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4.月夜の咎人
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十月二日が目前に迫ろうとも、月野郵便局は通常通り営業していた。
だが、纏う空気はどんよりと重い。
「なんだか大変なことになってるみたいですね」
三人はぱっと入り口を見る。そこに立っていた人物を見て、七尾は嬉しそうに声を上げた。
「あっ! ズッキー!!」
「残念。今は高橋です」
月野に似た人当たりの良い笑顔を浮かべながら、鈴木浩はツカツカとこちらに歩み寄る。
「なるほど今は高橋か。じゃあハッシーでいいッスか?」
「……君は呼び方にこだわりますね」
鈴木浩こと高橋は微笑みを苦笑いに変えて七尾を見た。
「お久しぶりですね鈴木さん。いえ、高橋さんとお呼びした方がいいのでしょうか」
「鈴木でいいですよ。その方が分かりやすいでしょうから」
「じゃあ遠慮なくズッキーで! うん、やっぱこっちの方がしっくりくるわー」
うんうんと一人で納得する七尾を宇佐美はジロリと睨む。
「今日はどうしたんです? すみれさんにお手紙ですか?」
月野が聞くと、鈴木はいいえ、と首を横に振る。
「今日はあなたの様子を見に来たんですよ。何やら月の都の方々が迎えに来るとか来ないとかで、大変みたいじゃないですか」
「おや、随分情報が早いですね」
「伊達に長生きしてるわけじゃないんでね。そしたらふと、随分前の昔話を思い出したんです」
「昔話ですか?」
「ええ、昔話です」
鈴木はカウンター越しに月野と向かい合った。
「知ってますか? 昔、月の住人に恋をした人間の男が居たそうなんです」
月野の表情が強張る。
「なかなか身分の高い家柄で、彼の家に仕えている者は多かった。その家の主人は女性からも人気があったそうですよ。しかし、そんな男が恋をしたのは湖で出会った一人の美女でした。キラキラと輝きを放つその姿はこの世の者ではないとすぐに分かった。でも、一目見た瞬間お互いに恋に落ちたんです。それから程なくして、彼女は彼の家に一緒に住むようになりました。その間、二人はとても幸せそうだった。このまま生涯を共にするのだろうと、誰もが信じて疑わなかった。それなのに……彼女はたった数年でその姿を消したのです」
鈴木の声のトーンが下がった。
「ある日。彼女の故郷である月の都から大勢の迎えが来て、あっと言う間に彼女を連れ去って行きました。抵抗虚しく、男は月に向かって昇って行く彼女を見ていることしか出来なかった。男はひどく悲しみました。自分の無力さを嘆いた。自分にもっと力があれば彼女ともっと一緒にいられたのに、と。そして〝もし自分と永遠に生きる覚悟があるのなら飲んでほしい〟と彼女から渡されていた不老不死薬の事を思い出したのです。一生歳をとることもなく、死なない体になる薬。彼はその薬を飲むつもりでしたが、彼女がいないなら永遠に生きていたって意味はないと、仕えていた男にその薬を焼き払うように命じました」
月野は相槌も打たず、真剣に鈴木の話を聞いていた。
「仕えていた男は渡されたその薬を焼き払った。でも、少しだけ取っておいたんです。その薬が本当に不老不死の薬なのか確かめるために。そして、男は残ったその薬を飲んでしまった。……お恥ずかしい話ですが、実はその薬を飲んだ男というのは僕の先祖なんです。以来、うちの家系では男は代々不老不死の体を持って生まれてくることになった。彼が薬を飲んだ二十五歳になると成長が止まり、そこから老いることなく生き続ける。まぁ、バチが当たったんでしょうね」
きゅっと結んでいた口を開くと、月野は静かな声で言った。
「……そんな体にしてしまった我々月の一族を、あなたは恨んでいますか?」
「恨むだなんてとんでもない。確かに不老不死はつらい事も多いけど、良い事もあるってちゃんと分かっているからね」
鈴木はふっと笑みを浮かべた。
「それより月野さん、私はあなたの方が心配です。月の都に戻ってしまうんですか?」
