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第47話 敗者の代償
しおりを挟むルーランとゲームをする場所は、バタリアの中でも無法地帯となっている古びた酒場。
ここでは俺たちのように金を賭けたゲームをする者たちや、違法アイテムを堂々と受け渡す者たちもいる。
「さあさあ! じゃあ! さっそく始めようか!」
ルーランは2本の小さい黒い小瓶と、バッグの中から同じように黒い小瓶を7本取り出した。計9本の黒い小瓶はどれも同じに見える。
そして平等性を図る為だと、獣皮で出来た袋の中に9本の黒い小瓶を全て入れた。
それをもう片方の手で混ぜて俺にも渡す。
確かにこれではどの小瓶が魔石配合ポーションか分からない。
その後、念の為にとメアが袋を受け取って混ぜる。
「慎重だねえ。でも、ま、所詮はただのゲーム! 気楽に行こうぜ?」
ルーランは鼻歌混じりに袋を受け取って、小瓶を一つずつ円を描くようにテーブルの上に置いていく。
「ルーラン、もちろんこれはただのゲーム。だが、お前が用意した小瓶だ。確認させてもらう」
「へっへ! 信用されてねえな! いいぜいいぜ、好きなだけ確認してくれよ!」
俺は小瓶を手に取ってみて、触った感触、蓋、小瓶の全方向、匂いなどを確認する。
そして、魔力を微量込めて小瓶の温度、反応を確かめる。
なるほど、これではどれが魔石配合ポーションか分かったものじゃない。
どれもこれも、全く同じポーション。
「なっ? 何も問題ないだろ? そりゃそうだ。ブラックポーションはポーションと殆どの成分が一緒だからな。見分けるなんてそうそう出来ることじゃない。最も! シンがブラックポーションの生成に精通しているなら何か違いが分かるかもな! まあその生成者ですら判別が難しいからこそブラックポーションの流通は禁止されてる!」
それでもルーランが持ち出したゲームだ。ルーランでしか見分けられない方法がある可能性もある。
俺は疑い深くブラックポーションを眺めた。
「安心しなシン! 俺もこうなったらどれがブラックポーションかわからねえから! ま、要するに正真正銘の平等なゲームってわけさ!」
「分かった。そういうことなら俺も正々堂々出来る。先行は俺でいいな?」
「へっへ! 肝が座ってやがる! 俺はそういう勇者好きだぜ?」
このゲームに勝っても俺には何のメリットもない。
だから何で俺がゲームを受ける必要があるのか。メアが受けてもいいものだったが、さすがに魔石配合ポーションは飲ませられないな。
俺は円状に置かれている9本の小瓶のうち、手前の一本を手に取って飲んだ。
「いきなりかよ!? 度胸あるな!」
「シン……」
無論、ルーランもメアも勇者であるならブラックポーションを飲んだらどうなるか知っているのだろう。
小瓶に入っていた液体がものの数秒足らずで無くなった。
「次、ルーランだな」
体には何の異常も無かった。いつもの味と変わらない普通のポーションで体が少しばかり軽くなった。
「そうこなくっちゃな! ゲームは始まったばかり!」
やけに嬉しそうにするルーラン。
どうせ、何度もこんなゲームをして金を稼いで来たのだろう。
両手の指には、エメラルドにダイヤモンド、ルビーなどの宝石がつけられている。
着ているものもよく見れば、アッシュベアの皮をあしらったおしゃれベスト。
買えば、金貨50枚はくだらない高価なベスト。アッシュベアは剛皮膚で加工が難しい為、職人が手作業で一ヶ月かけて作っているらしい。
ただ、デザイン性に優れてはいるのだが、勇者として旅をしていくには適してはいない。
ルーランはじっと置いてあるポーションを観察している。見定め、ゆっくりとその一つを摘んだ。
それを、ぐびっと一気に飲んだ。
「セーフ!」
ルーランは、汗を拭うような仕草をする。演技だろうか。
それとも、真面目にこのゲームを楽しんでいるからこその仕草なのだろうか。
そして、テーブルの上に残るポーションは後7本となった。
つまり、この中の2本がアウト。飲めばどうなるか、想像しただけでも恐ろしい。
死にはしないが、勇者にとっては屈辱的な仕打ちとなるだろう。
「シン! もうやめてよ! こんなゲームしたって何の意味もないわ! そりゃ、高級レストランの食事やスイートルームに泊まりたいけれど……そうまでして受けるものじゃない!」
分かっているじゃないかメア。
そうだ、メアのその望みとブラックポーションを飲んだ結果による天秤は全く釣り合っていない。
要するに、飲んだがアウト。
「ちっちっち。嬢ちゃん、それはダメだ。ゲームはゲーム。受けちまったもんは、勝敗がつくまでやるのが世の常ってもんよ」
「メア、ルーランのいう通りだ。何、負けやしない」
「ひゅうっ! 言うねえ~!」
無論、ゲームをやり続けることは強制ではない。
何なら、今この場でテーブルを揺らして残るポーション全てを床に落としてやってもいい。
この高さから落ちれば簡単に割れるだろう。
だが、俺がそうしないのは一つのプライドみたいなもの。
まあ、そのくだらないプライド一つで失うものは大きいのだが。
その後、6本、5本、4本、3本と減っていき、残るポーションは後3本だけとなった。
「久しぶりだなぁ、ここまで残った相手は」
「取るぞ?」
「まあ待ちなって! このゲームはここからが面白いんだから!」
「どういうことだ?」
ルーランは微笑し、残る3本の小瓶を横一列に並べた。
「言ってなかったがこのゲーム、ブラックポーションを飲んだ時点で終わり」
「つまり、俺がブラックポーションを飲むか、飲まなかった時点でこのゲームは終わるってことだな」
「その通り! シンが飲まなければ俺が潔く飲む! それがこのゲーム! さっ! 制限時間なんてねえ! じっくり考えるんだな!」
テーブルに横一列に並んだ3本の小瓶のうち、2本がブラックポーション。
現在、ポーションを選ぶ側は俺。
ブラックポーションか、飲みたくないな。
仮に飲んでも体に害はないが、それでも勇者であるなら飲みたくないもの。
まあ割と、こういう無法地帯では娯楽の一つとして残るゲームなのは知っているが、実際にやっている人間と関わったのは初めてだった。
さて、この3本、どれを選ぼうか。
3本の小瓶は均等間隔に置かれている。
ここまで俺は、何も考えなしに飲んでいたわけではない。
ブラックポーションは店に売っているポーションとさほど変わりはないが、全くというわけではない。
無論、ルーランが言ったように、ブラックポーションの生成者でないとその判別は難しいだろう。
しかも極端な話、ルーランが用意した9本全てが普通のポーションの可能性も否めない。
まあそうなると、このゲーム自体が成立しない上、そもそもやる意味がない。
逆に全てのポーションがブラックポーションの可能性もあったが、それが分かっていればみすみすこんな馬鹿なゲームはしない。
「ルーラン、このゲーム俺の勝ちだ」
あえてそう宣言をし、とった小瓶の蓋を開けて飲んだ。
体に変化は……なかった。
「くそっ! 俺の負けか!!」
ルーランは悔しそうにテーブルを叩いた。
その衝撃で、残る二本の小瓶がテーブルの上を転がる。
それをメアがひょいっと拾い、立て直して置く。
「ルーラン、ゲームはゲームなんだよな?」
「わ、分かってるよ! でもその前に! いつから気づいていた!?」
「気づいていた? 何のことだ?」
「しらばっくれやがって! カモじゃなかったのか!」
ルーランの言うように俺は元から気づいていた。
用意されていたブラックポーションは2本ではなく、合計4本あったことに。そもそも俺は、こんなゲームを持ちかけてくるやつなんて信用しちゃいない。
そして、ブラックポーションの数に嘘が分かったのは、俺の持つスキルからだった。
俺の保有スキルの一つ、解錠は鍵を必要とするものであれば何の問題もなく開くことが出来る。
ただ、解錠スキルの真骨頂はここからだ。
解錠はスキル保有者である俺自身の目を、分子レベルで見ることが出来るように新たな扉を開いた。開眼という。
それは例えば、魔物を相手にした際、防御力の低い箇所を即座に見つけること。
それは例えば、魔物を相手にした際、体温の変化を見ることが出来ること。
相手の魔物がこれから何かをしようとする予兆が事前に見えるわけだ。
これらは観察眼では知り得ることが出来ない情報だ。
もちろん一つ目に言ったことは急所ということになるが、これは開眼する前に数多くの魔物との戦闘で経験的に知っていた。
そして今回、俺がブラックポーションの数に気づいたのも開眼した解錠スキルのおかげだ。
9本のうち、4本の小瓶の色だけが真っ赤だった。
もう分かりやすいのなんの。
「カモに見えたか? ならルーラン、お前の判断ミスだ」
「くっ! 仕方ねえっ! 飲んでやらああ!!」
ルーランは残る二本の小瓶を同時に飲んだ。
おいおい、大丈夫か?
ルーランの体に特に変化はない。
だが、ルーランの飲んだ、計4本は確実にブラックポーション。
今、解錠スキル、開眼で見る限り、全身にブラックポーションが行き渡っている。
ブラックポーションは飲ん10分後に、その変化が現れる。
ルーランは随分我慢していたようだが、ブラックポーションは確実に彼の体を蝕んでいる。
ピクピクとルーランの筋力が動いているのが目に見えて来始める。始め飲んだブラックポーションが効いて来たのだろう。
「こちとら! もう勇者なんて捨ててんだよ! 俺のステータスを教えてやろうか!? 20だ20! オール20! ランク5の勇者が笑えるぜ! ひゃはははははは!」
ブラックポーション、正式名称、魔石配合ポーション。
その効果は飲んで1時間、全てのステータスを一時的に上昇させる。
だが、その副作用として1時間後、上昇した分以上に全てのステータスが下がる。
つまりドーピング剤。
勇者ランク5でステータスが20となると、勇者ランク1以下の数値。
飲めばパワーアップ。しかし結末に待ち受けるのは、勇者稼業に支障をきたすほどの禁止アイテムと言うわけだ。
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