10 / 17
6
しおりを挟む
*
午前十一時五十五分。スキニーにTシャツという言われた通りの動きやすい格好で烏丸相談屋に行くと、そこには既に黒いジャージを着た浅葱さんが立っていた。
「遅い!」
「……すみません」
五分前に着いたというのに理不尽な。というより、まずは逃げずにちゃんと来たことを褒めてほしいんですけど。
「まぁいい。すぐ行くぞ」
「え、でもここから日野池までどうやって行くんですか? 結構距離ありますよね? 車? バス?」
でも相談屋の周りには駐車場もないし、公共交通機関でも使うのだろうか。そんな風に考えていた自分は甘かった。
「いや。それよりもっと簡単な方法だ」
浅葱さんは黒い羽団扇を取り出し「オン・ヒラヒラ・ケン・ヒラケンノウ・ソワカ」と呪文のようなものを唱え一振りする。すると、浅葱さんの背中から団扇の羽と同じ黒い羽が生え、翼のような形になった。驚きの声を上げる暇もなく、私の体がふわりと浮く。
「えっ!? えっ……ええっ!?」
「日野池まであっという間に着く。しっかり掴まってろよ」
「ちょ、待っ!」
私をお姫様抱っこした浅葱さんは地面をグッと力強く蹴ると、天高々と飛び上がった。え、何これ高っ。高すぎるよ何これ!? オリンピックに垂直跳び競技なんてのがあったら金メダル確実の高さだよ!!
ふと下を見れば、住んでいる街が豆粒のように小さく見えた。ああ、人がゴミのようだ。この台詞を現実に言う日が来るなんて思ってもみなかった。浅葱さんはそのまま猛スピードで空を駆ける。
「ぎっ、ぎゃああああああああ!?」
青空に、私の叫び声が木霊した。
叫んでいる間にあっという間に目的地に着いたらしい。浅葱さんが手を離すと、私はへたりと座り込んだ。生い生いと茂る緑の葉っぱに、ここは地上なんだと安堵の溜息をつく。まるでジェットコースターのような感覚だった。どうせ空を飛ぶなら私は魔法の絨毯のようなゆったりとした乗り心地を希望するのに。
「ここが神楽山の日野池だ。……ひどいな」
森の中にぽっかりと空いた大きな穴。その中には涅色に濁った水、壊れたテレビ、ソファー、冷蔵庫、タイヤ、空き缶、ペットボトル、廃材etc……。大小様々なゴミが棄てられていた。
「少し前までは透き通った綺麗な水だったんだけどなぁ」
……確かにこれはひどい。まったく。ポイ捨てはダメなんて小学生でも分かることを大の大人が平気でやってるんだから困り物だ。こういう人は人生やり直した方がいいと思う。本当に。
「おお、待っとったぞ」
ペタペタという独特の足音をたてて現れたのは、河童の河太郎さんだ。
「見ての通りの有様じゃ。このせいで池に住んでた魚もカエルもみんな出て行ってしまったわい」
河太郎さんは寂しそうに言った。
「大丈夫。掃除して綺麗にすれば皆また戻ってくるから」
「ほほっ、そうじゃの」
「じゃあ早速始めるな。笹山!」
「は、はいっ!」
「これ着ろ。始めるぞ」
浅葱さんから渡されたのはマスク、ゴーグル、長靴、ゴム手袋、合羽、火挟、ゴミ袋。さらには泥かき用のスコップにバケツ。一体どこにこんな荷物を入れていたのだろう。不思議だ。
浅葱さんはもう既に動き出し、水際に棄てられているテレビを運び出していた。……ここまで来たらやるしかない。私も渡された物を装備し、浅葱さんの元へ向かう。
「アンタは重いのやんなくていいから。とりあえずそこら辺に落ちてるプラスチックとか空き缶とか燃えないゴミの袋に集めといてくれ。燃えるやつはこっちな」
「わかりました」
言われた通り、私はもくもくと手を動かす。プラスチック片や空き缶は、池の中より草場の方でよく目立っていた。いや、きっと池の中にもたくさん沈んでいるのだろう。ひどい話だ。
火挟を使って地面に落ちているものから袋に詰めていくと、あっという間にいっぱいになった。ほんの少し歩いただけでこの量だ。先が思いやられる。更には草の中からコンクリートブロックや木材の廃材なども出てきたので、私は袋を分けながらただひたすら集めていった。誰だよこんなとこに廃棄した奴。ルールはちゃんと守りなさいよねまったく。腹立たしい事この上ない。
ていうか私、何してるんだろう。こんな所でこんな格好で汗だくになりながらゴミ拾いなんて……。クッソー、これも全部私をクビにしたあの会社のせいだ! メタボ部長め!! 呪ってやる!!
