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第九話

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 季節が進み、少し涼しくなってきた。
几帳面な千代さんは、この十数年、季節に関わらず生活リズムを崩さない。
「おはよう。そろそろ餌を買い足さなきゃね。いつもと同じやつ、今度えっちゃんに頼もうか」
水槽を覗き込み、千代さんが話しかけて来た。
今日も定刻、午前六時四十五分に活動開始。
でも珍しく、朝ごはんに何も食べなかった。
体調が悪いのだろうか……昔から千代さんは痩せ我慢をするタチだ。もう高齢者なのだから、無理をしてほしくはないのだけれど。

 気がつけばもう、窓の外は暗くなっていた。
結局一日中ぼんやりと過ごした千代さんは、いつものような独り言も少なかったように思う。
さっき、スマホからメッセージ受信を知らせる音がしたが、確認だけして返事は送っていないようだ。
もし明日、涼子さんかえっちゃんが来てくれたら、きっと千代さんの不調に気づいてくれるはずだ。
なんとなく感じた胸騒ぎが、杞憂に終わるといいと考えている内に、部屋の明かりが消され、千代さんは床についた。


 どうやら、昨夜の不吉な予感が的中したらしい。とっくに日が昇っているのに、カーテンが閉じられたこの部屋は薄暗いままだ。
つまり、千代さんが布団から出て来ていないのだ。
昨日は朝から様子がおかしかった。どこか悪いところがあるのだろうか。
浩太か涼子さん、あるいはえっちゃんに助けを求めているだろうか。
やきもきしながら、時間だけが過ぎていく。
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