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第90話 勇者と獣人と兵士VSスライム
しおりを挟む兵士が上空に向かって絶え間なく弓矢を放っていた。
だが放たれた弓矢は弧を描き数体ほどに命中はしたが、ほとんど落下している。
敵の数は十……二十は超える。
ただ、その敵がスライムということだけにいつもの魔物討伐より緊張感が薄い気がしてならない。
「やはり戦いに来たのか勇者の旦那」
先程、ロング隊長と一緒にいた兵士ーー顔に痛々しい斜め傷痕が入った兵士は腕を組みながら振り返る。
「戦が性分なもんでな」
「いないよりいいでしょ?」
「それもそうだ。勇者の旦那、それに連れの人。くれぐれも俺たちの邪魔にならないように」
くるりと振り返り、迫るスライムの群れの方を向く。
兵士と勇者。生き方も違えば考え方も戦い方も違う。
もちろん邪魔するつもりなんて毛頭ないが、そう言われるとまるで邪魔と言われた気分だ。
「別へ行こう」
「そ、そうね」
メアが顔をひくひくとさせながら言う。
セシルは特に気にしていないようだ。
兵士たちがいる持ち場からやや離れ、一度カリダ村から出た。
遥か上空には隊列とは呼べない飛ぶスライムの群れが多く確認出来る。
その多くが似たような大きさだ。
羽のあるスライムも確認出来るが、そうでないスライムもいる。
スライムの群れがこのカリダ村に来る理由ーーセルモクラ鉱石はスライムにとって必要不可欠なものであれば相当な数に違いない。
「見て! 何か飛んで行ったわ!」
地上から上空のスライムに向かって飛んで行く物体。
それは豪速球で駆け上る岩のような物体ーー遥か上空にいるスライム数体に激突し降下。
あのスピード、そして飛んで行った方向からするに、先程の兵士たちの持ち場だ。
一兵士にあれほどの岩をあれほどのスピードで投げられるだろうか。
思い浮かぶのは第五部隊の隊長ロングか、顔に斜め傷痕が残る兵士ガンハン。
「また何か来た!」
セシルが声高らかに空を指差す。
「あれは……」
魔物。スライムではない。
赤く染まった両翼が目立つ魔物ーーワイバーンだ。
現れた4体ほどのワイバーンは降下するスライムを次々に捕食した。
「えええ!? 食べちゃった!」
食われたスライムの一部が地上に落下していく。
魔物が魔物を喰らう。珍しいことではない。
弱肉強食、例え同じ魔物だとしても人間のみが襲う対象では奴らも生き残れない。
ワイバーン
LV.46
ATK.59
DEF.38
一体のワイバーンのステータスを観察眼で確認。
昔、まだ俺が勇者になった頃に遭遇したワイバーンより随分と高いレベル。
とは言ってもレベル40代の魔物は俺の相手ではないが。
他の3体のワイバーンも40代のレベル。
ワイバーンは大きく旋回し、どうやら俺たちに気づいたようだ。
「セシルがいく!」
そう言って、セシルは地面を蹴り上げて大きくジャンプした。
ワイバーンは口を開けて向かって来るセシルに狙いを定めたようだ。
「ていやあっ!」
セシルの上段蹴りが空中で華麗にワイバーンに決まる。
が、迫り来るもう2体のワイバーンが挟み撃ちするかのように空中のセシルに向かって行く。
「セシル!」
メアが両手を上空に向ける。
「待て」
「シン何で!? このままじゃセシルが!」
メアの両手からピキピキと音を立てた氷魔法が発動を始める。
「セシルをよく見ろ」
メアは今にも放ちそうな氷魔法の状態のまま、セシルのいる上空を向く。
セシルは空中で身動きを取れないでいたが、その見る顔は笑っている。
獣人は戦闘を好まないと言われるが、その本性は全く逆だったと言うことだ。
何故、戦闘を好まない種族であるはずの獣人が魔物を倒せるほどの力を持っているのか。
