メジャーリーガー珠姫

古池ケロ太

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1st GAME

14th inning : ThiS iS tHe PiCth oF my SoUL!

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【さ、さァ、バッテリーがそれぞれの位置に戻った! 九回二アウト、カウントは二ストライク! 異様な空気の中、試合はいよいよクライマックス! もう…………もう、ここまで来たらお前と心中だ! ブチかましてやれ! タマキイィィィィ!】

 プレートに戻ると、バズワルドが異様な動きを見せていた。

 まるで日本の相撲取りがやる「シコ」だ。
 腰を割った体勢から、ゆったりと左足を頭の高さにまでかかげる。
 それが強烈な勢いで打ち下ろされる――と、なんと地面に足がめり込んだ。

 反対側も同じくシコを踏めば、両足はふくらはぎまでボックスの中に沈みこんでしまった。

「おいおい、旦那。それじゃヒット打っても一塁まで走れねぇぜ」

 ……などと口走れば、たちまち頭を叩き割られるに違いない。
 この男の頭には、歩いてダイヤモンドを回る以外のことは何もない。
 死んでも後ろには下がらないという意志の表れだった。

 バズワルドの肩から、赤い闘気が湯気のように立ち昇った。

「俺はケビン・バズワルドだ……。黒人とヒスパニックからメジャーを守る、ホワイト・アメリカのシンボルなんだ……。その俺が、よもやモンキーに、日本人などに、一インチたりとも遅れをとるわけにはいかんのだ……。これは……この構えは……俺の……俺の」

 ホームラン・キングは絶叫した。

「宣戦布告だ! 来い、ジャアアアアアッッッップ!」

 珠姫はグラブを胸元に構えた。
 そのまま両側から押しつぶすように力を込めると、グラブの内側から白色の光が漏れ出した。

「はぁぁぁぁぁ…………っ!」

 額に浮かぶ玉の汗とともに白髪が風に踊る。
 はっきりと圧力を持った光はグラブの紐をビチビチと弾けさせ、ついに、

「ふッ!」

 バン! とグラブそのものが木っ端微塵に破裂した。

 スタンドのどよめきの中、珠姫が光球を持ち上げる。
 ストレートの握り丸見えの裸の両手が、彼女の頭上に後光を作る。

 足元から無数に立ち昇る光の粒。
 マウンドどころかダイヤモンド全部を呑み込む、光のページェント。

 それらはやがて渦をなして、加速度的に一点に集約されてゆく。
 光をいっぱいに吸い込んだボールは、いまや光球を越えて、荒ぶる白星と化した。

「これが打ち砕かれるならば是非もなシ。投じまショう、我が魂!」

 左脚を頭の上まで振り上げる。
 熱風をともないそれが降りてくる。
 スパイクが大地に沈む。

 光の弧を描く右腕に導かれ、全身全霊の力を受けた指先から、光が、気が、魂が――

「秘球・百貫球ひゃっかんだま!」

 爆ぜた。

 ビッグバンの中から、光芒を曳いて彗星が翔ぶ。
 ドビーの視界をまっさらな白がうずめつくした。
 地面を削り咆哮を上げて押し迫る光の奔流。

「なァめるなああああああああああああああああああああああ!」

 絶叫とバットが、星を迎え撃った。

 身の毛もよだつ激突音が球場を揺らす。
 ドーム状に広がった衝撃波が内野手と走者を根こそぎ吹き飛ばす。
 かろうじて持ちこたえたドビーの目の前、ベースの上で力と力が拮抗する。

「じイぃやぁぉぉぉおおおおおおおおおぁぁぁおおおおおおおおぉおおおおおおおぉおおぉおおおおおおぉおおおおおオオオオオおおおおおおぉおおおおおおおぉ!」

 巨人の斧と白熱の彗星。
 互いを食い千切らんとからみ合う、二つの超常力。

 大気が震える。
 大地が吼える。
 スタジアムが熱と光にうずもれる。
 明滅する視界に観客が一斉に顔を覆う。
 電光掲示板が悲鳴を上げてヒビ割れる。

「ぬゥがああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 バズワルドの化け物ぶりには疑いの余地もない。
 これだけのエネルギーの塊を、たかが木の棒一本で受け止めているのだ。

 その目はもう球を見ておらず、見据えるのは時空の彼方、外野フェンスを越えピッツバーグの高層ビルも越え、夜天にかかる満月だけ。

 そして、少しずつ、少しずつ、均衡が崩れはじめた。

【あ……ああっ! あああああ! バ、バズワルドが……!】

 押し返す。
 ベースの上、亀のような歩みで、しかし、確実にボールをマウンドへと押しやってゆく。

「どうだジャップ! ひざまずけ! マウンドにひざまずけ! 俺の前にひれ伏せえ!」

 渦巻く無尽蔵のパワー。
 ほとばしる本塁打王のプライド。
 ポーラベアが命を絞るように、天へと吠える。

「これが俺だ! 俺がキングだ! みんな俺を見ろ! 言うことを聞け! 伏し拝んで拝聴しろッ! このケビン・バズワルドこそがメジャーの頂点ッ! 天頂に輝く、プライド・オブ・アメリカなんだああああああああああああああああああああああああああああ!」

