59 / 251
第59話 セシルの気持ち
しおりを挟むぴょんと立った二つの三角の耳に白いもふもふした尾。
鼻は黒くて目も黒い。身長は160cmくらいだろうか、それが獣人セシル。
狼……ではなく、おそらく犬の獣人。鼻と目だけ黒く、全身は真っ白。
セシルはベンチに座る俺とメアの前までやって来る。
「セシル、俺たちは今、魔王の城を目指して旅をしている」
「ちょっとシン!」
「いいんだ、旅を一緒にするなら知らないわけにもいかないだろう」
セシルが本当に旅に同行すると言うのならば、正直に話していた方がセシルの為にはなるだろう。
「魔王の城って……何しに行くの? そんなとこ」
獣人族は争いごとを避けて生活をする為、魔王を打ち倒そうなどとは微塵も思ってはいないだろう。
ただでさえ魔物との戦闘は控える種族だというのに。
「ーー俺はある王女から魔王の城に眠る秘宝を盗むように頼まれてな。その為に行くんだ、魔王の城に。メアもその旅について来てくれているんだが、セシルはどうなんだ?」
「……セシルは」
そう言って、空を見上げる。
「セシルは仲間のいる処に帰りたい! でも! 助けてくれたシンたちの手助けもしたい! それから、捕まってる仲間たちも助けたい! ……セシル、わがまま、かな?」
「いいえ! そんなのわがままになんてならないわよ! 仲間想いなのね」
メアはセシルの頭を撫でて褒める。セシルはまだ幼い獣人で、今の気持ちをそのまま言っただけなのだろう。
「……そうか。だったらそのわがまま、全部叶えられるように一緒に行こう」
「うん!」
無理かどうかなんて、やってみなくては分からない。
セシルがどれほどの獣人なのかは気になるが、旅に着いて来てくれるのは心強い。
獣人族は人間より遥かに嗅覚に優れた種族であり、魔力を持っていなくてもそれを凌ぐほどの技能を持つ。
セシルが捕まったのは、正直、油断のし過ぎとしかいいようがない。
「セシル、もし身の危険を感じたら直ぐにシンの後ろに隠れるのよ」
「おい、俺は盾じゃないぞ」
「分かった!」
セシルは見るからに純粋そうな獣人の子。言えば大抵のことは信じてしまう感じがする。
獣人と人間が旅を共にすることはそれほど珍しいことではないが、多いというわけでもない。
元々何か事情があったりするか、俺たちのような境遇になった者も中にはいるだろう。
その後セシルの実力を知る為、バタリアからフィールドへ出た。
◇
バタリアの西、庭園と呼ばれる森林の手前には自然のままに荒れてしまった荒野がある。流れが早い川は浅く、まだ子供のスティールタートルが川岸でじっとしている。
「いくよ!」
そう言ってセシルの拳が俺に放たれる。
それをまずは何もせずに片手で受け止めてみる。が、侮り過ぎて不覚にも飛ばされそうになって守技を+1ほど解放した。
「やるな、セシル」
「へん! セシルの力はこんなもんじゃないよ! まだまだ、もっともっと力は出せる!」
なるほど、流石獣人だ。勇者以外の生身の人間ならば、まず獣人に勝てる者はそういないだろう。獣人は争いこそ避ける種族だが、天性の戦闘種族でもある。
まだセシルの実力ははっきりとはしないが、今のパンチが全開ではないのなら軽く勇者ランク3に匹敵するだろう。
「よし、だったら……セシル、アイツをやれるか?」
遠くにいたアグロリザードを指差した。
「シン! 危険だわ!」
「大丈夫、セシルならあの程度の魔物どうってことない。だろう? セシル」
セシルは大きく頷いて猛スピードでアグロリザードの元に向かう。
正面突破とは、戦い慣れてるのか。
アグロリザードはその自慢の一角で相手と戦う為、セシルのように堂々と正面から来る相手を好みやすい。
ただ、正面からでなくとも戦いはするが魔物の世界にもプライドが存在しているようで、アグロリザードはその部類。
セシルはアグロリザードの一角攻撃をしゃがんで躱し、喉元あたりに強い蹴りを入れた。
アグロリザードは高々と吹っ飛び地面に落ちる。
「セシル、すごい……」
「メアより強いかもな」
そう言うと、メアは何も言い返さない。
おいおい、それはないだろうメア。メアは勇者ランク5、少なくともセシルよりかは強いとは思う……が、どうだろう。
あの戦いっぷりを見る限りあながち間違ってはいないかもしれない。
セシルは立ち上がったアグロリザードに一切の隙も与えず、連打の如くパンチを繰り出す。
アグロリザードはただただ殴られ人形のようになってしまっている。
獣人は戦闘を好まない種族ではあるが、その戦いっぷりを見てしまえば嘘に思えてしまう。
明らかに戦い慣れている。そう感じざるを得ない。
あっという間にアグロリザードをノックアウトして戻って来る。
「見事だ」
「わ、私、セシルに戦い方教えてもらおうかな」
セシルはふふっと微笑む。
観察眼で見たアグロリザードのレベルは50。そしてあの戦いぶりを見た限りでは勇者ランク4から5の間といったところだろうか。
ただ、獣人のセシルを勇者のランクとして見るのは難しいところではある。
この魔物時代、勇者に合わせた技術ーー黒の紙や観察眼といったものはあるが、獣人の強さを計るものはこれといって無い。
