縁の下の能力持ち英雄譚

瀬戸星都

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0040.葛藤

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 白大狼ほどの流暢さはなかったが理解できる言葉だった。白大狼が喋れることからして人の言葉を話すこと自体は驚くことではなかったが、魔物化しても意識が残っていることは驚いた。理性があるのだろうか。

「言葉がわかるのか? なぜこの国を襲った?」

「ツヨイモノト……タタカウ……オモシロイ」

 黒大狼は何がおかしいとばかりに続ける。

「ニンゲンタチ ドウブツタチ オソウ。ツヨイモノ ヨワイモノ オソウ シゼンナコト」

 咄嗟に反論できなかった。
 それを全否定することは自分が生きているということを否定することでもあるからだ。

 自然界の掟ーー弱肉強食、生態ピラミッド、食物連鎖。昔習った言葉が頭を駆け巡る。

 黒大狼の行為に正当な文句を言う資格があるのだろうか。特にこの世界に至っては狼が知性をもって話すことができるのだ。いつから人間が頂点だと錯覚していた? 人間、狼、魔物が生きることにおいて誰が優劣をつけている?

 俺はその答えをもっていないーー。

 迷いが生じて反応が一瞬遅れた。

 黒大狼は地面を踏みしめ尻尾を振り回した。

「くっ」

 何とか防御の姿勢をとったが体ごと吹き飛ばされた。

「ガッ……」

 激しく地面に叩きつけられる。一瞬の衝撃の後、身体中の神経が打ちつけた肩に集中するように痛みが襲った。次いで痺れるような感覚とともに出血し熱を持ち始める。集中力が切れたのか氷の剣も解除され、ただの日本刀に戻った。

「ヤマト!大丈夫か!?」

 ちょうど転がった先はリッカの居たところに近かった。慌てて駆け寄ってくる。

 近寄ってくるリッカを茫然と視界に入れながら頭では自問し続けていた。

 魔物達は魔物達で生きるために戦っているんだ。

 俺の味方は人間か? 魔物か?

 俺が人間である以上、人間の味方をするのが当然かもしれない。

 でも仮にこの世界に来た時に一番始めに会話できる魔物に助けられていたら? 俺はどちらの味方をしていた?

 もちろんそんなことは起こらなかった。それが全てかもしれない。

 近づいてしゃがみこんだリッカにこぼした。

「リッカ……俺たちにとって魔物は敵で、魔物たちにとっては人間が敵だ。俺たちは戦うしかないのか?」

 いきなり何の話をはじめたのかと虚をつかれたような顔をしたが、何かを察したリッカは馬鹿にすることなく言葉を紡いだ。

「……始まりがどちらからだったなんてことは知らない。でも向こうが攻めてくる以上やりかえさなければやられるのは事実だ」

 自らの言葉で自らが納得しているようでもあった。

「ヤマトが戦う理由を見失ったなら好きにすればいい。あたしは戦う。ここは生まれ育った国だし、家族もいる」

 そう言ってリッカは立ち上がり武器を構えた。黒大狼は今にも追撃してきそうだ。

 攻撃が通用しないのは百も承知のはずだがリッカは立ち向かうつもりだ。

 待て、危険だ。そう言うつもりが、リッカの雰囲気に圧倒され言葉を失っていた。

 そこにあったのは恐怖でもなく、怒りでもなく、大人びた優しい表情だった。

「でも無闇に殺生をする気はない。まあ、あの黒大狼をあたしがやれるとは思っていないけどな。ヤマトは自分が納得するまで考えてればいいさ。考えるのは得意だろ? あたしがその間に時間を稼いでやるよ。……今になって思うと、ギルドみたいに何も考えずに魔物を殺すだけじゃない、そんなヤマトだからこそ、その能力を手に入れたのかもしれないな」

 完全に後付けかな、そう言ってリッカは笑った。

「勝手だけど、あたしはヤマトが最後には魔物化を解く。そしてあの黒大狼を元に戻す、って信じてる」

 そう言い残すと黒大狼の迎撃に駆け出した。

 制止するのも間に合わなかった。もっとも、言葉をかけても聞く耳を持たなかったかもしれない。


 俺は何をやっている。

 無事な半身に力を入れて身体を起こす。

 そうだ。

 強者と弱者がいるのは当然。そこには勝利と敗北、ときに命の争奪があるのは必然。

 しかし、強者が弱者を虐げるのは必然ではない。

 生殺与奪。

 強者は選択することができるのだ。

 それに自分には魔物化を解くという能力もあるのだ。他人が取れない選択肢をとることができる。

「余計な心配は勝ってからしろってな……」

 考えすぎるのは自分の悪い癖だ。それにまだ勝てると決まったわけでもなければ、むしろ力量的には劣勢だ。少し光明が見え始めただけで結末を考えるなんて愚かなことだった。驕りもいいところだ。数分前の自分に後ろから蹴りを入れてやりたい。

 怪我をした方の腕に力を入れる。痛いけれどまだ動く。

 リッカが心配だ。もう戦闘は始まっている。身軽な動きで上手く翻弄しているようだがまともに受ければ致命傷だろう。

「「ヤマト(さん)」」

 少し遅れて駆けつけてきたのはミラとフィーナだった。

 二人が心配の言葉をかける前に先んじた。

「すまない、フィーナ。もう一度頼む」

 やり取りの時間も今はもったいない。先を急げと心が叫ぶ。

 そういって能力を伝達するために手を差し出した。

「はっ、はい!」

 肩の傷をどうにかしようとしていたフィーナは慌ててその手を握り目を閉じる。

 集中して伝わってくる冷気を日本刀に注ぎ込むと刃は再び氷を纏い始めた。刃先から発生している白い霧が幻想的な雰囲気を醸し出している。

「ありがとう。ミラは手筈通りに」

「わかったわ」

 ミラが頷くのを確認すると黒大狼に視界を移した。

「っ!」

 そこには、今まさに無防備な状態で攻撃されんとするリッカを捉え、心臓が凍りついた。
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