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二章
第29話 言わなくても
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どうして、瑞穂が?まさか、二人は付き合ってるとか。
まず最初に沸いた疑問を、陽菜子は少しの間頭の中で考えた後すぐに退けた。
瑞穂はそういうタイプではないし、何より好きな人はいない、と言っていた。
陽菜子に嘘を付く理由もない。
おそらく瑞穂も彼が風邪を引いていると知り、お見舞いに行ったのだろう。
少しの躊躇の後、陽菜子は思い切って声をかけた。
「瑞穂!竜一くん!!」
通りを挟んで向かいにいた二人が、同時に陽菜子の方を振り向く。
距離があったのでもちろん声は聞き取れなかったが、"あら"と目を見開く瑞穂の様子は分かった。
陽菜子も左右に車の動きがないことを確認し、二人の元へ近寄る。
竜一が片手を上げて微笑んだ。
その屈託ない笑顔に、不覚にもとくん、と胸が波打つ。
「陽菜子じゃない。なにしてるの?こんなところで。」
「あ…えっと。」
特に隠すようなこともないのに、普通に"竜一くんのお見舞い"と軽く答えればいいのに、なぜか言葉に詰まってしまう。
「……瑞穂は、どうしたの?」
逆に瑞穂に問うと、瑞穂は片手に持っていた薬局の袋を持ち上げて見せた。
悪戯っぽく笑う。
「私は、竜一くんが風邪ひいたって聞いたから、お見舞い。で、竜一くんの家まで届けようとしたら、ここで偶然会っちゃったってわけ。」
「そっか。」
だよね、と思いながらも、聞かなければ良かった、と後悔をした。
おかげでいよいよ、"私もお見舞いに来た"というタイミングを逃してしまった。
何も言えずにいると、瑞穂が陽菜子の手元に視線を移す。
「それって、薬局の薬よね?もしかして陽菜子も竜一くんのお見舞い?」
陽菜子はゆっくりと首を横に振る。
「ううん、これは私が必要だったから。私もちょっと風邪気味なんだ。」
言ってしまってから、なんて素直じゃないのだろうと思った。
気づけば、袋を持つ手に力が入っていた。
爪が、手の平にめり込む。
「陽菜子」
ふいに頭上から柔らからな声がかけられ、陽菜子は顔を上げる。
自分の名前がこんなにあたたかく心に響くものなのだろうか、と思った。
竜一が発する言葉一つ一つが、こんなにも嬉しくて、やはり好きだなと感じる。
「ありがとうな。」
予想外の言葉に、陽菜子はポカンと口を開ける。
「ん?えと、なにが?」
「いや、なんでも。ありがと。」
そう言って、竜一はなぜか少し照れくさそうに笑った。
即座に、ありがとう、の言葉の意味が分からなかったけれど。
何秒か頭の中で考えた後、その意味を理解して陽菜子の心にほんのりとあたたかな灯が点る。
彼は気づいてくれたのだ。
本当は、自分のためにお見舞いに来てくれようとしていたことを。
何も言わなくても、分かってくれた。
そのことが、どうしようもなく陽菜子には嬉しかった。
涙が出そうになるのを、きゅっと唇を噛みしめて堪える。
陽菜子も、微笑み返したその時。
ふと視線を感じて、そちらに目を向ける。
瑞穂がじっと陽菜子を見つめていた。
わずかな乱れもない微笑をたたえたまま。
その笑顔は変わらず美しかったが、陽菜子にはなぜか恐ろしく見えた。
その瞳に、一切の温度を感じなかったせいだろうか。
こんなに気温は温かいのに、なぜか寒ささえ感じ、陽菜子は自分の腕を両手で包み込む。
「陽菜子。」
竜一の隣にいた瑞穂が前に進み出る。
同じ名前を呼ばれているのに、今度はひどく冷たいものに感じた。
「陽菜子は、体調大丈夫なの?」
「あ、う、うん…大丈夫。」
「たしかに、顔色がよくないわね。せっかく会ったし陽菜子とも三人でゆっくりお話したいなと思ったけど、そうね。体調が良くないなら、やめたほうがいいわね。早く家で休んだほうがいいわ。私たちは家が一緒の方向だけど、陽菜子は逆だし。」
陽菜子への気遣いの言葉なのだろうが、なぜか陽菜子には突き放すような冷たさを感じた。
そんなはずはないのに。
瑞穂はいつだって、優しい人だ。
自分の友達のことをこんな風に思うなんて、なんて自分はひどい人間なんだ。
きっとそう見えたのは気のせいだ、と思うことにした。
「えっと」
「またね、陽菜子。お大事にしてね。」
大丈夫だから一緒に話したい、と答えるより先に、瑞穂はすいっと背を向けて陽菜子の前を立ち去る。
それを見ていた竜一が、慌てたように陽菜子に"ごめんな"と目の前で手を合わせ、瑞穂の後を追っていった。
