かけがえのないあなたへ

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かけがえのないあなたへ

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むしゃんよかった祖父に捧ぐ


ふと目を覚ますと、枕がぐっちょりと濡れていた。濡れた枕は私の頭を包み込む。そして、眠気は覚めていき、意識がだんだんハッキリとしてきた。それと同時に疑問も生じた。先程までの出来事は夢だったのだろうか。だが、夢にしては生々しかった。そして、ベッドに座り込んだ私は、先程までの夢であろう出来事の記憶を、初めから辿っていくことにした。辺りは静かで、時計の音しか聞こえるものはなかった。


幼少期の思い出といえば、幼稚園と祖父の家が嫌だったのを覚えている。幼稚園に関しては何故嫌だったのか、今ではわからない。祖父の家は祖父の家で飼っていた大型犬が苦手だったのが原因だったはずだ。大型犬は大人しいため自分の顔を舌で舐めてくるのだが、それが、食べられるのかと勘違いしていた。その時、祖父は笑って抱っこした。祖父のゴツゴツとした指が自分の弱々しい肋に当たる感触が妙に印象に残った。


小学校では掛け算が印象深い。小学2年の頃、祖父は私のために掛け算表を作ってくれた。カレンダーの裏に油性ペンで書かれ、上を紐で纏められたものだった。コレと父の週一のテストで掛け算を見事覚えられた。特に私は7の段が苦手で、後半は自分でも何を言ってるのか分からなくなったものだ。今も尚、その掛け算表は机の引き出しに閉まってある。引き出しを開けると、おあつらえ向きに掛け算表が現れる。時が経ち、焼けたその紙は妙に味が出ていた。


中学の卒業が近づいたある日、事件が起きた。祖父が骨を折ったとの事だった。偶々、学校の横の病院に入院したと聞き、ほぼ毎日通った。その時はいつも祖父の武勇伝を聞いた。とても陽気で、骨折なんて、へでもない様子だった。だが、あまりにも長い事入院をし、退院後も上手く歩けず、リハビリの日々だった。あの時から少し怪しいとは思っていた。だが、「あの人に限って…」と自分に言い聞かせ不安の種を無理矢理排除した。その頃から妙な胸騒ぎがしていた。


高校に入り、祖父とは会う機会が減った。時間が合わず自室のベッドにいる祖父に会うことは難しくなった。だが、たまに会う祖父の足はまるで木の棒の様に細く弱々しかった。車で山川や祭りに出かけていたあの頃の祖父に比べ、少し小さく見えた。骨を折っただけというのに、妙にやつれていた。


祖父とは山や川に、そして、空港や海、祭りにもよく出かけた。散歩では、行き道には薩摩揚げを買い、帰り道にはたこ焼きを食べていた。高校の頃の体験談を話してくれることもあった。祖父は強かった。だが、弱い者の味方だった。そして、祖父は甘い物が大好きだった。羊羹やお菓子をよく分けてくれた。根っからの甘党だった。妙に甘く、ねっとりとした羊羹は喉にゆっくりと流れた。


霜の出るようになった月の初め。眠りについた祖父が目を開けることは無くなった。家に戻ってきた祖父は部屋を横断するほど大きく、顔は別人のようだった。妙に、祖父がまだ何処かで生きていると感じていた。


祖父が骨を折った時に検査をした所、身体は悪い腫瘍の巣だった。それは全身に転移し、始まりが何処か分からないほどだったと言う。


祖父を送る最後には、棺桶の中に沢山の花と、祖父の大好きだった羊羹が詰められた。行き場のない苛立ちと悲しみが、涙となって外へと零れた。


夢で祖父にあった。1年前ならなんてことない、2人で話すだけの夢だった。朝起きると、枕はぐっしょりと濡れていた。その日はちょうど、21日目つまり、三七日だった。その日は幽霊の存在を少し信じた。妙に誰かから見守られてるような、そんな安堵感がした。
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