 ――と。

「ッ?」

 バズワルドの顔が異変に打ち歪んだ。

 地面に埋まった足首が、そのまま後方にずれ下がり始めたのだ。

「なにイイイイイイ! こッ……こいつ!」

 地面に二本の爪痕が刻まれる。
 バットがへし曲がる。
 バズワルドのこめかみが血を噴く。

「なんでだあああああああ! なんでまだ強くなる!」

 マウンドへと視線を向けるバズワルド、その血走った眼が、「はぅあ!」と見開いた。

 まるで空手の型だ。
 珠姫はぐっと腰を落とし、左の掌を正面に突き出していた。

 そして、その手から雷のような黄金の光が太く長く伸び、ボールを後押ししている。
 巨大な波が幾重にも重なって、その力を増すように、光の波濤が白球を押し込
んでゆく。

 バチバチと神気の弾ける音の中、深く澄んだ声が響く。

「他人を見下すことの、どこにプライドがあるというのでスか。他者を敬い信じるからこそ、魂は気高く磨かれるモノ。それを忘れたアナタに、誇りを語る資格はないであルます」

 バズワルドの顔が恐怖にからめとられた。
 ガケから落ちる子羊のような、ひきつった表情。

 珠姫の右手が腰だめに構えられる。
 爆発的に増大した気がマウンドに光の柱を建てる。

 そしてドビーは見た。
 珠姫の背中、刹那にのぞいた九本の、キツネのような黄金の尻尾――

「そんな者の言葉など――」

 光を纏った右拳が弓をつがえるように引かれ、

「聞く耳、持たン!」

 解き放たれた。

 正拳突きに導かれ、光の波濤が押し寄せる。
 マウンドから流れ込む奔流が、恐るべき勢いでバッターボックスを飲み込み、

「ぐわああああああああああああああああああああああああああ!」

 断末魔の悲鳴がドビーの耳をつんざいた。

 次の瞬間、粉々に砕け散ったバットの破片と、マスクごしになだれこむ膨大な光、ミットにぶつかる爆発的な衝撃とともに、審判もろとも吹き飛ばされる。

 バックネットに叩きつけられ、それでもなお止まらず、金網をブチ破って後方の観客席まで一直線だ。

「うわあっ!」「きゃあああ!」

 避難していた観客たちの悲鳴を真っ二つに切り裂きながら階段に激突し、まだ勢いは止まらない。
 サッカーボールのように回転しながら、スタンドを逆上ってゆく。

 頭が割れる。
 腰が砕ける。
 天地がめちゃくちゃにひっくり返り、全身が引き裂かれるような痛みの中、それでもドビーの考えていることはただ一つだった。

 ――死んでも離すか。

 ゴッ! 

 ……と、壮絶な音を立てて回転が止まったのは、十メートルも駆け上った末の最上段だった。

 V字型に分断されたネット裏の人垣の中、丸まっていたドビーの体が、煙を上げてばったりと大の字に広がった。

【し…………死んだか? ドビー……】

 アナウンサーも観客も、同じ感想を抱いた。

 階段の途中で引き剥がされた審判が、よろよろと立ち上がって階上のドビーに目を向ける。

【……あ】

 ドビーの手が動いた。
 仰向けの姿勢からゾンビ映画のごとく、震えるミットが持ち上がった。

 バッターボックスのバズワルドは、足を地面に埋め込んだまま、そっくり返って白目をむいていた。
 ただ、途中でバットが砕けた分、体は吹っ飛ばされず打席の中に残っている。

 捕球していなければ、ファウルだ。 

 いまだ白煙の上がるミットの中身に、二万観衆と主審の目が注がれる。

 地球の自転さえも止まったかと思える時間の中。 

 夜明けを迎えたアサガオのように、ゆっくりとミットが開き。

 ――白球が、その姿をのぞかせた。

「ア……アウトォ!!」

 歓声が爆発した。

【アウトだぁ――! 試合終了ォ――――ッ! この瞬間、アルゲニーズ連発脱出! 救世主はルーキー、タマキ・ヒメカワだ! 今夜は飲むぞ、ブラヴォ――――――――――ッ!】

 二万観衆の雄叫びが球場を揺らす。
 突き上げた拳の花が夜空に咲き乱れる。

「ぐっ……おっ……っででで……マジで死ぬかと思ったぜ……」

 腰が抜けて立てない。
 が、チームメイトも観客たちも当のドビーを差し置いて勝利のダンスに熱中しており、誰ひとりとして助けには来なかった。

 なんて連中だ、と半泣きで身をよじっていると、下向きの視界に二足のスパイクが映った。

「ないす・きゃっち。であルます」

 珠姫の髪は、もっさり両目をおおい隠す黒髪に戻っていた。

「バカヤロー。てめぇ、運命の相手を殺す気かよ」

 皮肉を投げつけても、珠姫は口元をかすかに緩めるだけ。

 ドビーは舌打ちし、体を横たえたまま、ひどくぞんざいにボールを突き出した。

「おらよ。初セーブ、コングラッチュレーション」

 すべての投手が一生の宝物にするであろう、初ウイニングボール。
 珠姫は、しかし、それに目もくれず、右手を差し出してドビーの手首をとった。

 ドビーはゲジ眉をひそめ、やがて、

 ――生意気なヤツだ。

 口の端を緩め、引き上げるその手を借りて立ち上がった。

 カクテル光線と勝利の大歓声が、神々の祝福のように、バッテリーを包み込んだ。
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