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1.恋心は天邪鬼
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「進路指導室か……中々いい場所を選んだな」
小さく呟くと、カチャリと内側から鍵をかけた。
「さぁ、指導を始めようか」
周くんは悪役のようにニタリと笑って、井上さんと対峙する。
「井上花織」
「は、はい」
「症状は落ち着いてるようだな。やはりお守りのおかげか……。俺は志摩周。今からお前に取り憑いた天邪鬼を元の世界に送還する。いいな?」
「あ、天邪鬼?」
「お前の悩みの元凶だ」
井上さんが息を呑む。同時に、周くんは胸元からネックレスを取り出して叫んだ。
「管狐! 狐火!」
周くんに呼応して竹筒の中からしゅるりと出てきた白い煙のようなキツネ。尻尾を一振りすると、どこからともなく現れた複数の青白い炎が井上さん目掛けて飛んで行く。危ない、ぶつかる!!
「ん゛ぎぃやああああああああああああああ!?」
聞こえて来たのは潰れたカエルのような汚らしい叫び声だった。床には青白く燃え盛る炎に包まれた小鬼が苦しそうにジタバタと暴れまわっている。それも、二匹。
「ぅぐあっぢいいいいー!! なんっだよこの火!? もしかして魔除け的ななんかしてる!? 異常にあっついんだけど焦げる!! 業火!? これ業火レベルじゃね!?」
「あっつ! ちょ、こんなになるなんて聞いてないッスよ先輩」
「オイラだってびっくりだよ! つーか背中これ火傷してない??」
「きゃああああ!!」
井上さんは初めて見る天邪鬼に驚きの声を上げる。その声に気を良くしたのか、天邪鬼のギョロリとした目玉が三日月の形に細まった。
「やぁやぁ可愛らしいお嬢さん、初めまして。おっ、そっちの嬢ちゃんはこないだの奴か? ははっ、相変わらず騙されやすそうな顔してんなー」
完全なる差別である。私はジロリと奴を睨みつけるが、当の本人は気付きもしなかった。
「な、何これ……小さい……鬼?」
「そう。これが井上さんを苦しめてた正体だよ。天邪鬼っていう妖怪。私も少し前、コイツに取り憑かれてたの」
「宮下さんも……これに?」
「うん……ごめんね井上さん。井上さんが取り憑かれたのは私にも責任があるんだ」
「ど、どういうこと?」
その質問は天邪鬼を縛り上げた周くんの低い声にかき消された。
「随分と早い再会だなぁ、天邪鬼。しかも今度は仲間連れか?」
「い、いやぁ~。後輩と旅行してみようかって話になってこっちに来てみたんだけどさ。ちょっとハメ外し過ぎたっていうか、カワイイ子がいたからついつい取り憑いちゃった~的な?」
何その南国リゾートでバカンス中にナンパしちゃいました、みたいな軽いノリ。私の眉間にシワが寄る。
「いや。オレは先輩に前回人間操るのミスったからリベンジ行くわ。力貸してほしいからお前も来ない? って誘われて来ただけッス」
「バッ、言うなよ! お前だってイイッスね~とか言ってノリノリだっただろ? 裏切りか!?」
「そこはちょっと覚えてないッス」
「嘘つけ! 自分だけ罰を軽くしてもらおうって魂胆が見え見えなんだよ!」
二匹の言い合いに周くんが割って入る。
「ほぅ、そうかそうか。それは前回見逃してやった恩を忘れたってことだな?」
「いやそれは、そのぉ~」
「通行手形も持たずに何が旅行だボケ。いいか? お前らみたいなのを不法入国っつーんだよ。挙句こっちで好き放題やりやがって。次やったら四天王の元に強制送還させるっつー話は覚えてる? 俺、二度目は無いって言ったよなぁ?」
周くんが清々しいほど真っ黒い笑顔を浮かべ、口を開いた。
「覚悟はいいか天邪鬼ども」
「ちょ、待っ、うぎゃあああああああああ!!」
轟々と燃え盛る青い炎と共に、断末魔のような二つの悲鳴が響いた。
「我、導く者なり。紫月の名において、天邪鬼を四天王の元へ強制送還する。還っ!」
空間に出現した真っ黒な穴の中に、身体中を青い炎で焼かれた二匹の小鬼が吸い込まれていく。
「四天王にしっかり躾けてもらえよ」
「クソが!! 一度ならず二度までもオイラをバカにしやがって……覚えてろよアホ送還師!! 次会ったらタダじゃおかねーかんな!!」
「うわ~巻き込まれ説教とかマジ勘弁ッスわ~」
口々に文句を言いながらどんどん吸い込まれ、その姿はあっという間に消え去った。狭い室内は何事もなかったようにシン、と静まり返る。
「お手本のような負け犬の遠吠えだったな」
周くんはフンと鼻で笑った。
「……あの」
「ああ。お前に憑いてた天邪鬼は俺が元の世界に送り還したから、これで不自由を感じることもないだろう」
「え? え?」
周くんの説明になってない説明を聞いて目を白黒させる井上さんにフォローを入れる。
「つまりもう大丈夫ってことだよ! 井上さん、ちゃんと自分の思った通りに喋れるはずだから!」
「……そういえばあの縛られてる感じがしない……あー、あー。ほんとだっ、自由に喋れてる!」
井上さんの顔がパッと明るくなった。
「あ、ありがとう宮下さん!」
「……ううん、ごめんね井上さん。さっきも言ったけど、今の天邪鬼は前私に取り憑いてたやつなの。その時周くんに助けてもらったんだけど、還される天邪鬼に同情しちゃって処遇を甘くしてもらったんだ。あの時ちゃんと罰してもらってたら井上さんが苦しむこともなかったのに……」
「そんな! 宮下さんは悪くないよ! 助けてくれて本当に感謝してるわ!」
「その通りだ。悪いのは規則を破って好き放題やってるアイツらだからな」
「志摩くんもありがとう。あなたのおかげで助かったわ」
「気にするな。俺は仕事をしただけだ」
「仕事……あの、志摩くんって一体何者なの?」
「あー、俺は送還師。天邪鬼みたいに勝手にこっちにやってくる妖怪を元の世界に還すのが仕事だ」
「送還……師」
「まぁアレだ。色々あって疲れただろ。これ、飲め」
その言葉を合図に、管狐が自分の尻尾を巻き付けてペットボトルを持って来た。迷う事なく井上さんの元に運ぶ。
「お前はもう自由だ。あとは伝えたい相手に自分の気持ちを思う存分伝えればいい」
「うん。宮下さん、志摩くん。助けてくれて本当にありがとう」
渡された水を飲んだ井上さんは、気を失ったように眠りについた。その様子を確認すると、周くんは静かに息を吐く。
「い、井上さん!?」
「呪いをかけた水で眠ってもらっただけだ。彼女の記憶を少し弄ったから、次に目を覚ました時には天邪鬼に取り憑かれていた記憶は忘れてるだろう」
「……そう」
「あとは──」
周くんはすっと二本指を立て呪文を口にした。
「彼女と関わった人の記憶を操作した。これでようやく任務完了だ。……宮下、ちょっと手伝ってくれ」
そう言って周くんは井上さんの体を起こすように指示を出す。どうやら女子に勝手に触るのは申し訳ないから、極力触れないようにということらしい。周くんは意外と気を使う性格のようだ。言われた通り彼女の体を起こすと、ポケットからリンと澄んだ鈴の音が聞こえてきた。
「……ねぇ周くん。さっき井上さんに渡したこのお守り、そのまま彼女のポケットに入れててもいい?」
「構わないが、彼女の記憶はなくなるんだぞ? 起きたらなんで持ってるのかも忘れてるはずだ」
「でも、これを持ってれば紫月さまが守ってくれるんでしょ?」
周くんはぐっと押し黙る。
「例え忘れても、持ってればきっと紫月さまが守ってくれるから」
「……お人好しだな、お前」
周くんは呆れたように溜息をつくと、井上さんを本日二度目の保健室へと運んだ。
小さく呟くと、カチャリと内側から鍵をかけた。
「さぁ、指導を始めようか」
周くんは悪役のようにニタリと笑って、井上さんと対峙する。
「井上花織」
「は、はい」
「症状は落ち着いてるようだな。やはりお守りのおかげか……。俺は志摩周。今からお前に取り憑いた天邪鬼を元の世界に送還する。いいな?」
「あ、天邪鬼?」
「お前の悩みの元凶だ」
井上さんが息を呑む。同時に、周くんは胸元からネックレスを取り出して叫んだ。
「管狐! 狐火!」
周くんに呼応して竹筒の中からしゅるりと出てきた白い煙のようなキツネ。尻尾を一振りすると、どこからともなく現れた複数の青白い炎が井上さん目掛けて飛んで行く。危ない、ぶつかる!!
「ん゛ぎぃやああああああああああああああ!?」
聞こえて来たのは潰れたカエルのような汚らしい叫び声だった。床には青白く燃え盛る炎に包まれた小鬼が苦しそうにジタバタと暴れまわっている。それも、二匹。
「ぅぐあっぢいいいいー!! なんっだよこの火!? もしかして魔除け的ななんかしてる!? 異常にあっついんだけど焦げる!! 業火!? これ業火レベルじゃね!?」
「あっつ! ちょ、こんなになるなんて聞いてないッスよ先輩」
「オイラだってびっくりだよ! つーか背中これ火傷してない??」
「きゃああああ!!」
井上さんは初めて見る天邪鬼に驚きの声を上げる。その声に気を良くしたのか、天邪鬼のギョロリとした目玉が三日月の形に細まった。
「やぁやぁ可愛らしいお嬢さん、初めまして。おっ、そっちの嬢ちゃんはこないだの奴か? ははっ、相変わらず騙されやすそうな顔してんなー」
完全なる差別である。私はジロリと奴を睨みつけるが、当の本人は気付きもしなかった。
「な、何これ……小さい……鬼?」
「そう。これが井上さんを苦しめてた正体だよ。天邪鬼っていう妖怪。私も少し前、コイツに取り憑かれてたの」
「宮下さんも……これに?」
「うん……ごめんね井上さん。井上さんが取り憑かれたのは私にも責任があるんだ」
「ど、どういうこと?」
その質問は天邪鬼を縛り上げた周くんの低い声にかき消された。
「随分と早い再会だなぁ、天邪鬼。しかも今度は仲間連れか?」
「い、いやぁ~。後輩と旅行してみようかって話になってこっちに来てみたんだけどさ。ちょっとハメ外し過ぎたっていうか、カワイイ子がいたからついつい取り憑いちゃった~的な?」
何その南国リゾートでバカンス中にナンパしちゃいました、みたいな軽いノリ。私の眉間にシワが寄る。
「いや。オレは先輩に前回人間操るのミスったからリベンジ行くわ。力貸してほしいからお前も来ない? って誘われて来ただけッス」
「バッ、言うなよ! お前だってイイッスね~とか言ってノリノリだっただろ? 裏切りか!?」
「そこはちょっと覚えてないッス」
「嘘つけ! 自分だけ罰を軽くしてもらおうって魂胆が見え見えなんだよ!」
二匹の言い合いに周くんが割って入る。
「ほぅ、そうかそうか。それは前回見逃してやった恩を忘れたってことだな?」
「いやそれは、そのぉ~」
「通行手形も持たずに何が旅行だボケ。いいか? お前らみたいなのを不法入国っつーんだよ。挙句こっちで好き放題やりやがって。次やったら四天王の元に強制送還させるっつー話は覚えてる? 俺、二度目は無いって言ったよなぁ?」
周くんが清々しいほど真っ黒い笑顔を浮かべ、口を開いた。
「覚悟はいいか天邪鬼ども」
「ちょ、待っ、うぎゃあああああああああ!!」
轟々と燃え盛る青い炎と共に、断末魔のような二つの悲鳴が響いた。
「我、導く者なり。紫月の名において、天邪鬼を四天王の元へ強制送還する。還っ!」
空間に出現した真っ黒な穴の中に、身体中を青い炎で焼かれた二匹の小鬼が吸い込まれていく。
「四天王にしっかり躾けてもらえよ」
「クソが!! 一度ならず二度までもオイラをバカにしやがって……覚えてろよアホ送還師!! 次会ったらタダじゃおかねーかんな!!」
「うわ~巻き込まれ説教とかマジ勘弁ッスわ~」
口々に文句を言いながらどんどん吸い込まれ、その姿はあっという間に消え去った。狭い室内は何事もなかったようにシン、と静まり返る。
「お手本のような負け犬の遠吠えだったな」
周くんはフンと鼻で笑った。
「……あの」
「ああ。お前に憑いてた天邪鬼は俺が元の世界に送り還したから、これで不自由を感じることもないだろう」
「え? え?」
周くんの説明になってない説明を聞いて目を白黒させる井上さんにフォローを入れる。
「つまりもう大丈夫ってことだよ! 井上さん、ちゃんと自分の思った通りに喋れるはずだから!」
「……そういえばあの縛られてる感じがしない……あー、あー。ほんとだっ、自由に喋れてる!」
井上さんの顔がパッと明るくなった。
「あ、ありがとう宮下さん!」
「……ううん、ごめんね井上さん。さっきも言ったけど、今の天邪鬼は前私に取り憑いてたやつなの。その時周くんに助けてもらったんだけど、還される天邪鬼に同情しちゃって処遇を甘くしてもらったんだ。あの時ちゃんと罰してもらってたら井上さんが苦しむこともなかったのに……」
「そんな! 宮下さんは悪くないよ! 助けてくれて本当に感謝してるわ!」
「その通りだ。悪いのは規則を破って好き放題やってるアイツらだからな」
「志摩くんもありがとう。あなたのおかげで助かったわ」
「気にするな。俺は仕事をしただけだ」
「仕事……あの、志摩くんって一体何者なの?」
「あー、俺は送還師。天邪鬼みたいに勝手にこっちにやってくる妖怪を元の世界に還すのが仕事だ」
「送還……師」
「まぁアレだ。色々あって疲れただろ。これ、飲め」
その言葉を合図に、管狐が自分の尻尾を巻き付けてペットボトルを持って来た。迷う事なく井上さんの元に運ぶ。
「お前はもう自由だ。あとは伝えたい相手に自分の気持ちを思う存分伝えればいい」
「うん。宮下さん、志摩くん。助けてくれて本当にありがとう」
渡された水を飲んだ井上さんは、気を失ったように眠りについた。その様子を確認すると、周くんは静かに息を吐く。
「い、井上さん!?」
「呪いをかけた水で眠ってもらっただけだ。彼女の記憶を少し弄ったから、次に目を覚ました時には天邪鬼に取り憑かれていた記憶は忘れてるだろう」
「……そう」
「あとは──」
周くんはすっと二本指を立て呪文を口にした。
「彼女と関わった人の記憶を操作した。これでようやく任務完了だ。……宮下、ちょっと手伝ってくれ」
そう言って周くんは井上さんの体を起こすように指示を出す。どうやら女子に勝手に触るのは申し訳ないから、極力触れないようにということらしい。周くんは意外と気を使う性格のようだ。言われた通り彼女の体を起こすと、ポケットからリンと澄んだ鈴の音が聞こえてきた。
「……ねぇ周くん。さっき井上さんに渡したこのお守り、そのまま彼女のポケットに入れててもいい?」
「構わないが、彼女の記憶はなくなるんだぞ? 起きたらなんで持ってるのかも忘れてるはずだ」
「でも、これを持ってれば紫月さまが守ってくれるんでしょ?」
周くんはぐっと押し黙る。
「例え忘れても、持ってればきっと紫月さまが守ってくれるから」
「……お人好しだな、お前」
周くんは呆れたように溜息をつくと、井上さんを本日二度目の保健室へと運んだ。
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