ヴィーナスは微笑む

蒼井 結花理

文字の大きさ
上 下
62 / 111
三章

第62話 不器用な友人の相談

しおりを挟む
「やっぱり、真桜ちゃんと仲良くなるのはちょっと時間かかるかもなぁー」


帰り道、自分で帰ると言った舞を断固反対し、家まで送ると言ってきた拓海。


女性の夜の一人歩きはだめ絶対!と言ってきかなかった。


しばらく押し問答をしたあげく仕方なく(いや、内心は嬉しく)、肩を並べて家路に付いている。



「そんなことないよ、真桜はあんなことがあったから今は怖がってるけど、最後にはだいぶ話してくれるようになったじゃん。」


たしかに、と舞は先ほどまでの真桜とのやり取りを思い出す。


拓海に向ける笑顔と比べると、舞に対してはとてもぎこちなかった。


でも真桜が、頑張って向き合ってくれようとしていることも伝わっってきた。


舞の高校時代の出来事も(できることなら話したくはなかったが)、真剣な表情で聞いてくれていた。


まるで自分自身と重ねて、痛みを耐えているような、そんな哀し気な顔を浮かべながら。


帰り際には「また来てくださいね。」と言ってくれた。


結局最後まで笑ってはくれなかったが、十分だろう。



「真桜ちゃんとは同い年だしこれから仲良くなっていけたら嬉しいな。できることあるなら何でもしますよ!」


そう言って拳を作って見せると、拓海はありがとう、と優しく微笑んだ。



いつもの交差点の信号を渡り、左に曲がる。


しばらく住宅地を進むと小さな酒屋さんが見えてくるのだが、その向かいが舞のアパートだ。


拓海にお礼を伝え、家に入る。



壁にたてかけてある時計を見ると22時を回っていた。


絵理さんと食事をして、さらに拓海の妹にも会って遅くなってしまったので、一気に疲れがきた。


今日はシャワーでも浴びようかなと思った、その時。


ポケットの中で振動を感じ、舞はスマホを取り出す。


画面を見ると、千早からだった。


舞は身体を起こし、通話ボタンを押す。



「もしもし。舞?」


「千早?どうしたの、こんな時間に。」


もうこの頃にはすっかり千早のことを呼び捨てで呼べるようになっていた。


「…舞にちょっとな、…その、相談があるんだよ。」


珍しく口ごもる千早に、舞は首を傾げる。


「相談?」


「実はな、来月11月2日なんだけど、拓海の誕生日なんだよ。」


そばに拓海がいて聞いているわけでもないのに、なぜか千早は小声になって言う。


思わずふっ、と笑ってしまった。


拓海とどうこうなるなんてこれっぽっちも思ってないとか言っていたけれど、やっぱりまだ拓海のことが好きなんだな。


思わず笑みが零れる。



「そうだったんだ。つまり拓海さんに誕生日プレゼントをあげたいってことね?」


からかうように言うと、千早は「そうだ。…ってなんでわかったんだよ?!お前はエスパーか?」なんて言ってくるもんだからお腹を抱えて笑ってしまった。


「笑うなよ。」


「ごめんごめん。それで?」


笑いすぎて涙が出てきた目を、手の甲で拭う。


「何をあげていいのか分からないんだよ。それで…舞の意見を聞きたかったんだ。」


千早は拗ねたように言う。


なんだか今日の千早はいつもと違って幼い感じがする。


いつもは冷静沈着で無愛想な千早だけど、好きな人のことになるとだいぶ変わるらしい。



舞はうーん、と顎に人差し指を置いて考えた。


舞も恋愛経験が豊富なわけではないから、その相談はなかなか難しい。


「そういえば…」


舞が思いついたように言うと、千早は「なんだ?!」と食いついてきた。


「拓海さん、そろそろスマホケースを変えたいって言ってたよ。結構使ってるからって。」


「おぉ、そうか。」


「たしか機種はiphone8だったよ。」


「ならそれにするかな。」


「うん、拓海さんきっと喜んでくれると思うよ。」


片思いであれ両想いであれ、自分に向けられる好意は嬉しいものだ。


千早と拓海の二人はお似合いだから、それがきっかけでヨリ戻してくれたら嬉しいのにな。


千早は不器用だけれど、すごくまっすぐに拓海を思っている。


きっとその想いは伝わるはず。



「サンキュな、舞。」


「ううん、頑張ってね千早。応援してるから。」


心からそう願い、舞は電話を切った。
しおりを挟む

処理中です...