百花繚乱 〜国の姫から極秘任務を受けた俺のスキルの行くところ〜

幻月日

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第15話 折れる宝剣

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樹の上から地上に飛び降りて全速力で走る。

振り返りスカルエンペラーを確認するが、追っては来ていない。
今更だが、アスティオンの特性を活かして一撃でもかましてやれば殺れたかもしれない。
防御力は95と馬鹿高かったが、アスティオンの特性は強力。たとえ、一撃で沈められなかったとしても、ダメージ量を考えればこちらにも分はあったと思う。

「はぁはぁ……ここまで来れば」

走りに走った場所はまだまだ森が深い。念の為、魔力1を消費して観察眼を発動するが、表示されるのは上空を飛び回るドロウスバット数匹。後、7匹討伐すれば案件は完了だが、今はそれどころではない。

スカルエンペラーから感じた禍々しく尋常ではない憎悪は感じないが、警戒心を解くことなく歩き始める。

スカルエンペラーは初めて対峙した魔物であり、レベル86など未知数の領域。
しかし、俺がこれから目指す場所はそんなレベルがちっぽけに思えるほどの魔王の城。
しかもだ、苦行をさせるかの如くアスティオンを神の武器にする為には特性を使ってはいけないと来た。

手に持つアスティオンの腹を触る。いつもと同じ、俺の持つ剣。何時も、俺を襲って来る魔物から身を守り、頼れる相棒だ。
と同時に、これからスカルエンペラーを超える魔物を相手にすることを考えると、思わず足がすくむ思いだ。

「久しぶりね! こんな夜更けに散歩?」

そう声が聞こえた方を見ると、そこには知った顔があった。

ばっと座る幹の上から飛び降りて着地する彼女は、シーラ王国の隣接街、セイクリッドで出会った勇者メア。今日会ったばかりの勇者とまた会うとは世間は狭いな。

「まあ、そんなところだ」

持つアスティオンを鞘に納める。

「息切らしながら?」

そう言葉を返しながら、メアは後をついて来る。

「少し急いでいたからな」

歩きながら、俺は後方を気にするように確認する。

「……ふ~ん」

メアも俺と同じランク5の勇者。レベル86の魔物の相手など出来るはずがない。
少なくとも勇者ランク7以上でなければ、戦闘すらままならないだろう。

そして、スカルエンペラーの能力だが、恐らく極度の低温を操る。
それは、樹が瞬時に凍っていたことと、肌身に感じた凍てつく低温。
それが能力か、もしくはスカルエンペラーと同類の魔物が持っているのかは現状では不明だが厄介な能力には変わりはない。

「何だろ?」

メアが草むらに何かが落ちた事に気付いて向かう。

「ドロウスバット……まさか!?」

草むらの上にいたのは、凍傷にかかった瀕死状態のドロウスバットだった。牙の辺りから翼あたりまで凍りかかっている。キィキィ、キィキキ、と鳴き声小さく、凍傷死しかかっているようだ。

俺は気付き、辺りを警戒した。

「何!? 何かいるの!? ねえ!」

迂闊だった。この今にも凍傷死しかけているドロウスバットは、スカルエンペラーの放つ冷気に当てられた可能性が高い。
現に先程襲われた時の樹の凍り方と似ている。

これは非常にまずい事態になった。恐らくだが、この瀕死状態のドロウスバットは上空から落ちて来た。
そうなると、素早さもそれなりにあると予想出来る。もしくは、放つ冷気の範囲が広いか。いずれにしても、早くこの場から退却しなければ危険だ。

「死にたくなかったら走れ!」

「え、それってどう言う意味!? あっ!」

俺はまだ死にたくはない。俺を大したことでもない理由で牢獄に入れたシーラ王国。
そして、魔王の城に眠る秘宝を盗んで来いと言ったアリス王女。
その任務を果たした末も気にはなるが、それよりもこんなところで俺は死にたくはない。人間というのは死が迫ると、本性が出るとはよく言ったものだ。