そもそも、獣人は人間と干渉することは少なく、セシルのように人間に捕まってでもしない限りこうして接することもない。
獣人と人間が一緒にいるケースも存在はするが、稀だ。
これといった獣人専用の武器もなく、獣人の戦闘スタイルをみるのはこれが初めてだ。
そして、メアはセシルに戦い方のコツを聞いてたりしている。
俺もメアの戦い方を見ていた限りでは、セシルの方が戦い慣れているように感じた。
それでメアの戦いの技術が上がるのならばこの先の旅を有利に進めることが出来る。
魔王の城は其処がボスのテリトリーとするならば近づいて行くにつれて魔物のレベルも上がっていく。
そのテリトリーの範囲はキロ単位とも言われており、正確な距離は分かっていない。
勇者が戦死したニュースがたびたび新聞に取り上げられるたびに、魔王の城が近くにあるのではないかと噂されるが……定かではない。
“勇者5人の死亡。原因は魔王の勢力範囲内に入ったものと推測される”
だがこのような見出しが出たのを見れば、そう思わざるを得ないが実際のところはどうなのだろう。
こんな記事が出るたびに士気を下げさせられるのは、ギルドの勇者の間ではもはや日常茶飯事。このまま勇者をやっていてもいずれ魔王や魔物に負けるのならやっていても意味なんてないと言う者たちまで終いにはいる。
俺はというと別にそんなことはなくて、勇者として魔物と敵対するならば死は避けられないものだと割り切っている。死んだら死んだでその時だ。
いつ、どこで、どんな理由で死ぬのかも分からないこのご時世。それが魔物でなくとも、フィールドを旅している限り死と隣り合わせなことは紛れも無い事実。
だから、そんなニュース記事が出たからといっていちいち滅入っていても仕方がない。無駄だ。
国も国だ。なんでわざわざそんな士気を下げさせるようなことを取り上げて記事にするんだといつも思う。
確かに同じ勇者として魔物を倒す者として、士気を向上させる効果もあることも事実。
だが反面、真逆の効果になってしまうこともしばしば起こってしまっている。
難しいところではあるが、これは国に任せるしかない。一勇者の俺が、どうこう国の連中に言ったって変わらないだろう。
その時だった。
辺りが急に暗くなって、メアがセシルが上空を見上げた。
「……まさか」
巨大なそれは俺たちの遥か上空を飛んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
神様、ちょっとチートがすぎませんか?
ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】
未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。
本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!
おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!
僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。
しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。
自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/
---------------
※カクヨムとなろうにも投稿しています
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。
Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。
現世で惨めなサラリーマンをしていた……
そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。
その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。
それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。
目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて……
現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に……
特殊な能力が当然のように存在するその世界で……
自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。
俺は俺の出来ること……
彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。
だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。
※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる