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第160話 意思
しおりを挟む魔王の城ーー初代魔王が君臨した時代より、今の世まで一度も崩壊していない古城。
何処にあるのか、先代魔王を討ち取った勇者アルフレッドは口を開かず。共にいた仲間もアルフレッド同様だった。
ただ、それにはわけがあった。魔王の城の場所を言えば、いくら勇者が魔王を討伐する時代ではないにしても、必ず、魔王の城を目指す者が現れる。
初代、先先代、そして先代と引き続いて来た魔王。
先代魔王を討伐したアルフレッドはまだ平静の世は来ていないと、静かにそう口ずさんだそうだ。
それから新たな魔王の誕生ーー怒号とも言える絶望の叫びが地上全土に轟き、人類は再び魔王と魔物の脅威にさらされることになった。
この時代が俺のいる時代。
人々は噂する。
魔王の城は絶界の遥か上に存在するだとか、はたまた海中奥深くに存在するだとか、もしくは世界最大級の広さを誇る大森林ーーディスピアの何処かにあるのだとか。
だが、俺が情報屋トーマスから聞いた内容はそのどれでもなかった。
ラピスの話を聞いても、トーマスの話と多少かぶるところがあったが、彼女は彼女でまた興味深いことを言った。
魔王は人間のような形をしていた。
それを聞いた俺は背筋にぞっと悪寒が走った。
続いてラピスが口にした言葉。
魔王は気を待っている。
一瞬目があったという勇者ランク8のレドックでさえ、全身凍ったような感覚にされ、死を覚悟したそうだ。結果、レドックの能力である門の能力によりラピスたちは何とか離脱出来たらしい。
「ということは何か? 魔王は人間でしたって?」
人間の形を成していたからと言ってそう決めつけるのはどうかとは思うが、あり得ない話ではない。
「……それは……分からない。人間のような形をしていただけで、魔王がそういう姿だってことかもしれないから。魔物でもいるでしょう?」
確かにラピスの言うように、人間の形に似た魔物は存在している。
俺がサギニの森であったニヒルも、遠くから見れば人間の形には見える。近くで見ればどうみても魔物だが。
他にも、全身が焦げた岩のような皮膚を持つグレネイドサイクロプスも200メートルくらい離れた場所から見れば人間の影にはかろうじて見えないこともない。
近くで見ればどうみても魔物だが。
そう考えると、魔王も同じような解釈として捉えることも出来る。
「確かにな。ただ……」
ただ、魔物の知能指数は人間の形に似ているほど高いというデータがあるのも事実。
魔人は翼や角や長い尾があったりと、それらは人間の形とはほど遠いが本体は似ていると言えば似ている。
つまり、人間の形に近しい魔物や魔人は比例して知能指数が高くなっているということ。
これらを踏まえれば嫌でも浮き出るのは魔王の知能指数は人間と同等かそれ以上だということ。
いや、人間の遥か上の可能性すらある。
魔王だ、十分あり得る話だ。
「も、もうその話はいいじゃない!」
「メア、もうったって、俺たちが向かっている場所を忘れたわけじゃないよな?」
俺たちが目指している場所は魔王の城。不明な場所の情報を少しでも明かしておくのは至極当然な話。
「忘れたわけじゃないけど……ほら見て! 何かあっちの方で面白そうなことやってるわよ!」
メアは斜面下の方の広場で、老人が魔物の上に乗っている様子を見て言った。
「……メア」
話を逸らせたい気持ちも分からなくもない。無理もない。
今でも思う。勇者ランク8の俺、勇者ランク6のメア、獣人のセシル、白魔導士のラピス、この四人で魔王の城に向かっているのだから。
いや、精霊獣のアルンもいる。
正確には俺はもう直ぐ勇者ランク9で、メアは黒の紙をギルドへ提出すれば勇者ランク7となる。
が、果たしてそれで魔王の城に通用するかどうか……行ってみなければ分からない、言えばそうだが、確かな情報は得ておきたい。
カサルの地、此処グレイロットの砦の次に行く場所で情報を探って行くとしよう。
◇
俺たちは今日直ぐにカサルの地へ向かうわけだが……
「お爺さんすごーい!」
「本当にすごいわ! お爺さん、いつもこんなことやっているの?」
メアとセシルがはしゃいでいる。
俺たちはグレイロットでは一番広そうな場所で、魔獣エクゼハウンドの鼻先の上に片手だけで乗る爺さんを見物していた。
エグゼハウンドは処刑犬と言われ、過去、犯罪者の死刑が執行された際に使われていたそうだ。
今ではどうなのか、詳細は定かではないが、重度の罪を犯した犯罪者の死刑制度はまだ存在している。
エグゼハウンドは瑠璃色という、処刑犬に似つかわしくないほどに紫みを帯びた濃い青色をしているが、それがかえって爪の色を強調させている。
深紅色をした全ての爪は、エグゼハウンドが処刑犬と言われる所以。
エグゼハウンドはずっと昔から今に生息を続けて来た魔物の一体で、人間を惨殺して来た返り血が今のエグゼハウンドまで残って来たという不気味な逸話もある。
だが、それは単なるデマ。
エグゼハウンドの爪が深紅色をしているだけという国の研究者は言ってはいるが……真相は不明。
「すごいじゃろ? ええ?」
爺さんはエグゼハウンドに慣れた様子で、スルスルと頭から尾にかけて滑っていく。
爺さんはスタッと着地し、エグゼハウンドが座る。
こうしてみると、でかい犬だ。
目算、6メートル強。
エグゼハウンド(従属)
LV.74
ATK.90
DEF.68
当然のようについている従属。爺さんがこいつを瀕死状態まで追いやったってことか。
確かに筋肉質で見た目は強そうな爺さんではあるが……魔物を従属させるなんてどうかしているとしか俺には思えない。
「よっしゃよっしゃ、良い子じゃ」
爺さんは近くに置いてあった袋から肉塊を取り出してエグゼハウンドに直接口へ手渡した。
鋭い牙が数十本くらいあって、エグゼハウンドは肉塊を豪快に咀嚼する。
セシルはポカンと口を開けて見ており、メアに至っては笑いとも言えない笑いをするしかないようだ。
魔物が目の前で餌を味わう光景。まじまじと見る機会はそうそう無い。
「爺さん、それは何の肉なんだ?」
そう聞くと爺さんは何故かにやりとし、肉塊を一つ持って来る。
「知りたいか? 知りたいか? ええ?」
なんだこの爺さん。酔っては……なさそうだ。
「まさか……人間だなんて言うんじゃないでしょうね」
メア、それを聞いてはいけない。
俺も聞いた直後に一瞬それが頭をよぎってしまった。
「嬢ちゃん! 怖いこと言いよるのう! そんなはずなかろう! わしゃを殺人鬼とでも思うたか?」
メアはほっとした様子を見せる。
「なら、何の肉なんだ?」
「魔物じゃ。知らぬか? ローズピッグという魔物じゃ」
ローズピッグーー薔薇の香りで人間を寄せつけて襲う魔獣。魔物ではある為、人間は襲うが食すことはなく、主に食べるものは穀物類や草。
人間を襲わない魔牛のように、一部の地域ではローズピッグの肉が流通していると話では聞いていた。
「そいつの肉だったか。処刑犬もよく味を分かってそうだな」
ローズピッグは魔牛ほど上質な肉ではないが、人間が食べても何ら問題はない。魔物であるエグゼハウンドも、肉食ということだけあって同じ魔物でも関係ないようだ。
「こいつの好物の一つじゃ。ーーさて、で、お主らはなんじゃ?」
「旅人よ。魔王の城目指して、皆んなで旅をしてるの」
メアが言うなり、爺さんは目を見開き俺たちをざっと見た。
そして、数えるように俺、セシル、メア、ラピスの順に指を指していく。
最後に、アルンを指さしてーー
「4人と一匹でか?」
「そうだ。何か問題でもあるのか?」
爺さんは険しい表情をする。
「問題……問題以前に、何故そう生き急ぐんじゃ? お主も若草とて分かっておるじゃろう。勇者だからといって、魔王討伐の義務などありゃせん」
「そんなこと、とうに分かってるよ爺さん。魔王の城に行くのは俺の意思だ」
魔王の城を俺が目指しているのは、シーラ王国のアリス王女からの任務……だった。
だが旅の道中、任務を放り出してやめることも出来た身だったが、そうしなかった俺自身がいた。
それはつまり、俺自身が望んでいたこと。
勇者になって、ただ魔物を討伐して日々を暮らしていければいいと思っていた過去もあった。
だが、旅をしている途中で俺は気づいていた。
魔王を討伐する、そこに何の疑いの余地もないことを。
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