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第135話 食われる勇者、そして……

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とうとう地上に降りてしまった魔竜イクリプスドラゴン。
それに対抗するように武器である弓矢が放たれている。特別な弓、そう感じるのは矢がイクリプスドラゴンに当たった瞬間、小さな爆発が起きているからだ。それが何度も何度も。
これだけ見ればかなりイクリプスドラゴンにダメージが入っているように見えるが、微動だにしないのはやはり高防御力のおかげか。
俺が持つ黒の紙に記録されている魔物でもオリハルコンスライムが最も防御力が高い。が、それを上回るイクリプスドラゴン。高防御力だけではない、高攻撃力にも注意を払う必要がある。

攻撃方法も生態も不明。
確かなのはイクリプスドラゴンが魔竜で、魔竜は本来ならば魔王の城にいるはずの魔物だということ。
俺が出来ることは正直ないかもしれない。
だが、それでも勇者としてヤツを放っておくわけにはいかない。

イクリプスドラゴンがその巨体を下に傾ける。
ローレンたちだろうか、ひけ!! という声が聞こえて来る。

「……まさか、本当に魔石を食ってるのか?」

これ以上強くなったら本当に手がつけられない魔物になるぞ。
魔王の城に行く前にこれじゃあまるで魔王を相手にしてる気分だ。

イクリプスドラゴンがくわえる幾つかの魔石は空から降り注ぐ紅い光によって反射する。

速技を解放し、十分逃げられるであろう体力を残し、撃技+6のエネルギーを解放していく。

斬空波は長距離の敵に有効な剣技。
俺の現在の攻撃力222に1.5倍を乗算、それに60を加算。282の斬空波が紅き魔竜を捉え飛んでいく。

「どうだ!?」

と同時に体力への負荷は大きい。

撃技+6が付加された斬空波はイクリプスドラゴンの背に衝突。
やや揺らいだようだが……

と、その時だった。

イクリプスドラゴンが自らの尾を空に向かってあげた途端、その先が形態変化しイクリプスドラゴンその頭となる。

……まさか。

「っ!?」

イクリプスドラゴンは長い尾を回転させながら、俺めがけてーー食った。







血生臭い、それでいて暗い……それに、嫌な悪臭もする。

「ーーまったく、食うやつがあるかよ」

つい3、4分くらい前のことだ。俺はイクリプスドラゴンに食われた。
食われた瞬間、本当に真っ暗闇で冷たい空気を感じていたが、間も無くべちゃりと触れたのは生物の中だろう感触。
何かの生物の中入ったことなんて一度もなかった。いや、普通そんなの入りたくもない。

鼓動の音が聞こえるのは、何処かに心臓があるのだろう。
魔竜の心臓、それをぶった斬ればこいつは殺せるか?

だが、暗すぎて何も見えない。こんなところでじっとしていては消化されてしまう。
触れるのはおそらくイクリプスドラゴンの体内の感触だろうが、それにしても気持ち悪い。
ここでまた斬空波か、破砕の斬撃でもくらわせて風穴を空けようものなら怒らせてまた何かされる可能性もある上、崩れた体の一部で生き埋めになんてなりたくない。

さて、どうしたものか。

「……」

何か、気配を感じた。こんな場所に気配?
まさか、俺以外にイクリプスドラゴンに食われた人間が?
可能性はある。

血生臭いのはまだ慣れないが、もう慣れる慣れないの問題じゃない。何もしないことによるリスクの方が大きいと直感で分かる。

ひとまず歩き出す。
が、どこに行ったのもか。というのも、左右上下暗すぎて進む道があるのかも不明。触りたくないが、仕方なく体内を触り移動する。
入って来たんだ、出るところもあるはず。
そう願い、イクリプスドラゴンの体内を移動する。

「……」

また、気配を感じた。

「……だ、誰だ!」

不気味過ぎて、そう叫んだ。

「どうだ? ここは気に入ったか?」

俺の背後から聞こえた声。

ばっと離れ素早くアスティオンを構えた。

嫌に心臓の鼓動が早くなる。だが、冷静になって状況の把握に努める。
俺以外に誰かいる。

「おいおい、それはないだろう? シン」

「……何故、俺の名を知っている?」

こんな場所に既に誰かがいたことも不気味だが、それ以前に俺を寒気立たせたのはずっと此処にいたような口振りで、尚且つ、普通に話しているからだ。
俺もまだまともな思考回路が出来ているが、こんな場所1日でもいたら、いや1時間も居ればまともではなくなってしまうだろう。

問うた俺もどうかとは思うが、それよりも俺の名を知っていることが問題だ。

「そりゃ知っている。何せ俺は……お前自身だからな!」

その瞬間、肩から斜め下に斬られた。

……もう、俺は知らない。イクリプスドラゴンの体内に風穴を開けるつもりで破砕の斬撃を放った。

……だが、激しい斬撃の衝突音が起きただけで、何も変化はなかった。

「こんなところでそんな斬撃を出すなんて、さすが俺だ」

「さっきから、俺、俺って……俺はもとから1人だ!」

俺を俺自身と言う何者か。声は違う。

間が出来た。
どうした? いなくなったか? いや、そんなわけがない。

「気づくか! さすがだ!」

守技を解放していたおかげで大したダメージはない。何者かはまた斬りつけて来やがった。
俺には何者かの姿は見えないが、おそらく相手は俺のことが見えている。俺に分かるのは不気味な気配、それのみ。

「あいにくこういう環境には慣れているもんでな!」

俺は誰相手に話しているのか。正体不明の何者かに全方位を一度に攻撃する斬回風を放った。抜刀のように鞘に収める必要もないが、鞘から抜く動作は似ている剣技。

手応えありだ。
何かが衝突する音が聞こえた。斬回風によって発生した音ではない。

「斬回風か。俺の姿が見えないからってやることがまるで俺だ。仕方ないか」

「……まさか」

薄らと徐々に何者かの姿だけが鮮明になってくる。

「驚いたか? まあ、そうだろう。言っただろう? 俺はお前だと」

紛れもなく俺の姿が確かにそこにはあった。
声が違って聞こえていたのは骨伝導の為か。

「……それで、ドッペルゲンガーが俺に何のようだ?」

「ドッペルゲンガーか。なかなか、面白い言い回しだ。だが、少し違う」

「だったらお前は何だってんだ?」

「いいだろう、俺の質問だ、答えてやる。俺はイクリプスドラゴンによって作られた、いわばお前のコピーだ」

「俺のコピーだと? コピーが俺に何の用があるってんだ?」

「質問ばかりするなよ、俺。ーーまあいい。イクリプスドラゴンがお前を飲み込んだ時、同時にお前はコピーされた。イクリプスドラゴンもやることがなかなかえげつなくてな、体内に取り込んだ人間のコピーと戦わせようとするんだ。つまり俺だ。要するに、勝った奴だけが外に出られる」

……俺は状況を理解した。

俺のコピーだということはまだ認めたくないが、少なくとも俺の敵であることは理解した。

「なるほどな。分かりやすくていい」

「だろ?」

「……だが、もしお前が勝って外に出ても、外見だけコピーしても直ぐにバレるぞ?」

俺がそう言うと、俺のコピーだとぬかす俺は不適な笑みを浮かべた。

「それは大丈夫だ。言っただろう? 俺はお前のコピーだと。だから、お前がこの体内に入る前までに経験したこと、知識、それは全て俺のここにある」

と言って、俺のコピーは自身の頭を指差す。
そして再び不適な笑みを浮かべる。

「お前は俺に殺されて、俺が外に出る。人間の姿で街へ……考えただけでよだれが出るよ」

コピーは手で舌を拭った。
コピーが何をするかかんて考えたくもない。

「悪いが、お前を外に出させるわけにはいかない」

たとえ俺の経験や知識をコピーしたとしても、魔竜から生み出された俺なんて1ミリたりとも俺ではない。
人間の姿であって魔竜の思考を持つ勇者。考えただけでもおぞましい。
こいつを外に出すのは危険以外の何者でもない、出させるわけにはいかない!

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