「いえ、戻るつもりはないですよ」
「でも、お父様から手紙が届いたんでしょう?」
「例えこれが本当に父からの手紙だったとしても、僕はあの国に戻る気は一切ない。追放されてから今まで、戻りたいと思ったことは一度もないのです。かぐやに手を貸した事だって後悔したことはありません。むしろ誇りに思っています」
「ええ」
「僕はここで郵便局を始めて本当に良かったと思っています。みんなの笑顔が見られるから。僕は、誰かの伝えたい思いを、溢れんばかりの気持ちを、宇佐美くんと七尾くんとこれからも届けたい。だから、誰に何を言われようと国に戻るつもりはありません」
「……そうですか」
答えを聞いた鈴木の表情は柔らかい。
「あなたの覚悟、伝わりました。これでこれからも安心して手紙を出しに来られる」
「ありがとうございます」
鈴木は腕時計を見ると「おや、もうこんな時間。早く会社に戻らないと……それではまた来ます。必ずお会いしましょう!」と慌てて走り出した。
「……ズッキーの呪いの原因って、月の都の不老不死薬だったんスね……」
「正直それは僕も知りませんでした。縁というのはなんとも不思議なものですねぇ」
月野がしみじみと言った。
「月さん。オレ、この場所が大好きです」
七尾が真剣な顔で月野に訴える。
「オレ、ここに来てから毎日が楽しいんです。長い間一人ぼっちだったから……余計に。誰かと囲む食卓が楽しいことも、みんなの笑顔を見てると嬉しくなる気持ちも、全部月さん達が教えてくれた。オレはこの幸せを失いたくない。これからもこの三人で月野郵便局を続けていきたいです」
「……私も。十五様にはずっとここで局長をやっていてほしいです。笑って泣いて、これからも自由に、三人でたくさんの〝想い〟を届けましょう」
二人の言葉に月野は目を丸くする。じんわりと心が温かくなっていくのを感じながら、月野はにっこりと優しい笑みを浮かべた。
「大丈夫。僕は何があってもあの国には戻りません。だから、これからも三人でここを続けていきましょう」
三人は固く誓い合った。
十月二日が目前に迫ろうとも、月野郵便局は通常通り営業していた。
だが、纏う空気はどんよりと重い。
「なんだか大変なことになってるみたいですね」
三人はぱっと入り口を見る。そこに立っていた人物を見て、七尾は嬉しそうに声を上げた。
「あっ! ズッキー!!」
「残念。今は高橋です」
月野に似た人当たりの良い笑顔を浮かべながら、鈴木浩はツカツカとこちらに歩み寄る。
「なるほど今は高橋か。じゃあハッシーでいいッスか?」
「……君は呼び方にこだわりますね」
鈴木浩こと高橋は微笑みを苦笑いに変えて七尾を見た。
「お久しぶりですね鈴木さん。いえ、高橋さんとお呼びした方がいいのでしょうか」
「鈴木でいいですよ。その方が分かりやすいでしょうから」
「じゃあ遠慮なくズッキーで! うん、やっぱこっちの方がしっくりくるわー」
うんうんと一人で納得する七尾を宇佐美はジロリと睨む。
「今日はどうしたんです? すみれさんにお手紙ですか?」
月野が聞くと、鈴木はいいえ、と首を横に振る。
「今日はあなたの様子を見に来たんですよ。何やら月の都の方々が迎えに来るとか来ないとかで、大変みたいじゃないですか」
「おや、随分情報が早いですね」
「伊達に長生きしてるわけじゃないんでね。そしたらふと、随分前の昔話を思い出したんです」
「昔話ですか?」
「ええ、昔話です」
鈴木はカウンター越しに月野と向かい合った。
「知ってますか? 昔、月の住人に恋をした人間の男が居たそうなんです」
月野の表情が強張る。
「なかなか身分の高い家柄で、彼の家に仕えている者は多かった。その家の主人は女性からも人気があったそうですよ。しかし、そんな男が恋をしたのは湖で出会った一人の美女でした。キラキラと輝きを放つその姿はこの世の者ではないとすぐに分かった。でも、一目見た瞬間お互いに恋に落ちたんです。それから程なくして、彼女は彼の家に一緒に住むようになりました。その間、二人はとても幸せそうだった。このまま生涯を共にするのだろうと、誰もが信じて疑わなかった。それなのに……彼女はたった数年でその姿を消したのです」