それは同じ仲間を守る為の力であり、今までセシルと旅路を共にしていたことからもよくわかる。
セシルは間一髪ギリギリのところ、挟み撃ちになりそうな瞬間くるりと上に反転し二体のワイバーンを同士討ちさせた。そしてすかさず、同士討ちになった二体のワイバーンの頭の上に乗り、迫って来ていた残り一体のワイバーンにカウンターのかかと落としを喰らわした。
「やるう! セシル!」
「セシルなら当然だ」
セシルが倒した最初の一体に引き続き、三体のワイバーンは地上に激突した。
しかしその間、ワイバーン以外の魔物の存在に俺は気付いていた。
ラストコカトリス
LV.60
ATK.74
DEF.69
図体だけでは先程のワイバーンと良い勝負をしている。
錆のような身体に雄鶏のような頭を持つ翼を持つ魔物。
「次は私が行くわ!」
メアが走り出し、腰元の剣を抜いた。
ライトコカトリスは地上を走るメアに火炎を吐いた。
轟々と燃え盛る火炎、メアの氷魔法とは相性が悪い。
だが、それでもメアは氷魔法を発動した。
その氷魔法はラストコカトリスの吐いた火炎の先を凍らせながら、ついには本体ごと凍らせた。
「やるなメア」
発動する魔法の属性の相性は、勝敗を大きく分ける差になる。
しかし、それでもメアの氷魔法は火属性を持つラストコカトリスの火炎を凍らせた。普通なら起こり得ないことだが、相手と力の差を埋めればそれも可能にする。
つまりそれが意味するのは、メアの氷魔法がラストコカトリスの火炎の火力を上回ったということ。
勇者のランクと魔法は関係ない、といつか会った誰かが言ったことを思い出した。
吐いた火炎ごと凍りにされたラストコカトリスは地上に真っ逆さまに落下し砕け散った。
「言っとくけど新技じゃないからね」
「そうなのか?」
俺にとっては十分過ぎるくらい威力のある技のように思えるのだが。
地上に散乱する動かないワイバーン4体と全身凍りにされ砕け散ったラストコカトリス。
その光景を唖然とした様子で見ていたのはやって来た兵士たちだった。
「どうだ? これでも俺たちが邪魔だって?」
そう兵士たちに聞いてみる。
「あ、ああ邪魔だとも! そこを退いてくれ! 後は我々の仕事だ!」
ぞろぞろと第五部隊十数人が俺たちの間を抜けて行く。
そしてそれぞれが持つ弓矢をまだいるスライムたちに放つ。
がしかし、上空のスライムに当たりはするものの、一向に数は減らない。
しかも、東の空からは別のスライムの大群も確認出来る。
「やるじゃないか、勇者の旦那のお連れ」
また、顔に入った斜め傷痕が目立つ兵士ガンハンが現れた。
「あいつらの力はあんなものじゃない。それよりもお前、持ち場を離れても大丈夫なのか?」
「ご心配どうも。そんな心配されなくてもカリダの村には魔物の一匹たりとも入れさせやしない」
シーラ王国、第五兵団第五部隊。守備に特化した部隊の一つではあるが他国の部隊の攻撃部隊並みの兵力はあるという。
そしてそれを証明するかのように上空を飛んでいたスライムたちがいつの間にかほとんど居なくなっていた。
「何を?」
顔に入った斜め傷痕が目立つ兵士ガンハンが、片手を大きく残りの飛ぶスライムの方に上げた。
「俺の能力ーーヴォアールロッシュ!」
上げた片手から作り出された物体は兵士ガンハンの叫びと共に高速で打ち上がった。
それは緑の身体をしたスライムと灰色のスライムを貫通した。
能力者だったか。
ほんの数十分前、兵士たちの持ち場の方から上空に飛んで行ったのはガンハンが作り出したものだったのか。
まるで砲撃。
カリダ村に到着しそうだった第一軍のスライムの群れ及び4体のワイバーンとラストコカトリスは、セシルとメア、後から来た兵士とガンハンによって討伐された。
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