メジャーリーガー珠姫

古池ケロ太

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2nd GAME

1st inning : The Japanese's fantastic.

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 光をたたえたボールが、夜闇を照らす。
 ドビーはミットを、ド真ん中に据える。
 バッターボックスの打者が、緊張を噛みつぶすように歯を食いしばる。

 総立ちで次の一球を待つ観衆、その視線を一身に受けて、マウンドの少女は白髪を振り乱した。
 高々と振り上げられた左足が大地に刺さり、飢えた虎が飛びかかるようなフォームから、

「十貫球!」

 光弾が唸りを上げてストライクゾーンを強襲した。

「ぐおっ!」

 ほぼ同時に、キャッチャーのドビーが後方へと弾け飛んだ。
 真後ろの主審をなぎ倒し、でんぐり返しで一回転、二回転、三回転、四回転、五回転目でようやく止まる。

 常識外れの球威にバッターは棒立ち――ピクリともバットを動かせなかった。

「ス、ストライーク、バッターアウゥゥッッッ!」

 スタジアムの歓声とアナウンサーの歓喜の声がこだました。

【イヤッハァァァ! よく取ったぞ、ドビー! これで九回ツーアウト! さぁ、あと一つバッチリ頼むぜ! 終わったらグラウンドまでキスしに行ってやるからなァ!】

 ナイトゲームのアルゲニーパークは、実に十数年ぶりの満員札止めだ。
 週末ということもあるが、なんといっても相手は同じナ・リーグ中地区の強豪セントルイス・カーニバルス。
 開幕から一度も首位をゆずっていないチームを相手に、ここまで5―4とリードしているのだから、七月の重ったるい空気も吹っ飛ぼうというものだ。

「いでで……相変わらずバカみてぇな球投げやがって。捕る側の身にもなってみやがれっての」

 ドビーは砂まみれになった口から唾を吐きだした。
 受け止めた左手が割れそうに痛い。
 バッテリーを組んで二か月、かろうじてボールをこぼさないようにはなれたが、体ごと吹き飛ばすこの破壊力だけは抑えようがなかった。

「ジョンソン、ヘイ、ジョンソン!」

 あん? と振り向くと、吹っ飛ばされた審判が両目を剥いてにらみつけてきていた。

「お前、何度吹っ飛ばされたら気がすむんだ! メジャーのキャッチャーなら、バッチリその場で捕ってみせんか!」
「え? いや、そうは言ってもあんなイカれたボール、まともに捕れっつーほうが無理が」
「バカモン、毎度毎度巻き込まれる側の身にもなってみろ! 昨日の主審なんかお前のデカい体の下敷きになって捻挫したんだぞ! 大体お前ら二人、どんだけ審判団から敬遠されているのか知っとるのか? 俺だってホントは今日受けるのイヤだったんだ、ジャンケンで負けてさえなきゃあなァ!」

 ええ~、とショックを受けるドビー。

 マウンドを見やれば、珠姫も困ったように、

「そうは言っても、ワタシも抑えるために投げているのであルますし……」

 お前が捕らんから悪いんだろうが――と言わんばかり。

 そして、それはまったく正しい。
 ワイルドピッチではないのだから、捕れなきゃそれは丸々キャッチャーの責任である。

「いいか、今度吹き飛ばされたら、審判行為の妨害とみなして処分するからな!」

 マジギレの審判に一方的に宣告され、ドビーは焦った。

「いやいやちょい待ち! そりゃいくらなんでも横暴ってモンでしょーが! 大体、規則のどこを引っ張って妨害って「ズワハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 出し抜けの大音声が、ドビーの声をかき消した。

 何だよ今度はもう、と視線をやる先、ネクストバッターサークルからバカ声を上げてのし歩いてきたのは、東洋系のやたらと顔のでかい大男。

 カーニバルスの四番打者、ゲンジロウ・サイゴウである。

「安心めされい、ジョンソン殿、そして審判殿! この西郷が打席に立つからには、もはや飛ばされる心配などなし! なぜならその前に、この西郷が打ち返すからであーる!」

 必要以上に顔面がでかい。
 頭蓋骨の重量を量れば、間違いなく球姫の二倍はあるだろう。
 二つの目は、そこだけ別個の命が宿ったごとくギョロギョロと動き、その上にはアマゾンのジャングルの毛虫が二匹乗っかっている……と思えばそれは極太の眉毛で、ソーセージのように分厚い唇が動くたびに、毛虫たちもピクピク蠢いて実に気持ち悪い。

