22 / 39
2nd GAME
7th inning : 「誰をたぶらかして、何をするつもり?」
しおりを挟む
すさまじい歓声の渦が、二人の選手を包み込む。
目を開けていられないほどのフラッシュが、嵐となって吹き荒れる。
それもそのはず、これから始まるのは、メジャーリーグ・ベースボール史上初の、女性選手同士の対決――それも、断じて余興ではない。
超ド級の怪物同士の激突なのだ。
「当たれば必ずホームランにする打者と、当たれば必ず相手を吹き飛ばす投手、か」
「仕事抜きで観たいマッチアップだな。この打席だけで、一試合分カネがとれるぜ」
プレス席の記者たちも、一人残らず前のめりだ。
明日の一面のコピーのことも、今この瞬間だけは、彼らの頭からすっ飛んでいるに違いない。
「たのむぞ、タマキ――ッ!」「ビシッとキメてくれよォ、クノイチガール!」「ヘイ、シスター! 調子に乗んのもここまでだぜ!」「カビ臭ぇ修道院に帰りな、アーメン!」
歓声とヤジが、四方からなだれ落ちる。
珠姫が、手にしたロージンバッグを地面に置く。
ラングマリが、右のバッターボックスに入る。
対決が、はじまる。
【二人の超絶プレイヤーが六十フィート六インチの空間を挟んで、今、対峙! くぅ~~っ、こりゃ鳥ハダ止まんねー! いいか、絶対ジャマすんなよ! たとえおふくろが死んだっつっても、俺ァこの席を離れねェからな!】
主審がプレイの宣告のため、右腕を上げかける。
と、その寸前、思いもかけないことが起こった。
『ひさしぶりね』
ラングマリが、マウンドの珠姫に向かって声をかけたのだ。
珠姫の眉間がぴくりと動いた。
『私が分かるかしら? ……いえ、分かるからこそ、出てきたんでしょう?』
ドビーも思わず眉をひそめ、かたわらの打者を見上げた。
――なんだ、何をしゃべってんだ、こいつ?
言葉の内容が分からない。
どうやら、日本語のようだ。
しかし、なぜアメリカ人であるラングマリが日本語を話せるのか。
なぜこの場面でいきなり珠姫に話しかけるのか。
『まさかこんなところに現れるなんてね。今度は誰をたぶらかして、何をするつもり?』
言葉は分からないが、ラングマリの声には、嘲け笑う色があった。
珠姫を見下すような、それでいて楽しむような。
一方の珠姫はシスターの言うことが分かっているのか、いないのか。
表情は変わらない。
いつも通り、やや釣り目気味で感情の見えない赤い瞳をじっと前に向け――やがて声を返した相手は、ラングマリではなかった。
「主審サン」
英語だった。
「プレイの宣告を。試合をはじめまショう」
「あ? あ、あぁ……」
呆けていた主審が、我に返ったように右手を上げる。
無視された形のラングマリは、しかし、気分を害した様子はなく、ふ、と口元だけで笑ってバットを水平に構えた。
一撃必中、ホームラン・バントの構えだ。
「プレイッ!」
珠姫のグラブがゆっくりと天を衝く。
ぐぐっ、と音がしそうなほどに、スタジアムの視線が集中する。
胸元にグラブが下りると同時に、左のヒザが顔につきそうなほど引き揚げられる。
片脚立ちの水鳥のごとく優雅なフォームは、しかし、次に肉食獣の咆哮へと変わる。
腰を深く落とし、体重を力強く踏み出した左足へ。
斜め上に張った胸から右腕がうなり、
「十貫球!」
空気のカベを貫く音とともに、レーザービームが放たれた。
光の帯が、定規で引いたような軌道でミットめがけて飛んでゆく。
対するラングマリは迷いなくバットをかぶせにかかった。
白の光弾と、青の神具。
二つの超自然的パワーがベースの上で、
【しょ、正面衝突ゥ!】
ギィン! と、まるで金属同士がぶつかるような激音がとどろいた。
衝突点を中心に、白と青の波紋が広がる。
激しい衝撃に、ベース周辺の砂粒が弾け飛ぶ。
【こっ……これは! 互角かァ!】
力と力のぶつかり合いは、しかし、長くは続かなかった。
ラングマリの踏ん張った両足がずり下がる。
腰を落として抑え込みにかかるが、十貫球の威力はそれをなお上回っていた。
「ぐっ……」
押し込まれたシスターの体がエビぞりに反り返り、そして、
「くぁっ!」
バァン! と車にはねられたごとく後方へと吹き飛んだ。
アルゲニーズベンチから雄叫びが上がる。
「やった!」「よォしっ!」
そして、ボールは。
「ファーストぉ!」
ドビーの怒声の先、一塁線のちょうど真上に上がっていた。
ふらふらと上がった打球の勢いは、どう考えてもファーストフライのそれでしかない。
なのに。
「なに?」
ドビーの金壺眼が、驚愕に見開かれた。
【お…………落ちない!】
ボールが落ちない。
神通力を得た打球は重力を無視し、弱々しいまま一塁線上を昇ってゆく。
【やばい…………やばいやばいやばいやばいッ!】
実況の声が一気に緊迫の色を増す。スタジアムの歓声が悲鳴に変わる。
ボールの上昇が止まらない。
十貫球をもってしても、ホームラン・バントを止められない。
グラウンドとスタンドの全員の絶叫を悠々と見下ろしながら、ボールは風船のように音もなく夜空へ舞い上がる。
その高度はもう、ライトポールのはるかに上だ。
【ジ――ザ――ス! ボールはもうスタンドイン、いや、場外脱出間違いないところへ! ……し、しかし、ポールの内か外か、これは微妙なところだ! ファウルか、インか? 切れるか、入るかァ?】
「切れろ、切れろォ!」「来るな、バカ――ッ!」
ライトスタンドのアルゲニーズファンたちが、打球をポールの外側へと押し出すように両手を突っ張る。
逆に、ポールの外側の客たちは綱引きでもするようなジェスチャーだ。
そして、夜空の小さな白点が、アルゲニーズパークの外壁の向こうへ消えた。
【判定はッ?】
ボールを追っていた六万個の目が、一斉にライト線まで移動する。
その向かう先は、フェンス際まで寄っていた一塁塁審だ。
ジャッジ権を持つ塁審が、ポールの彼方の闇へと目をこらす。
ごくり、と固唾をのむ音が聞こえそうなほどの緊張感の中、ゆっくりと両手が斜めに上がり、
「ファ――――――――――――――――ル!」
どはぁ――――ッ! と、スタジアムが、三万個分の息を吐き出す音に包まれた。
【あっ………………ぶねぇぇぇ! し、死ぬかと思った! ラングマリの打球は、かろうじてライトポール外側へ! 助かったぜ、サンキューゴッド!】
目を開けていられないほどのフラッシュが、嵐となって吹き荒れる。
それもそのはず、これから始まるのは、メジャーリーグ・ベースボール史上初の、女性選手同士の対決――それも、断じて余興ではない。
超ド級の怪物同士の激突なのだ。
「当たれば必ずホームランにする打者と、当たれば必ず相手を吹き飛ばす投手、か」
「仕事抜きで観たいマッチアップだな。この打席だけで、一試合分カネがとれるぜ」
プレス席の記者たちも、一人残らず前のめりだ。
明日の一面のコピーのことも、今この瞬間だけは、彼らの頭からすっ飛んでいるに違いない。
「たのむぞ、タマキ――ッ!」「ビシッとキメてくれよォ、クノイチガール!」「ヘイ、シスター! 調子に乗んのもここまでだぜ!」「カビ臭ぇ修道院に帰りな、アーメン!」
歓声とヤジが、四方からなだれ落ちる。
珠姫が、手にしたロージンバッグを地面に置く。
ラングマリが、右のバッターボックスに入る。
対決が、はじまる。
【二人の超絶プレイヤーが六十フィート六インチの空間を挟んで、今、対峙! くぅ~~っ、こりゃ鳥ハダ止まんねー! いいか、絶対ジャマすんなよ! たとえおふくろが死んだっつっても、俺ァこの席を離れねェからな!】
主審がプレイの宣告のため、右腕を上げかける。
と、その寸前、思いもかけないことが起こった。
『ひさしぶりね』
ラングマリが、マウンドの珠姫に向かって声をかけたのだ。
珠姫の眉間がぴくりと動いた。
『私が分かるかしら? ……いえ、分かるからこそ、出てきたんでしょう?』
ドビーも思わず眉をひそめ、かたわらの打者を見上げた。
――なんだ、何をしゃべってんだ、こいつ?
言葉の内容が分からない。
どうやら、日本語のようだ。
しかし、なぜアメリカ人であるラングマリが日本語を話せるのか。
なぜこの場面でいきなり珠姫に話しかけるのか。
『まさかこんなところに現れるなんてね。今度は誰をたぶらかして、何をするつもり?』
言葉は分からないが、ラングマリの声には、嘲け笑う色があった。
珠姫を見下すような、それでいて楽しむような。
一方の珠姫はシスターの言うことが分かっているのか、いないのか。
表情は変わらない。
いつも通り、やや釣り目気味で感情の見えない赤い瞳をじっと前に向け――やがて声を返した相手は、ラングマリではなかった。
「主審サン」
英語だった。
「プレイの宣告を。試合をはじめまショう」
「あ? あ、あぁ……」
呆けていた主審が、我に返ったように右手を上げる。
無視された形のラングマリは、しかし、気分を害した様子はなく、ふ、と口元だけで笑ってバットを水平に構えた。
一撃必中、ホームラン・バントの構えだ。
「プレイッ!」
珠姫のグラブがゆっくりと天を衝く。
ぐぐっ、と音がしそうなほどに、スタジアムの視線が集中する。
胸元にグラブが下りると同時に、左のヒザが顔につきそうなほど引き揚げられる。
片脚立ちの水鳥のごとく優雅なフォームは、しかし、次に肉食獣の咆哮へと変わる。
腰を深く落とし、体重を力強く踏み出した左足へ。
斜め上に張った胸から右腕がうなり、
「十貫球!」
空気のカベを貫く音とともに、レーザービームが放たれた。
光の帯が、定規で引いたような軌道でミットめがけて飛んでゆく。
対するラングマリは迷いなくバットをかぶせにかかった。
白の光弾と、青の神具。
二つの超自然的パワーがベースの上で、
【しょ、正面衝突ゥ!】
ギィン! と、まるで金属同士がぶつかるような激音がとどろいた。
衝突点を中心に、白と青の波紋が広がる。
激しい衝撃に、ベース周辺の砂粒が弾け飛ぶ。
【こっ……これは! 互角かァ!】
力と力のぶつかり合いは、しかし、長くは続かなかった。
ラングマリの踏ん張った両足がずり下がる。
腰を落として抑え込みにかかるが、十貫球の威力はそれをなお上回っていた。
「ぐっ……」
押し込まれたシスターの体がエビぞりに反り返り、そして、
「くぁっ!」
バァン! と車にはねられたごとく後方へと吹き飛んだ。
アルゲニーズベンチから雄叫びが上がる。
「やった!」「よォしっ!」
そして、ボールは。
「ファーストぉ!」
ドビーの怒声の先、一塁線のちょうど真上に上がっていた。
ふらふらと上がった打球の勢いは、どう考えてもファーストフライのそれでしかない。
なのに。
「なに?」
ドビーの金壺眼が、驚愕に見開かれた。
【お…………落ちない!】
ボールが落ちない。
神通力を得た打球は重力を無視し、弱々しいまま一塁線上を昇ってゆく。
【やばい…………やばいやばいやばいやばいッ!】
実況の声が一気に緊迫の色を増す。スタジアムの歓声が悲鳴に変わる。
ボールの上昇が止まらない。
十貫球をもってしても、ホームラン・バントを止められない。
グラウンドとスタンドの全員の絶叫を悠々と見下ろしながら、ボールは風船のように音もなく夜空へ舞い上がる。
その高度はもう、ライトポールのはるかに上だ。
【ジ――ザ――ス! ボールはもうスタンドイン、いや、場外脱出間違いないところへ! ……し、しかし、ポールの内か外か、これは微妙なところだ! ファウルか、インか? 切れるか、入るかァ?】
「切れろ、切れろォ!」「来るな、バカ――ッ!」
ライトスタンドのアルゲニーズファンたちが、打球をポールの外側へと押し出すように両手を突っ張る。
逆に、ポールの外側の客たちは綱引きでもするようなジェスチャーだ。
そして、夜空の小さな白点が、アルゲニーズパークの外壁の向こうへ消えた。
【判定はッ?】
ボールを追っていた六万個の目が、一斉にライト線まで移動する。
その向かう先は、フェンス際まで寄っていた一塁塁審だ。
ジャッジ権を持つ塁審が、ポールの彼方の闇へと目をこらす。
ごくり、と固唾をのむ音が聞こえそうなほどの緊張感の中、ゆっくりと両手が斜めに上がり、
「ファ――――――――――――――――ル!」
どはぁ――――ッ! と、スタジアムが、三万個分の息を吐き出す音に包まれた。
【あっ………………ぶねぇぇぇ! し、死ぬかと思った! ラングマリの打球は、かろうじてライトポール外側へ! 助かったぜ、サンキューゴッド!】
0
あなたにおすすめの小説
【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました
東野あさひ
ファンタジー
無能の烙印、婚約破棄、そして辺境追放――。でもそれ、全部“勘違い”でした。
王国随一の名門貴族令嬢ノクティア・エルヴァーンは、魔力がないと断定され、婚約を破棄されて辺境へと追放された。
だが、誰も知らなかった――彼女が「古代魔術」の適性を持つ唯一の魔導士であることを。
行き着いた先は魔物の脅威に晒されるグランツ砦。
冷徹な司令官カイラスとの出会いをきっかけに、彼女の眠っていた力が次第に目を覚まし始める。
無能令嬢と嘲笑された少女が、辺境で覚醒し、最強へと駆け上がる――!
王都の者たちよ、見ていなさい。今度は私が、あなたたちを見下ろす番です。
これは、“追放令嬢”が辺境から世界を変える、痛快ざまぁ×覚醒ファンタジー。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
貴方だけが私に優しくしてくれた
バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。
そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。
いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。
しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写と他もすべて架空です。
生きるために逃げだした。幸せになりたい。
白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。
2020/9/19 第一章終了
続きが書け次第また連載再開します。
2021/2/14 第二章開幕
2021/2/28 完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる