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第45話 絶体絶命の勇者
しおりを挟む岩の扉を開けた先ーーそこは草木の緑が生い茂る森の中だった。
ちょうど、生い茂る草で隠すように岩の扉がある。
「凪の森か」
凪の森とは、オーロラブリッジを渡った先にある静寂の森。ほぼ無風状態の森であることからそう呼ばれている。
それは、凪の森周辺がオルフノットバレーに囲まれているというのも原因の一つと言われており、無風状態が続くのは自然の産物の結果であるとされている。
だが、そんな凪の森でも風が起こることがある。
それが今。
「どうして俺がここにいるって表情だな」
魔物でも殺したはずの人間が目の前に現れれば困惑くらいするのだろう。
バサバサと両翼を空で羽ばたかせ、2段に重なっている大岩の上に降り立つ。
アギラ
LV.64
ATK.78
DEF.59
俺をオルフノットバレーに突き落としたアギラだろう。
本来ならバタリア周辺は鳥翼族の生息区域ではあるが、アギラは主に山脈付近に生息する魔物。
さしずめ、はぐれアギラと言ったところだろう。
足爪で掴んでいた岩を砕き、地面ギリギリまで落ちて滑空する。
アギラの移動方法の一つだ。鳥翼族の中でもこうした動きを可能にするのは数種しかいない。
這うように飛ぶのは空を飛ぶ者にとって弱点だらけに見えるが、それはその動きを想定出来ない相手を予想してこその動き。
「硬え羽してやがる!」
アギラは俺に当たるかと思う距離で旋回した。俺はすかさず短剣で剛翼を防いだが、数メートルも移動させられた。
羽の一つ一つの先が鋭利な刃物のように尖っている。確か、市場でアギラの羽包丁が売っていたのを見たことがある。鉄包丁のように重くなくて羽のように軽い包丁。
市場でも人気の品だ。
この魔物時代、ただただ魔物を討伐することより、落ちた素材を利用して活用する商売があるからだ。
アギラの弱点は足の爪……
また、刃こぼれしてしまった小型剣ではアギラ相手に長引かせることは出来ない。
急所である足の爪を狙うのは些か骨が折れるが、それがこの戦闘に勝つ兆し。鳥翼族は頭こそ良いものの、足に神経が多く、そこを狙えば飛行感覚を狂わせることが出来る為、勝率が飛躍的に上がる。
数十センチほどの足の爪に狙いを定めた。
速技と撃技をそれぞれ+2解放させてアギラの両足の爪を全て斬り砕いた。
その衝撃にやはり耐えられなかったようで、短剣も砕けてしまった。
村の少女からせっかく譲り受けた小型剣だったが、役目を果たしたということにしておこう。
アギラは飛ぶことはおろか、その場から動くことも出来ない。
これでは一方的になるばかりだが、俺にはオルフノットバレーに放り込まれたお礼もある。
アギラの首元を砕けてしまった短剣で衝撃を与える。
だが、その程度ではやはり死なない。
「そうだ」
俺はグッドアイデアを思いついた。
アギラが俺にしたことをそのまますればいい。
面倒だが、掌底でアギラに脳震盪を起こさせて気絶させた後、オーロラブリッジまで運んで放り投げてやった。
しばらく待って、黒の紙を確認すると魔物討伐数がプラス1された。
しかも攻撃力の上昇も多い。アギラ、オーク共に高攻撃力の魔物を討伐したからだ。
そうして、丸腰になってしまった俺は、バタリアのある方角へと足を進めた。
◇
バタリアに帰る途中、嫌な寒気がした。
立ち込める霧はまだ晴れず、方向感覚もおかしくなって来る。
「……囲まれてるな」
霧の奥に微かに感じる気配。それが囲うようにして感じる。
そのうち見える赤い光が動き出し、徐々に俺の方へと近づいて来る。
口元あたりから白い煙を上げて、グルルと唸りながら寄って来る。
ブルーレオパルドーー全身が蒼の豹の魔物で、マイナス130度の氷牙を持ち、血のように赤い目が獲物を欲する。噛まれれば、たちまち凍傷ものだ。
そんなブルーレオパルドが俺の周りに3体。
……さて、武器もない、ましてや技能の連続使用で体力の消耗も割と激しい。
「待ってくれないよな!」
ブルーレオパルド3体が一斉に飛び掛かって来た。
それを地面を転がるように躱して林道を駆けて行く。
「グルルッ! ガルッ!」
さすがに四足歩行の魔獣相手に逃げ切るには無理があるか。
体力と相談しつつ、速技+2で突き放す。
「はっ! ーー使い過ぎは良くないな」
自身の攻撃力、防御力、素早さは確認出来るのだが、体力に到っては体の疲労感による判断でしか出来ない。
今の疲労感的には50%以下の体力。
ジャケット内に差し込んであったミドルポーション2本を飲み干した。
ポーションを飲んで効果が出るのは、平均して5分後。普通、こうした場面に出くわすことを想定して事前に飲むのが常識ではあるのだが……
勇者ランク6になったからって調子に乗っていた。
「「グルルッ!!」」
二体のブルーレオパルドが飛んで来た。
これは……まずい。
ブルーレオパルド二体の動きがスローモーションとなって、大きく開ける口から見える氷牙が白い煙を上げながら大きくなって来る。
ブルーレオパルドに噛まれたが最後、その場所は凍傷の果てに腐り落ちる。
しかも二体のブルーレオパルドの頭上にもう一体のブルーレオパルド。
勇者になってから幾度となく絶体絶命の危機はあった。その度に次回は同じことが起きないようにと心がけていても、相手は魔物、生きている生命体相手に対策は難しい。
対処法なんて、その場で経験的に思い付いて行動するしかない。
それが、勇者としての在り方の一つだなんて思っていないが、少なくとも俺はそうして生きて来た。
「グウゥッ!?」
「グウッ!?」
飛んでいた二体のブルーレオバルドの腹部から骨が砕ける音がした。
撃技+3を解放、しゃがんで回し蹴りを腹部と頭にお見舞いしてやった。
「グッ!?」
続いて、真上に来ていたブルーレオパルドには、そのまま回転した勢いで頭にかかと落とし。
ブルーレオパルド
LV.62
ATK.72
DEF.55
ブルーレオパルド
LV.66
ATK.80
DEF.59
ブルーレオパルド
LV.63
ATK.74
DEF.57
レベル60代のブルーレオパルドが三体。
だが、さすがに撃技+3の蹴りを喰らえば、瀕死級のダメージだったようだ。
撃技+3は、攻撃力に1.5倍を掛けて30を加算した値となる。つまり、今の俺の攻撃力111に1.5を掛け30を加算、196が瞬間攻撃力。
ただしそのパワーアップの分、身体ダメージを受けることになるのだが。
仮にこの後、撃技+3を連続して使える回数は現状で4回が限度。
もちろんこれは、体力面が万全で、尚且つ、撃技+3に限っての話。
だから、例えば速技+3を使えば身体ダメージは撃技ほどではない為、回数はもう少し多い。
順番的には撃技、速技、守技が体力の消耗となる。
だが、これは+値が同じ場合に限っての話。極端な話、俺がラグナ平原でインプールスライムと戦闘した時に使った速技+5であれば、順序も変って来る。
まあ要するに、使える技には限度があるということ。
「死んだか」
ぐったりとしていたブルーレオパルドは、その鋭く赤い目を閉じた。
誰かれ構わず襲うのは魔物こそではあるが、中には相手の強さに敏感な魔物がいることも確か。
それは知能指数の魔物であったり、魔人と呼ばれるワンランク上の魔物だったりする。
この三体のブルーレオパルドは、まさか武器も何も持っていない人間に返り討ちに遭うとは思ってもみなかったことだろう。
さあ、ぐずぐずするのは後だ、また魔物が襲って来るかもしれない。
林道を間も無く抜けて見えるバタリアへと急いだ。
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