもあの店にモンタールド家が関わっているっていうのはもう周知されているわね」
「はあ、耳ざといもんだなあ」
「もう憂鬱です…」
「元気出して、マリー。ほらドーナツよ、食べて?」
「ありがとうございます。うう、お嬢様と離れたくない…」
「レイラのお友達のご令嬢たちにも紹介したしな」
「とはいえ、彼女たちはお嬢様と同世代ですしね。するならきちんと社交界にお披露目しないといけないわ」
「そうだなあ。レイラ、その辺どうするんだ?」
「これから先もずっと一緒にいるためよ、頑張ってくれないかしら?」
「お嬢様……!」
「って話噛み合ってないいぃ!レイラの店だぞ?このあとどうするんだ!?」
「店?そんなのどうでもいいわよ!マリーが学校に行くのよ、その方が一大事よ!」
「お嬢様…!!」
「…………」
マリーは感動に目を潤ませる。
ロイドはにこりと笑み作ったまま黙って茶を口にした。
「店はどうせすぐには開けられないわよ。ロイドも学生だし、わたくしはまだ子供よ。あの場所は倉庫兼事務所にしようと思ってお父様にお願いしたの」
「倉庫兼事務所?」
トマは目を大きくさせる。
「そうよ。なにか商品を売るにしても、この世界では量産体制が整わないでしょう。だったらはじめから一点物を販売すればいいと思って。オートクチュールね」
「世界…?量産…?」
トマが首を傾げる。
「事務所があればクライアントと相談したり採寸したりできるでしょ?あとは多少素材を置いておけばロイドも便利かと思って」
「なるほど。そうですわね」
ロイドも得心する。
「それにそもそもゆめかわいいは大人の女性を対象としていないの。お母様くらいの年齢の御婦人が着ていたら…その、すこし痛いじゃない…?」
「なんだ、自覚あったのか」
トマの言葉がぐさりとレイラの胸に突き刺さった。
「だから!社交界へのお披露目はしないの!貴族の噂話でちょうどいいのよ!それよりマリーのことよ!!」
レイラの誕生日パーティーから季節が巡り、今年15歳になるマリーも入学が目前に迫っていた。
マリーは未来の侍女や執事が通う執事養成学校を選んだ。トマの従者のノアも同じだ。
「どうして学校になんて通わないといけないんでしょう。侍女のお仕事ならもう十分学ばせていただいているのに…ああお嬢様と離れたくない…」
「なら、いまからでも中央学園に変更する?」
「貴族学校なんて嫌です。お嬢様と離れたくない…」
「ならマリー、私と一緒に服飾学校に通う?」
「ロイド様と同じ学校ですか?いいえそれも…お嬢様と離れたくない…」
「…………」
マリーはとにかくレイラから離れたくないのだ。
さりげなくマリーに断られたロイドは笑顔のまま落ち込んでいる。
「マリー、執事学校って主の横の繋がりを作るきっかけにもなるって言うじゃない?私のためだと思ってがんばって!」
「そうですね、お嬢様のために…わかりました…」
「…通学って言っても屋敷から通いだろ?レイラと離れるって、学校に行ってる間だけじゃん」
涙を飲んで決意するマリーに向けて、ドーナツにかぶりついたトマが冷ややかに告げる。
「ノアも一緒に通うんだし…ああ、そうそう。地方伯爵の娘が来るんだろ?執事学校に通うために」
***
「ブノワトと申します。よろしくお願い致します」
モンタールド邸に一人の女の子がやって来た。
彼女は地方伯爵の四女で、執事学校に通い侍女になるため、王都に上京してきた。
地方にも学校はあるが、多くが庶民向けの小規模なもので、専門的なものを学ぶとなると王都まで出てくる必要がある。
寮付きの学校は一部に限られ、一般的には下宿先に頼るか、住み込みで働きながら学校に通うか。貴族は王都にある別邸に移り住んだり、一時の仮住まいを用意したりする。
まあ、つまるところ――。
「ブノワトの実家は財政がうまくいっていないようです。縁を辿って、こちらで下働きしながら学校に通うことになったそうですよ」
モンタールド家の使用人を取り仕切る家令の息子であるノアが語る。
「そうよね。そうじゃなかったらいくら四女とはいえ、中央の貴族学校に通うわよね」
執事養成学校は、執事や侍女になるための学びの場だが、生徒の多くはすでにどこかの屋敷に仕えて立派に仕事を勤め上げている。マリーのように。
時折、王宮の上級女官を目指して執事学校に入学する令嬢もいるようだが、ごく稀な話だ。
なにより御令嬢が王宮に上がりたいなら、王族や宮中貴族に嫁いだ方が早い。そしてそんな彼女たちが連れた侍女らが上級女官となるのだ。
店の名前は――パピヨン。
レイラが描いた七色の翅の蝶をロイドが気に入り、ブランドのイメージアイコンにしたのがきっかけだ。
けれど店は常に開店休業状態。
窓にはカーテンが引かれ、店の扉には鍵がかけられている。唯一、入り口から見える店内にレイラの虹色の蝶の絵が置かれているだけで、店の存在に気づいた貴族たちはひどく興味をそそられていた。