地面を蹴り、樹々の間を駆け続ける。
だが凍結の速度は早く、走る俺の先周辺までをあっという間に凍らしてしまった。

一瞬にして凍てつく世界。
樹々は凍りづけとなり、白いもやが立ち込める。
もし、対魔物耐性を兼ね備えた服を着ていなければ、俺は立つ凍りのオブジェになっていただろう。

「早いわね!」

追いついて来たメアが少し息をあげながら辺りを見渡している。

「それが取り柄みたいなもんだからな」

ここまで凍結が及んで来るとなると、俺は既にターゲットになってしまったと考えるのが自然な流れ。

「……それで、これは?」

凍ってしまった周辺を見ながらメアは言う。

「これは……ご登場だ」

ご登場してほしくもない。
散りじりの白のもやが集まって行き、巨大な髑髏をした魔物が現れる。
コォォと不気味な音を出し、髑髏の目が血のように紅い。スカルエンペラーだ。
地獄など人間が勝手に想像したものに過ぎないが、もしあるのならばスカルエンペラーはさながら地上に這い出て来た地獄からの使者。
改めてこうして近くで見ると、地獄の使いと言われるのも頷ける。

メアの表情は恐怖に絶句し、早く逃げようと俺に訴えかけるような目。それは、俺も同感だが、どうやらそれは出来そうにない。

メアも、おそらく対魔物耐性を持つ服を着ている。それに、彼女は氷魔法の使い手。少なからず、俺より凍りに対する耐性は持っているはず。
しかし、そんなメアでも全身を震わせ恐怖に満ちてしまったような表情。こんな状態の彼女を置いて、1人俺が逃げられるはずもない。

「メア、俺が囮になる。その隙に逃げろ」

とすれば、俺が囮になるしかない。こんな暗闇の森で2人共死ぬのなら俺は彼女を生かす方を選ぶ。
格好つけた言葉だが、セイクリッドで出会った時もメアは嫌いではなかった。それは、俺と同じように一人で勇者をしていたからか、アリス王女とはまた違った感情が芽生えていた。異性的に興味を持ったとかではない。1人勇者として生きて来た者にしか感じない、独特の空気ーー似た者同士の空気、それを感じた。
それに言えば、男が女を助けるなんて言うまでもないことだろう?

「な、何言ってるの!? そんなこと出来るわけないじゃない! だったら私も戦う!」

メアは腰元の鞘から剣を抜きとる。

「……好きにしろ」

ここでメアと言葉のやり取りをしている場合ではない。彼女が決めたことに俺がとやかく言う権利もない。

「ええ! そうさせてもらうわ!」

その時、スカルエンペラーが極骨の腕を振り下ろす。すると、俺たち周辺の凍結が一層加速して行く。
その全方位を囲むように迫って来る凍結を躱して行くが、高レベルの魔物相手に為すすべがないとはこのことだ。
俺は足を止められてしまい、膝をつかされてしまった。

「ぐあああああああああああああああ!!」

凍った両足はみるみる膝元まで到達し、あまりの冷たさと痛さに絶叫する。

「凍てつく凍りの力よ、我の力を持って相殺せよ!」

スカルエンペラーの攻撃を躱したメアは、地面に膝をつく俺の元に来るなり凍っていく両足に手を当てながらそう言った。
すると、両足を覆っていた凍りはビキビキと鳴りながら砕け散った。

「良かった! 何とか壊せたわ!」

「助かった! 恩に着る!」

「これで、貸し1つだからね!」

「お前、こんな時に!」

「来るよ!」

いよいよ、本体の攻撃が始まった。鋭利な骨の爪を振り、先の尖った凍りの塊が飛んで来る。
一見、ただ骨の手を振っているだけだが、その飛んで来る凍りの塊は弾丸に近いスピードだ。紙一重で俺とメアは躱して行く。

魔物は、人間の俺たちと違い魔力を持たない。その為、いつ攻撃が終わるのかも分からない上、観察眼によるステータス把握が攻撃と防御しか確認出来ない。
一度戦った魔物ならまだしも、初戦だとどういった攻撃をするのかが分からないまま戦闘することになる。
これ程、戦いにくい相手はいない上、高レベルの魔物。勝算は限りなく低いだろう。

そしてひとたび動き出したスカルエンペラーのスピードはその図体に似合わず速かった。
このスピードを持ってして後を追って来ていたとなると、強者が弱者を狩るかの如く遊ばれていたようだ。

速さもある、攻撃も優れ、防御が85と来た。
レベル86でこのステータスとなると、仮にこの一方的だと思われる闘いに生き延びたとして、この先やっていけるのだろうか。いや、今そんなことを悠長に考えている暇はない。
スカルエンペラーの怒涛の追撃を避けていることにも驚きだが、一撃かましてひと泡吹かせてやる。
狩られるだけなんて、俺の魂が許さない!

握るアスティオンに力を入れてスカルエンペラーの土手っ腹に斬りつけた。


だがどういうわけか、スカルエンペラーは受け身をしなかった。
それどころか、斬りつけたアスティオンの刃がスカルエンペラーの腹部に深くめり込む。
流石、攻撃に長けたアスティオンは違う。

「離れて!!」

メアがそう叫んだ時には既に遅く、斬りつけた箇所からみるみる凍結が進む。

「くそっ!!」

パキパキと音を立てながら、アスティオンは間も無く凍りで覆われる。きついカウンターを食らってしまった。
かろうじて左手は無事だったが、アスティオンを持つ右手は凍りの侵食の餌食。

「ヴォオオオオオオオオオオオオオ!!」

間近で受けた響く重低音の声。塞げない鼓膜が破られてしまいそうだ。

「この化け物が!!」

左手で腰元にもう一つある予備の小型剣を抜いて、肋骨の隙間から斬りつけた。
だが、先程斬りつけた腹部の辺りから突如発生した、尖がる凍りに阻ままれてしまう。

「シン! 引くのよ!」

メア、無茶なことを言う。もちろん俺もこの化け物から離れたいのは山々だが、そうはさせてくれそうにない。
それは、今目の前にいる化け物がまるで血に飢えた猛獣のように血走る紅い目を光らせているからだ。

俺は一か八か、スキルを発動した。


「よしっ!」

メアは小さくガッツポーズをする。
俺は小型剣で斬りつけた際、敵に一瞬触れた。そうすることで、スキル回り抜けが可能となった。
回り抜けは何も人間だけではない。寧ろ、魔物と戦う為にあるスキル。

俺はスカルエンペラーの背後に回り、素早く距離をとった。

「逃げるぞ!」

メアにそう言い放ち、全速力で走りに走り去った。走りながら、弾丸のように飛んで来る凍りのつぶてをかわしながら。


暫く振り返ることなく走っていた。いつしか凍った森から抜けていて、ラグナ平原に出ていたーー


「はぁはぁ……」

「まだ、油断は出来ない」

コクリ、とメアは頷き、俺たちはさらにサギ二の森から離れた。今日二度目のラグナ平原。幸いなのは、ブルッフラからそう遠くないこと。

そうして、痛む右手を気にしながらサギニの森から逃げるように離れて行く。




「なっ!?」

非常事態が起きた。呆気にとられて出す言葉も見当たらない。

「ま、まあそう気を落とさないで! さすがに、あんな風にまともに凍っちゃったらこうもなるわよ!」

メアは励ましてくれるが、俺は絶望的な気持ちで一杯だ。

草原の上に落ちたのは、真っ二つに折れてしまったアスティオン。中心部よりやや下あたりから綺麗に折れている。

「……」

俺は真っ二つに折れてしまったアスティオンとこぼれた破片を拾い上げた。
特性の解除方法云々より、この非常事態に言葉を失わざるを得なかった。

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