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041.憑依
しおりを挟むどこかで聞き覚えのある声だった。
とりあえず周囲を見回しておいたが、案の定、声の主は見当たらない。
『なんじゃ、わざとらしい』
頭に声がっ!?
『おぬし、わかってやっておるじゃろ?わっちをバカにしておるのか?』
「いや、とりあえずお決まりかな、と思って」
元の世界では、まるで異世界ファンタジーのバーゲンセールだな、と言っていいほどそういう類の話が蔓延っていたのだ。そんな世界で鍛えられた自分にとって、もはや脳内に声が聞こえたところで驚きはしない。
『おどかし甲斐のない。つまらぬやつじゃ』
サプライズ的な感じを狙っていたのだろうか。なかなか乙女らしいところがある。しいていうなら、口調に反して声が可愛らしいことには驚いたと言ってもいい。どこぞの賢狼のようだ。姿形でも見せてくりゃれ?
『嫌じゃ』
どうやら会ってそうそう不機嫌らしい。いや、面と向かって会ってはないが。ゆっくりふざけている場合でもないので、少し真面目な話に戻る。
「久しぶり、か?」
『くふっ。まさか覚えておったとはの』
幾分機嫌が戻ったようだ。気分屋さんかな。
「まぁ、少しだけ」
そういや、あのときも熊と戦ってたなぁ。
三年前、ブラックベアとワイルドボアがムクの街に攻めてきたときのことをしみじみと思い返す。最後、ワイルドボアの侵攻を防ぐために使った地割れの魔法。
今思い返せば、オールマイティを授かったとはいえ、分不相応なレベルの魔法だった。しかしそれが正しく発動したのは何者かが支えてくれたからと考えればしっくりくる。そのときに微かに聞こえた声と今聞こえている声が同じだった。
「それにしてもどうして急に?」
『なにを言う。わっちはずっと近くで見ておったぞ?』
ずっと見てたっ?!
ストーカーの素質があるな。
『何やら無礼なことを考えておるじゃろ』
おっと、危ない。思考が漏れてしまうパターンか。
『わっちらとて存在こそ違うものの、人と変わりゃせん。あるものは移ろい、あるものは動かず、あるものは去り、あるものは生まれる』
その達観したような言葉にはどこか神聖さを感じた。
『わっちは面白そうなお主について行ったまでのことよ』
動機が軽いっ! 一瞬浮かんだ畏敬の念を返してほしい。
それにしてもついて行ったって、まさか三年前からか?
「もっと早く話しかけてくれてもよかったのに」
『おぬしがわっちの力を使いこなせるようなるまで、会ったところで意味はないからのう』
なるほど、逆に言えば今ならわっちさんの力を享受できるということだろうか。しかし、また急な話だ。最近特にレベルアップした感覚はなかったが。
などと脳内会話をしていたところで、ミスリルベアが突進を始めていたことに気づいた。話し込んでいて反応が遅れた。慌ててその進路から外れるように逃げ走る。
「わかった。とりあえず今なら力を貸してくれるということだな?」
『そうじゃ。あんな熊なんかにいいようにやられている場合ではないぞ?わっちの方が凄いんじゃからの!それはもう間違いなくの?!』
お、おぉ?なんか変なやる気が感じられるぞ。
『さぁ、わっちの名を呼ぶのじゃ』
じゃあちょっと雰囲気を出しておこう。
――ずっと…何かを……目に見えない……誰かを……探していた気がする。
「わっちの名は?」
そのとき、昔から知っていたかのように一つの名前が頭に浮かんだ。
「ムクヒメ!」
そう叫んだ瞬間、自分の右腕が光を放った。
いや、むしろ逆か?
周囲の魔力を吸収するかのように光が右腕に流れ込んで集まってくる。すると今までに感じたことのないほどの力が溢れ出してきた。
そして光は徐々に形を変えていく。
腕全体を覆うような硬質感。
さらに光は甲から鋭く尖って伸びていく。
やがて光が収まる頃には右腕に重厚さに満ちた金属製の大きな鉤爪が装着されていた。初めてつけたはずなのに、まるでずっと前から身体の一部だったかのような全く違和感のない装着感だった。
同時にやや希薄だったムクヒメの存在が強く感じられた。というよりも右腕の近くに小型サイズの獣人の少女が浮遊していた。そしてある一つのことに気づいてしまった。
ムクヒメ…お前……。
「白熊クマァ!?」
しまった。動揺して語尾が変わってしまった。
突然ムクヒメが話しかけてきた理由。
まさかとは思うが同族嫌悪的なやつ、あるいは熊同士のプライド的な何かではなかろうか。
そんな考えは、さっきまでより深く繋がったムクヒメに伝わる。
『愛らしいじゃろ?』
もはや鮮明に視える小柄な少女の無邪気なウインクに、戦う前からそこはかとい疲労を感じたのだった。
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