一人取り残されて、陽菜子はしばらくその場に立ち尽くした。
まず最初に沸いた疑問を、陽菜子は少しの間頭の中で考えた後すぐに退けた。
瑞穂はそういうタイプではないし、何より好きな人はいない、と言っていた。
陽菜子に嘘を付く理由もない。
おそらく瑞穂も彼が風邪を引いていると知り、お見舞いに行ったのだろう。
少しの躊躇の後、陽菜子は思い切って声をかけた。
「瑞穂!竜一くん!!」
通りを挟んで向かいにいた二人が、同時に陽菜子の方を振り向く。
距離があったのでもちろん声は聞き取れなかったが、"あら"と目を見開く瑞穂の様子は分かった。
陽菜子も左右に車の動きがないことを確認し、二人の元へ近寄る。
竜一が片手を上げて微笑んだ。
その屈託ない笑顔に、不覚にもとくん、と胸が波打つ。
「陽菜子じゃない。なにしてるの?こんなところで。」
「あ…えっと。」
特に隠すようなこともないのに、普通に"竜一くんのお見舞い"と軽く答えればいいのに、なぜか言葉に詰まってしまう。
「……瑞穂は、どうしたの?」
逆に瑞穂に問うと、瑞穂は片手に持っていた薬局の袋を持ち上げて見せた。
悪戯っぽく笑う。
「私は、竜一くんが風邪ひいたって聞いたから、お見舞い。で、竜一くんの家まで届けようとしたら、ここで偶然会っちゃったってわけ。」
「そっか。」
だよね、と思いながらも、聞かなければ良かった、と後悔をした。
おかげでいよいよ、"私もお見舞いに来た"というタイミングを逃してしまった。
何も言えずにいると、瑞穂が陽菜子の手元に視線を移す。
「それって、薬局の薬よね?もしかして陽菜子も竜一くんのお見舞い?」
陽菜子はゆっくりと首を横に振る。
「ううん、これは私が必要だったから。私もちょっと風邪気味なんだ。」
言ってしまってから、なんて素直じゃないのだろうと思った。
気づけば、袋を持つ手に力が入っていた。
爪が、手の平にめり込む。
「陽菜子」
ふいに頭上から柔らからな声がかけられ、陽菜子は顔を上げる。
自分の名前がこんなにあたたかく心に響くものなのだろうか、と思った。
竜一が発する言葉一つ一つが、こんなにも嬉しくて、やはり好きだなと感じる。
「ありがとうな。」
予想外の言葉に、陽菜子はポカンと口を開ける。
「ん?えと、なにが?」
「いや、なんでも。ありがと。」
そう言って、竜一はなぜか少し照れくさそうに笑った。
即座に、ありがとう、の言葉の意味が分からなかったけれど。
何秒か頭の中で考えた後、その意味を理解して陽菜子の心にほんのりとあたたかな灯が点る。
彼は気づいてくれたのだ。
本当は、自分のためにお見舞いに来てくれようとしていたことを。
何も言わなくても、分かってくれた。
そのことが、どうしようもなく陽菜子には嬉しかった。
涙が出そうになるのを、きゅっと唇を噛みしめて堪える。
陽菜子も、微笑み返したその時。
ふと視線を感じて、そちらに目を向ける。
瑞穂がじっと陽菜子を見つめていた。
わずかな乱れもない微笑をたたえたまま。
その笑顔は変わらず美しかったが、陽菜子にはなぜか恐ろしく見えた。
その瞳に、一切の温度を感じなかったせいだろうか。
こんなに気温は温かいのに、なぜか寒ささえ感じ、陽菜子は自分の腕を両手で包み込む。
「陽菜子。」
竜一の隣にいた瑞穂が前に進み出る。
同じ名前を呼ばれているのに、今度はひどく冷たいものに感じた。
「陽菜子は、体調大丈夫なの?」
「あ、う、うん…大丈夫。」
「たしかに、顔色がよくないわね。せっかく会ったし陽菜子とも三人でゆっくりお話したいなと思ったけど、そうね。体調が良くないなら、やめたほうがいいわね。早く家で休んだほうがいいわ。私たちは家が一緒の方向だけど、陽菜子は逆だし。」
陽菜子への気遣いの言葉なのだろうが、なぜか陽菜子には突き放すような冷たさを感じた。
そんなはずはないのに。
瑞穂はいつだって、優しい人だ。
自分の友達のことをこんな風に思うなんて、なんて自分はひどい人間なんだ。
きっとそう見えたのは気のせいだ、と思うことにした。
「えっと」
「またね、陽菜子。お大事にしてね。」
大丈夫だから一緒に話したい、と答えるより先に、瑞穂はすいっと背を向けて陽菜子の前を立ち去る。
それを見ていた竜一が、慌てたように陽菜子に"ごめんな"と目の前で手を合わせ、瑞穂の後を追っていった。
一人取り残されて、陽菜子はしばらくその場に立ち尽くした。
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