「相当噂になってるみたいだぜ、あの店」
モンタールド邸のサンルームでトマが言った。
「あら、そうなの」
レイラが答える。
「そうね、私もよく耳にしますわ」
ロイドがうんうんと同意する。
「はい…」
マリーが頷く。いつものゆめかわお茶会の最中だ。
「ロイドさんが関係者だってもう知られてるのか?」
「隠してる訳じゃないし、どうかしら。でもあの店にモンタールド家が関わっているっていうのはもう周知されているわね」
「はあ、耳ざといもんだなあ」
「もう憂鬱です…」
「元気出して、マリー。ほらドーナツよ、食べて?」
「ありがとうございます。うう、お嬢様と離れたくない…」
「レイラのお友達のご令嬢たちにも紹介したしな」
「とはいえ、彼女たちはお嬢様と同世代ですしね。するならきちんと社交界にお披露目しないといけないわ」
「そうだなあ。レイラ、その辺どうするんだ?」
「これから先もずっと一緒にいるためよ、頑張ってくれないかしら?」
「お嬢様……!」
「って話噛み合ってないいぃ!レイラの店だぞ?このあとどうするんだ!?」
「店?そんなのどうでもいいわよ!マリーが学校に行くのよ、その方が一大事よ!」
「お嬢様…!!」
「…………」
マリーは感動に目を潤ませる。
ロイドはにこりと笑み作ったまま黙って茶を口にした。
「店はどうせすぐには開けられないわよ。ロイドも学生だし、わたくしはまだ子供よ。あの場所は倉庫兼事務所にしようと思ってお父様にお願いしたの」
「倉庫兼事務所?」
トマは目を大きくさせる。
「そうよ。なにか商品を売るにしても、この世界では量産体制が整わないでしょう。だったらはじめから一点物を販売すればいいと思って。オートクチュールね」
「世界…?量産…?」
トマが首を傾げる。
「事務所があればクライアントと相談したり採寸したりできるでしょ?あとは多少素材を置いておけばロイドも便利かと思って」
「なるほど。そうですわね」
ロイドも得心する。
「それにそもそもゆめかわいいは大人の女性を対象としていないの。お母様くらいの年齢の御婦人が着ていたら…その、すこし痛いじゃない…?」
「なんだ、自覚あったのか」
トマの言葉がぐさりとレイラの胸に突き刺さった。
「だから!社交界へのお披露目はしないの!貴族の噂話でちょうどいいのよ!それよりマリーのことよ!!」
レイラの誕生日パーティーから季節が巡り、今年15歳になるマリーも入学が目前に迫っていた。
マリーは未来の侍女や執事が通う執事養成学校を選んだ。トマの従者のノアも同じだ。
「どうして学校になんて通わないといけないんでしょう。侍女のお仕事ならもう十分学ばせていただいているのに…ああお嬢様と離れたくない…」
「なら、いまからでも中央学園に変更する?」
「貴族学校なんて嫌です。お嬢様と離れたくない…」
「ならマリー、私と一緒に服飾学校に通う?」
「ロイド様と同じ学校ですか?いいえそれも…お嬢様と離れたくない…」
「…………」
マリーはとにかくレイラから離れたくないのだ。
さりげなくマリーに断られたロイドは笑顔のまま落ち込んでいる。
「マリー、執事学校って主の横の繋がりを作るきっかけにもなるって言うじゃない?私のためだと思ってがんばって!」
「そうですね、お嬢様のために…わかりました…」
「…通学って言っても屋敷から通いだろ?レイラと離れるって、学校に行ってる間だけじゃん」
涙を飲んで決意するマリーに向けて、ドーナツにかぶりついたトマが冷ややかに告げる。
「ノアも一緒に通うんだし…ああ、そうそう。地方伯爵の娘が来るんだろ?執事学校に通うために」
***
「ブノワトと申します。よろしくお願い致します」
モンタールド邸に一人の女の子がやって来た。
彼女は地方伯爵の四女で、執事学校に通い侍女になるため、王都に上京してきた。
地方にも学校はあるが、多くが庶民向けの小規模なもので、専門的なものを学ぶとなると王都まで出てくる必要がある。
寮付きの学校は一部に限られ、一般的には下宿先に頼るか、住み込みで働きながら学校に通うか。貴族は王都にある別邸に移り住んだり、一時の仮住まいを用意したりする。
まあ、つまるところ――。
「ブノワトの実家は財政がうまくいっていないようです。縁を辿って、こちらで下働きしながら学校に通うことになったそうですよ」
モンタールド家の使用人を取り仕切る家令の息子であるノアが語る。
「そうよね。そうじゃなかったらいくら四女とはいえ、中央の貴族学校に通うわよね」
執事養成学校は、執事や侍女になるための学びの場だが、生徒の多くはすでにどこかの屋敷に仕えて立派に仕事を勤め上げている。マリーのように。
時折、王宮の上級女官を目指して執事学校に入学する令嬢もいるようだが、ごく稀な話だ。
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