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031.5.動揺
しおりを挟む「はぁ…」
階段の踊り場。手すりに体重を預けながら私はため息をついていた。
理由は簡単。三年前に書き置き一つ残して旅立った幼馴染が、突然降って湧いたように戻ってきたからだ。
当時のことは今もよく覚えている。いつものように朝起こしに行くと、そこに幼馴染の姿はなく机に一つの手紙が残されていた。慌てて母親に見せると、困ったわねぇ、と言われ、父親からもあてがなく探すのは難しい、と言われ、どうすることもできずに大泣きした記憶がある。
それでも一ヶ月もすれば戻ってくるかもしれない、と来る日も来る日も待ち続けた。しかし遂に私が十五歳になっても戻ってこなかった。もしかしたらもう…と、半ば諦めかけることもあったけど、事実が分からない以上、無事であることを信じて、会ったら絶対引っ叩いてやる、と逆に自分を奮起させていたのだった。
そんな折、ムクの町への魔物の侵攻が活発化しはじめた。最初に頭をよぎったのは、このままでは幼馴染の帰る場所が無くなってしまう、ということだった。置いていかれたまま何の音沙汰もないのに我ながらなんて健気でチョロい女だ、と思わなくもないが、そう考えてしまったのだから仕方ない。
幸いにも十五歳になって発現したユニークスキルは、いわゆる白魔法と黒魔法のダブルスキルだった。治癒しながら攻撃もできるということで重宝され、率先して魔物の討伐にも加わった。女傑だともてはやされたりもした。しかし、経験不足だった私は度重なる魔物の侵攻で下手を打ってしまい、結果としてそれが父親の負傷へと繋がった。幸い一命は取り留めたが、私の治癒魔法では治しきることができなかった。
遂に私はムクの街を諦めガリオンに移ることを決意した。同時に幼馴染への思いを捨て、愛想も甘えも捨て、強くなって父親を治せるようになることだけを目指して、一心不乱に努力してきた。
……つもりだった。さっきまでは。
「はぁぁぁ………」
もう一度ため息をついた。
「やっぱり会っちゃうとなぁ……」
無事を安堵する気持ちと再会できた喜びで思わず胸に飛び込んでしまった。その後、これまで心配をかけさせられたお返しと照れ隠しで一発お見舞いしてしまった。
正直、ガリオンに来てから、冷酷だの無感情だのと噂されている私からすればどちらもありえない行動だったと思う。
「あぁーーー、もう!」
感情がぐちゃぐちゃだ。悩ませてくれるなぁ!
そう叫んだところで、後ろから声をかけられた。
「…ミハルさん、そろそろ会議の時間ですよ?」
珍しいものを見たような、少し驚いた表情のエルフがいた。リリアだ。隣にはフェリィもいた。
「あ、はい…」
ばつが悪いところを見られた。しかし、リリアはすぐに微笑んだ。
「そっちのミハルさんの方がいいですね」
となりでフェリィが頷く。
恥ずかしさを抱きながら一緒に会議室へ向かった。
会議も半分うわの空になっていたが、受験者の話題のところで急に意識を引き戻された。
「今年の受験者だが突出したのが二人いたぞ」
「ええ、なかなかだったわね」
ガライ隊長とエンコ隊長がどこか嬉しそうに報告する。
「カスミさんとソーシさんですね。私もあの二人がガリオンに訪れたときに正門で見かけたのですが、そのときから期待していましたよ」
ソウちゃん!? 一体何をしたのだろうか。なんとクレア隊長も目をかけていたらしい。それよりも気になるワードがあった。二人で一緒にガリオンに来た?どういう関係?
困ったことにしばらく秘めていた感情がどんどん湧いてくる。しかし、二人に関する情報はそれ以上はなく会議は終りを迎えた。
「こんなところですね。もちろん私達もサポートしますが、明日は気を引き締めて取り掛かってくださいね」
クレア隊長がそう締めくくって会議は終わった。もう少し幼馴染たちの情報が欲しかったが、明日以降わかってくるだろうと諦めた。
荷物を持ちながら帰宅する。
色々なことがあって何かドッと疲れた。今日は早く寝よう。
「ただいま…」
いつものように家に入ると、そこにはいつもと違った人に出迎えられた。
全く予想していなかった目の前の光景に急激に力が抜け、持っていた荷物をそのまま足元に落とした。
「お…おとう……さん?」
「おかえり、ミハル」
信じられなかった。
けれど、その父親の後ろで泣いている母親を見るとこれが現実らしいことがわかった。
目の前の景色が歪みだした。もう止められない。
「ほんとに…、ほんとに…?」
「ああ。迷惑かけたな」
迷惑だなんてあるはずがない。むしろ謝るのはこっちのほうだ。
ゆっくりと父親に近づき、その存在を確かめるように胸に飛び込むと、そのまま声をあげて泣いてしまった。母親も近づいてきて一緒に泣いた。
ありえないことが起こりすぎて今日がすべて夢なのかと思ってしまう。
お願い。夢なら絶対に醒めないで。
ひとしきり泣いて落ち着いた頃。
夢ではなかったことに喜びを実感しはじめたときだった。
「やっぱりソウちゃんのおかげかしらね」
母親の思わぬ一言に、再び心がかき乱されるのだった。
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