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第一章

第8話

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この日、千尋は母親から頼まれて買い出しに出ていた。


今日は大学が終わってから何もなかったため、春華と一緒に買い物に行っていた。


仲良くしている四人組で出かけることも多いが、女子だけでの時間もたまには欲しいものだ。


やはり男性には話せない、女子だけでの会話というものがある。


そう、彼氏である湊にも話せないようなことも。


春華は唯一"親友"と呼べる人だった。


春華とは信頼関係があるから、他の人には話せないようなことも話せてしまう。


春華は口が堅いから、千尋が話さないでと言えば他人に漏らすことは絶対にない。


だから千尋も安心して春華には相談できるのだ。



「春華、今日はありがとう。いい気分転換になったわ。」


「いいのよ、こちらこそ。久しぶりにちぃちゃんと出かけられて嬉しい。」


そう言ってふんわりと微笑む春華。


その笑顔を見て、思わず千尋も頬が緩む。


果穂と瑞穂とは違った愛らしさが、春華には備わっている。


なんというか、一緒にいると心が安らぐ。


千尋にとって春華は心の栄養剤だ。


「あぁー、やっぱり春華大好き。」


人目も憚らず春華に抱き着く。


「もぉ、ちぃちゃん。人が見てるって!」


そう言いながらも、本気で拒否はしないのが春華だ。



「あ……」


ふいに春華が声を出し、千尋は身体を離す。


春華の視線を追うと、中学校の校舎だった。


部活が終わり、下校途中の生徒達が校舎から出てくる。


"水ノ森中学校"という学校名が目に入った。


校名を見て、千尋は目を見開く。


「この中学って…」


そういえば、果穂と瑞穂の通う中学はこの学校だったのではないか。


思わず、果穂と瑞穂の姿を目で探してしまっている自分がいた。


こんなタイミングよく会える確率なんてほとんどないというのに。


後ろ髪を引かれながらも踵を返そうとすると、門の方からわっと声が上がった。



「果穂様よ。今日も素敵だわぁ。」


「瑞穂様だって引けを取らないわよ。」


「本当にお美しい。」


見ると、道を開けるように生徒達が左右に分かれていく。


その間を悠然と歩いてくる人物を見て、すぐに誰かは分かった。


明らかに異質なオーラを放った人物が二人。


果穂と瑞穂だ。


瑞穂は今日も、姉の果穂の一歩後ろを付いて歩いている。


その姿は、まるで女王と家臣のようだった。



「西園寺さん!えっと……果穂さんの方。」


後ろから、パタパタと走って声をかけてくる女子生徒がいた。


手にはクマのチャームの付いたキーホルダーを持っている。


呼び止められた果穂は、歩みを止めてゆっくりと振り向いた。


その顔を見て、千尋ははっと息を呑む。


遠目からだったが、その瞳は冷たく、なんの感情も読み取れなかった。


「……なに?」


「あのこれ…西園寺さんのでしょう?いつもしていたな、って思って。」


果穂の視線に怖気づいたのか、女子生徒がおずおずとキーホルダーを差し出す。


しかし果穂はその手を振り払った。


ちゃりん、と地面にキーホルダーが落ちる。


周りにいる生徒達ははっと息を呑み、その場を静寂が包んだ。


「私の物に勝手に触らないでもらえる?」


「……あ……ご、ごめんなさ……」


女子生徒は涙声になりながら、逃げ利用にその場を去っていった。



それはそうだろう、親切でキーホルダーを届けてあげたのにこんな仕打ちをされたのだ。


さすがの千尋も、これはやり過ぎではないかと思うほどだ。



「もしかして、あれが果穂ちゃんと瑞穂ちゃん…?」


隣にいた春華も、呆然とした様子でなりゆきを見ていた。
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