鈴木の声のトーンが下がった。
「ある日。彼女の故郷である月の都から大勢の迎えが来て、あっと言う間に彼女を連れ去って行きました。抵抗虚しく、男は月に向かって昇って行く彼女を見ていることしか出来なかった。男はひどく悲しみました。自分の無力さを嘆いた。自分にもっと力があれば彼女ともっと一緒にいられたのに、と。そして〝もし自分と永遠に生きる覚悟があるのなら飲んでほしい〟と彼女から渡されていた不老不死薬の事を思い出したのです。一生歳をとることもなく、死なない体になる薬。彼はその薬を飲むつもりでしたが、彼女がいないなら永遠に生きていたって意味はないと、仕えていた男にその薬を焼き払うように命じました」
月野は相槌も打たず、真剣に鈴木の話を聞いていた。
「仕えていた男は渡されたその薬を焼き払った。でも、少しだけ取っておいたんです。その薬が本当に不老不死の薬なのか確かめるために。そして、男は残ったその薬を飲んでしまった。……お恥ずかしい話ですが、実はその薬を飲んだ男というのは僕の先祖なんです。以来、うちの家系では男は代々不老不死の体を持って生まれてくることになった。彼が薬を飲んだ二十五歳になると成長が止まり、そこから老いることなく生き続ける。まぁ、バチが当たったんでしょうね」
きゅっと結んでいた口を開くと、月野は静かな声で言った。
「……そんな体にしてしまった我々月の一族を、あなたは恨んでいますか?」
「恨むだなんてとんでもない。確かに不老不死はつらい事も多いけど、良い事もあるってちゃんと分かっているからね」
鈴木はふっと笑みを浮かべた。
「それより月野さん、私はあなたの方が心配です。月の都に戻ってしまうんですか?」
「いえ、戻るつもりはないですよ」
「でも、お父様から手紙が届いたんでしょう?」
「例えこれが本当に父からの手紙だったとしても、僕はあの国に戻る気は一切ない。追放されてから今まで、戻りたいと思ったことは一度もないのです。かぐやに手を貸した事だって後悔したことはありません。むしろ誇りに思っています」
「ええ」
「僕はここで郵便局を始めて本当に良かったと思っています。みんなの笑顔が見られるから。僕は、誰かの伝えたい思いを、溢れんばかりの気持ちを、宇佐美くんと七尾くんとこれからも届けたい。だから、誰に何を言われようと国に戻るつもりはありません」
「……そうですか」
答えを聞いた鈴木の表情は柔らかい。
「あなたの覚悟、伝わりました。これでこれからも安心して手紙を出しに来られる」
「ありがとうございます」
鈴木は腕時計を見ると「おや、もうこんな時間。早く会社に戻らないと……それではまた来ます。必ずお会いしましょう!」と慌てて走り出した。
「……ズッキーの呪いの原因って、月の都の不老不死薬だったんスね……」
「正直それは僕も知りませんでした。縁というのはなんとも不思議なものですねぇ」
月野がしみじみと言った。
「月さん。オレ、この場所が大好きです」
七尾が真剣な顔で月野に訴える。
「オレ、ここに来てから毎日が楽しいんです。長い間一人ぼっちだったから……余計に。誰かと囲む食卓が楽しいことも、みんなの笑顔を見てると嬉しくなる気持ちも、全部月さん達が教えてくれた。オレはこの幸せを失いたくない。これからもこの三人で月野郵便局を続けていきたいです」
「……私も。十五様にはずっとここで局長をやっていてほしいです。笑って泣いて、これからも自由に、三人でたくさんの〝想い〟を届けましょう」
二人の言葉に月野は目を丸くする。じんわりと心が温かくなっていくのを感じながら、月野はにっこりと優しい笑みを浮かべた。
「大丈夫。僕は何があってもあの国には戻りません。だから、これからも三人でここを続けていきましょう」
三人は固く誓い合った。
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