「聞けぇぇい、おなご!」

 手にしたバットでビシィッ! とマウンドの球姫を指し示し、

「この西郷、たとえ敵であろうと力あるものへは敬意を表す! おなごの身でありながら、男を相手に一歩も退かぬその姿! その投げっぷり! 実にあっぱれ! 同じ日の本の生まれして、心から! 賞賛! するぞ!」

 当の球姫は「はぁ」と呆けた様子で、

「……どなたか存じないであルますが、どうもありが「しっかあああぁぁぁぁし!」

 お礼の言葉をバカ声にさえぎられ、球姫は「お、おゥ」と身を引いた。
 どうやら人の言葉をぶった切るのは、この男のクセらしい。

「それもここまで! この西郷が打席に立ったからには貴様の命脈、尽きたものと心得よ、おなごォ! ズワハハハハハ!」

 立ち尽くす珠姫に、ドビーはフォローを入れた。

「……おい、タマ公。気にすんな。このバカはいつもこうだから」

 近年、日本人選手も増えてきたが、この男の暴走ぶりにはアメリカ人も真っ青だ。
 フリーエージェントでメジャーに来て一年目。
 他の多くの日本人選手と違い、通訳をつけずにいるあたり、なかなか骨のあるヤツ――と思っていたが、これだけ人の話を聞かなきゃ通訳なんぞいてもいなくても同じなのに違いない。

「……よく分かルませんが」

 グラブを構える珠姫。
 一見クールに見えるその顔には、ほんの少しの険が見てとれた。

「おなごおなご、とひとくくりにされるのは、あまりいい気分ではないであルますね」

 ワインドアップで掲げられたグローブが光を放ち、マウンドを白色に染め上げる。
 飛翔に向けて力を溜めるサナギのようなフォームから一気に足を踏み出し、右腕が猛り、

「十貫球!」

 六十フィート六インチ先の的を射抜かんと、光の帯が一直線に伸びる。

 対して、サイゴウの見せた『秘策』は驚くべきものだった。
 バッターボックスの中でいきなり両足を折り曲げると、

「もらったァァ!」

 なんとそのまま、迫るボールめがけて跳躍したのである。

【な、なんだァ?】

 空中でグルンと前転、「ちぇすとおおおお!」と気合一閃、唐竹割りで一気に打ち下ろし、

「げぼはぁッ!」

 ぶっ飛ばされた。

 ボールに触れた瞬間、パチンコ玉よりもはるかに軽く跳ね飛ばされ、後方のネットに激突、

「わ、わが生涯に、一片の悔いなし……っ!」

 そのままズルズルと崩落する姿は、カベに叩きつけられたカエルそのものだった。

「あ」

 球姫の足元に、ころころとボールが転がってきた。

 唐竹割り打法ではね返されてきたものだ。
 十貫球を前に転がしただけ、大したものと言える。

 球姫はひょいとそれを拾い上げると、一塁へとほうり投げた。

【フィニ――――ッッッシュ! やってくれたァ信じてたァ! 最後は我らがクローザー、タマキが相手三人をたいらげてゲームセット! し、しかもこの勝利で、アルゲニーズ、なんと、なんと破竹の、じゅ、じゅ、じゅじゅじゅじゅじゅじゅじゅ……】

 次の言葉が出てこない。
 その単語の持つ意味、重大さ、信じがたさに、今しがた勝利の瞬間を目にした彼でさえ、口にするのを戸惑っている。

【十連勝ッッッ! これで、な、な、なんと首位まで〇・五ゲーム差にまで詰め寄ったァ! テレビの前のてめーらッ! つねれ! 今すぐ頬をつねれっ、クソバカヤロ――ッ!】

「そういえば」

 と、珠姫はドビーに声をかけ、

「よかったであルますね。処分されなくて」

 サイゴウがまがりなりにも打ち返してくれたおかげで、吹き飛ばされずにすんだ。

 平然とした珠姫と、大の字で失神するサイゴウを見て、ドビーは盛大なため息をついた。

「まったく、最高だな。日本人てのはよ」
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