私は怒りをぶつけるように、拾った鍋の蓋を燃えないゴミ袋の中へ力一杯詰め込んだ。
午前十一時五十五分。スキニーにTシャツという言われた通りの動きやすい格好で烏丸相談屋に行くと、そこには既に黒いジャージを着た浅葱さんが立っていた。
「遅い!」
「……すみません」
五分前に着いたというのに理不尽な。というより、まずは逃げずにちゃんと来たことを褒めてほしいんですけど。
「まぁいい。すぐ行くぞ」
「え、でもここから日野池までどうやって行くんですか? 結構距離ありますよね? 車? バス?」
でも相談屋の周りには駐車場もないし、公共交通機関でも使うのだろうか。そんな風に考えていた自分は甘かった。
「いや。それよりもっと簡単な方法だ」
浅葱さんは黒い羽団扇を取り出し「オン・ヒラヒラ・ケン・ヒラケンノウ・ソワカ」と呪文のようなものを唱え一振りする。すると、浅葱さんの背中から団扇の羽と同じ黒い羽が生え、翼のような形になった。驚きの声を上げる暇もなく、私の体がふわりと浮く。
「えっ!? えっ……ええっ!?」
「日野池まであっという間に着く。しっかり掴まってろよ」
「ちょ、待っ!」
私をお姫様抱っこした浅葱さんは地面をグッと力強く蹴ると、天高々と飛び上がった。え、何これ高っ。高すぎるよ何これ!? オリンピックに垂直跳び競技なんてのがあったら金メダル確実の高さだよ!!
ふと下を見れば、住んでいる街が豆粒のように小さく見えた。ああ、人がゴミのようだ。この台詞を現実に言う日が来るなんて思ってもみなかった。浅葱さんはそのまま猛スピードで空を駆ける。
「ぎっ、ぎゃああああああああ!?」
青空に、私の叫び声が木霊した。
叫んでいる間にあっという間に目的地に着いたらしい。浅葱さんが手を離すと、私はへたりと座り込んだ。生い生いと茂る緑の葉っぱに、ここは地上なんだと安堵の溜息をつく。まるでジェットコースターのような感覚だった。どうせ空を飛ぶなら私は魔法の絨毯のようなゆったりとした乗り心地を希望するのに。
「ここが神楽山の日野池だ。……ひどいな」
森の中にぽっかりと空いた大きな穴。その中には涅色に濁った水、壊れたテレビ、ソファー、冷蔵庫、タイヤ、空き缶、ペットボトル、廃材etc……。大小様々なゴミが棄てられていた。
「少し前までは透き通った綺麗な水だったんだけどなぁ」
……確かにこれはひどい。まったく。ポイ捨てはダメなんて小学生でも分かることを大の大人が平気でやってるんだから困り物だ。こういう人は人生やり直した方がいいと思う。本当に。
「おお、待っとったぞ」
ペタペタという独特の足音をたてて現れたのは、河童の河太郎さんだ。
「見ての通りの有様じゃ。このせいで池に住んでた魚もカエルもみんな出て行ってしまったわい」
河太郎さんは寂しそうに言った。
「大丈夫。掃除して綺麗にすれば皆また戻ってくるから」
「ほほっ、そうじゃの」
「じゃあ早速始めるな。笹山!」
「は、はいっ!」
「これ着ろ。始めるぞ」
浅葱さんから渡されたのはマスク、ゴーグル、長靴、ゴム手袋、合羽、火挟、ゴミ袋。さらには泥かき用のスコップにバケツ。一体どこにこんな荷物を入れていたのだろう。不思議だ。
浅葱さんはもう既に動き出し、水際に棄てられているテレビを運び出していた。……ここまで来たらやるしかない。私も渡された物を装備し、浅葱さんの元へ向かう。
「アンタは重いのやんなくていいから。とりあえずそこら辺に落ちてるプラスチックとか空き缶とか燃えないゴミの袋に集めといてくれ。燃えるやつはこっちな」
「わかりました」
言われた通り、私はもくもくと手を動かす。プラスチック片や空き缶は、池の中より草場の方でよく目立っていた。いや、きっと池の中にもたくさん沈んでいるのだろう。ひどい話だ。
火挟を使って地面に落ちているものから袋に詰めていくと、あっという間にいっぱいになった。ほんの少し歩いただけでこの量だ。先が思いやられる。更には草の中からコンクリートブロックや木材の廃材なども出てきたので、私は袋を分けながらただひたすら集めていった。誰だよこんなとこに廃棄した奴。ルールはちゃんと守りなさいよねまったく。腹立たしい事この上ない。
ていうか私、何してるんだろう。こんな所でこんな格好で汗だくになりながらゴミ拾いなんて……。クッソー、これも全部私をクビにしたあの会社のせいだ! メタボ部長め!! 呪ってやる!!
私は怒りをぶつけるように、拾った鍋の蓋を燃えないゴミ袋の中へ力一杯詰め込んだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
6
1 / 2
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる