月野郵便、今宵も配達中

百川凛

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1.永遠の初恋

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「もう少し右ね」
「これくらいッスかー?」
「ちょっと! そっちは左よ!」
「えー?」

 色とりどりの折り紙で丁寧に作られたはさみ星や提灯飾り、くす玉、あみ飾りに笹つづり。そして、それぞれの願いが込められた五色の短冊。

 月野郵便局の前には、それらで装飾された大きな笹竹が設置されようとしていた。七尾と宇佐美は準備に追われて忙しく駆け回っている。

 その様子をぼんやりと眺めるのは濃紺の着流しを着た華奢な男と、もう一人。

「……忙しい時に来てしまってすみません」
「お気になさらず。僕に力仕事は不向きですから」

 苦笑いを浮かべるのは局長である月野だった。

 隣にいた鈴木は月野の華奢な体型を見てそれもそうか、と失礼ながら納得する。

「お会いになったんですか? 百合さんと」
「ええ。おかげさまでね」
「そうですか」
「それにしても……」

 鈴木はふぅ、と溜め息をついた。

のマスターは随分とお忙しそうですね」

 彼の視線の先には大きな笹竹を下から支えている七尾がいた。

「……すみません。心配だったもので、つい」

 どうやら鈴木には、あの喫茶店の年配マスターが七尾だったとバレていたようだ。

「まったく。百合さんに私宛の手紙を助言したり、わざわざ店を用意したり。ここは随分とお節介な郵便局なんですね」
「……すみません」
「ははっ。冗談ですよ。あの珈琲、なかなか美味しかったと後で伝えておいて下さい」

 ゆるゆると生温い風が二人の間を通り抜けた。夜空の月は薄い雲に見え隠れしているが、今のところ泣き出す様子はない。

 この調子だと、織姫と彦星は束の間の逢瀬を充分に楽しめる事だろう。

「月野さん、ありがとうございました」

 鈴木は月野に向かって深々と頭を下げる。その顔はどこかスッキリとしていた。

「……次に行く場所はもう決まってるんですか?」
「まぁ、大体は。まずは今の会社に戻って、怪しまれないようにきちんと手続きを踏むのが先ですけどね」
「それは……大変ですね」
「もう慣れましたよ。これも不老不死の宿命ってやつですね。……それより、これ」

 鈴木は花柄の包装紙に包まれた小さな箱を差し出した。

「配達をお願いしたいんですけど大丈夫ですか?」
「ええ、もちろん」
「本当に何処にでも届けられるんですよね?」
「はい」
「名前、旧姓しか知らないんですけど大丈夫です?」
「ご心配なく。月野郵便局の名にかけて、必ず届けてみせましょう」
「ははっ。それは頼もしいですね。じゃあ……」

 鈴木は小さく息を吸って、その名前を愛しそうに告げた。

「〝森野すみれ〟。彼女にこれを届けて下さい。……私の、永遠とわの初恋の人に」
「かしこまりました。貴方の想い、我々がしっかりとお届け致します」

 その答えに鈴木は照れくさそうに笑った。


「そうだ。鈴木さんもどうです? 短冊に願い事でも」
「遠慮しておきます。私の願いはもう叶ってましたから」
「おや、そうですか」

 二人は背の高い笹竹をぐっと見上げる。

「じゃあ、私はそろそろ行きますね」
「お気を付けて」
「皆さんにもお礼を伝えておいて下さい。また会いましょう」
「ええ。いつでもお待ちしております」

 月野に向かってもう一度頭を下げると、鈴木は背を向けて歩き出した。

「月さぁーん!」

 向こうから七尾がバタバタと駆けてくる。設置作業は終わったのだろうか。

「お疲れ様、七尾くん」
「うっす! ……ズッキー、もう行っちゃったんスね」
「ええ。君と宇佐美くんにもありがとうとお礼を言ってました。それと、珈琲なかなか美味しかった、とも」
「ありゃ。バレちゃってたんスか。俺もまだまだだなぁ~」

 七尾はそう言って銀色の髪を弄る。

「今年もたくさん願い事が集まりましたねぇ」
「そうッスね」

 揺れる短冊を見ながら二人は微笑んだ。

「皆さんの願い、叶うといいですね」
「ハイ。あの時書いた……百合さんの願い事も」


〝彼も、おばあちゃんも、みんなが笑顔で、幸せになりますように〟


「ちょっとそこの細目!! まだ作業残ってんのに何遊んでんのよ!!」
「げっ!」

 鬼のような形相をした宇佐美の怒鳴り声が響いた。

「私が戻るまでちゃんと押さえててって言ったじゃない! 倒れたら危ないでしょ!」
「や、やだなー。休憩ですよ休憩。ちょうど今戻ろうとしてた所で」
「だったらさっさと戻りなさい!」
「はい! 只今!」

 七尾はビシリと敬礼をすると慌てて走り出した。

「あ、そういえば!」

 七尾はピタリと立ち止まり、思い出したように振り返る。

「月さんは七夕の願い事、なんて書いたんスか?」

 月野はしばらく考える素振りを見せると、右手の人差し指をゆっくりと口元に当てる。

「秘密です」

 悪戯ッ子のようにニヤリと笑って、そう言った。
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