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後ろ姿が見たかった

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 眩しさを感じてリリアは目を開けた。大きな窓から差し込む日差しに目を細める。白と水色で統一されたこの部屋をリリアは知らない。天蓋付きのベットに寝ながらぐるりと部屋を見渡した。

 ローテーブルを挟んでソファーに腰掛ける二つの人影。見覚えがある、というよりあれは――。

「お父様……お母様……!?」

 伏せていた二人の頭が同時に上がった。同時に腰を上げ、リリアの枕元にすっ飛んできた。

「リリアぁぁぁ……」
 またしても同時に泣きだした両親の姿に、息ピッタリと感心してしまう。

「ここはどこですか? 領地にいるはずのお父様とお母様がなぜここに?」

「ここはシュレイバー家のタウンハウスだよ。私たちは伯爵から連絡をもらって王都まで来たんだ」
「ご令息が命がけで守ってくださったのよ。私の可愛いリリア……あなた五日も眠り続けてたの。意識が戻って本当に良かった……」

 リリアは二人にぎゅうっと力一杯抱きしめられた。久しぶりに感じる温もり。目尻を下げる両親の姿に心も温かくなった。

「リリア!?」
「リリア様!」

 久しぶりの親子再会にゆっくりと浸る暇もなく、息を切らしたデリクとミシェルが部屋に突入してきた。

「デリク様……包帯ぐるぐるです……」

「すまない、びっくりさせてしまったね」

 リリアの視線がデリクの頭と吊り下げられた左手に集中する。泣きそうなリリアを見て「大丈夫だよ」とデリクは笑って答えたけれど、きっと服の下にもたくさんの包帯が巻かれているに違いない。傷の具合はどうなのか、歩き回って平気なのか、痛み止めは飲んでいるのか、何から聞けばいいのか分からなくなる。

 そして、申し訳なく思う一方で別の感情が大波のように押し寄せてきた。リリアは魔力という力があるがゆえに今まで必然的に守る立場だった。守られるということがこんなにも嬉しいとは。

 デリクの戦う姿が見たかったと言えば、とんでもない奴だと叱られるだろうか。でも……

(私の前に立つデリク様の後ろ姿を見たかったな……)
 リリアは甘い蜜に浸かったような気分になった。

 その後、数分も経たぬうちにデリクの祖父・シュレイバー侯爵であるデイビッド。両親の伯爵夫妻、そして常駐していた医師が部屋を訪れた。

 医師はリリアの脈を測り、目や口の中など異常がないか確認していく。

「体調はどうだい? 気持ちが悪かったり、物が見にくい聞こえが悪い、体の一部が動かない、なんてことはないかい?」

「大丈夫です。どこにも異常はありません」
 五日も眠り続けたおかげで使い果たした魔力もすっかり復活している。すこぶる調子が良い。

「そうか。公爵令嬢の供述によると、君に使用された毒は目眩や気絶などを引き起こす即効性のあるものだけれど、持続力は長くないそうだ」

 シャーロットは、リリアがドラゴンに殺されたということにしたかった。しかし死因が毒殺になってしまったら、ドラゴンに殺されたという事実に矛盾が生じてしまう。あくまでも拘束するために必要だっただけで、毒性の強いものは使わなかったようだ。

「調子が良いからといって、あまり無理をしないように。いいね?」
「はい、分かりました」

 医者はにっこり笑うと部屋をあとにした。


「――リリア嬢、そしてブレインご夫妻。この度は大切なご令嬢を巻き込んでしまって誠に申し訳なかった。それから、ありがとう」

 デイビッドが謝罪と感謝を述べると、シュレイバー伯爵夫妻、デリク、ミシェルもあとに続いてリリアと彼女の両親に頭を下げた。

「いえ、巻き込まれたと言っても、シャーロット様が私の描いた魔法陣を使おうとしたのがきっかけで……。こうやって看病までしていただいてますし。それに……デリク様が命懸けで守ってくださったと両親から聞きました。デリク様、ありがとうございました」

「命懸けで守ってくれたのはリリアも同じだ。あの場にいた人たちは皆君に感謝してる」

「そうですよ! あのあと公爵令嬢が起こした前代未聞の大事件として噂があっという間に広がったんです。リリア様が皆の命を救ったと号外まで出ましたから」
「えっ!? なんですかそれ! 私が救ったって……話が飛躍していませんか!? 最後にちょこっと良いとこ取りしただけです。デリク様や騎士団の方々を差し置いて、有名になんてなりたくないです!」

「いえいえ、救ってくださったのは事実です。リリア様はもっと有名になるべきです」
 自慢げに話すミシェルとは反対に、リリアの顔色が悪くなる。

「リリア嬢にお礼がしたいと、毎日このタウンハウスにも来客があるんだ」
「そんなっ、お礼とかいりません」
 シュレイバー伯爵に向かって『来客お断り』と全力で首を振った。

「それでなリリア……」
「まだ何かあるんですか?」
 言いかけた父にうんざりした顔を向けると、これまたとんでもない答えが返ってきた。


「あのな……婚約の申し込みがいくつか来てるんだ」

(――え?)

 婚約の申込みとは何事か。
 今回の功績でリリアに価値を見出した者たち、または好意をもった者がいるらしい。

 リリアの父は、口をあんぐりと開けた娘を見た流れでちらりとデリクを盗み見る。デリクもリリアと同じように口を開けて固まっていた。

「お前にその……良い人がいないのなら、どうだ?」

 その言葉にシュレイバー家全員の目が見開いた。デリクの父は軽く咳払いをすると家族に目配せをする。

「デリク! そういえばお前の婚約は無くなったな」
「お母様、リリア様のご両親にお茶をご馳走しましょう」

「そうねミシェル。私たちは別室に行きましょう。デリクはリリアさんをよろしく頼むわね」
「では、私たちはお言葉に甘えてお茶をご馳走になろうか……」

 リリアの両親がベットを離れ、チラチラと若い二人を気にしながら部屋を出ていく。シュレイバー伯爵夫人はバシッとデリクの背中を叩いてゆっくりと頷き、デリクは母親の気迫に押されながら頷き返した。

「ええっと……みんな行ってしまいましたね……」
「うん……」

 部屋に取り残されたリリアとデリク。急に二人きりになって、お互い恥ずかしさが込み上げてくる。

「わ、私、猛ダッシュできるくらい元気いっぱいなので、デリク様は皆さんとお茶をしてきてください」
「猛ダッシュ……? それは体良く俺を追い出そうとしてるのかな」

 デリクは意地悪そうな笑みの中に少し寂しさを滲ませる。

「とんでもありません。デリク様はケガをされていますし、これ以上ご迷惑をかけるわけにはいきません」
「全然迷惑じゃない。じゃあさ、君を守った武勇伝を聞きながら散歩でもしないか?」

 確かに、意識を無くしていた間の出来事を詳しく知りたい。でも……。

「ダメですよ。今は傷に障ります」
「大丈夫、俺も猛ダッシュできるくらい元気いっぱいだから」

 デリクは「ねっ」と笑いながら首を傾げる。

(デリク様、その角度は反則ですよ……)
「……分かりました。少しだけ散歩に行きましょう」
 リリアは照れながら目を伏せた。
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