駄菓子屋六角堂の騒がしい日常

１３

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　あたしは先ほどスマホに届いたメッセージを読み返して、一つ深呼吸をする。……よし！　覚悟を決めると、建て付けの悪い扉を無理やり開け、いつも通り中に入った。

「おはようございます！」

　無駄に元気良く挨拶すると、朝からパソコンと向かい合っていた柳田さんが奥からひょっこりと顔を出す。おお、珍しく驚いた表情だ。

「あ゛？　お前なんで居んの？」
「なんでって……仕事ですから」
「いや、今日休むって言ってなかったか？　どっかの会社の面接だったんじゃねーの？」

　あたしは何事もないように言った。

「ああ、それなら辞退しました。さっき向こうから了承のメールも来たので一安心です」
「は！？」

　動揺している彼の前に立つと、眉間のシワが深まった。

「柳田さん」
「……なんだよ」

　彼の鋭い三白眼を真っ直ぐに見つめて、ハッキリと言った。

「あたしを正式に六角堂ここで働かせてくれませんか？」

　柳田さんの顔が驚きに満ちる。八千代さんが来てから、自分の中にある気持ちが芽生えた。

「あたし、ここに来てから毎日が楽しくなりました。ここに来るお客さんと話してたら、就活で荒んでた心がいつの間にか穏やかになってた。働いてるうちに、柳田さんがこの場所を守る理由を知った。この場所を必要としている人たちを知った。そしてあたし自身も、この場所を求めてる事に気付いたんです」

　あたしは両手をぎゅっと握った。

「柳田さん言いましたよね？　自分のやりたい事をゆっくり考えろって」
「ああ」
「だから考えたんです。考えてたらようやく辿り着きました。だって、あたしも守りたいと思った。八千代さんや鳴海くん達の……誰かの心の支えになっているこの場所を、みんなが大好きなこの場所を、あたしも守っていきたいと思った。だから……ダメ……でしょうか？」

　柳田さんの眉間のシワはこれでもかと言うほど深く刻まれている。

　どうしよう。今まで受けたどの面接よりも緊張してるんですけど。判決を待っているかのような長い長い沈黙のあと、吐き出されたのは深い深い溜息だった。


「時給最低だぞ」
「はい」
「タダ働き同然だぞ」
「はい」
「掃除ばっかだぞ」
「はい」
「それでもいいなら雇ってやるよ」

　あたしはひゅっと息を呑んだ。

「い、いいんですか！？」
「いいも何も、そう決めたんならやってみれば良いじゃねーか。あ、でもマジで給料は期待すんなよ。今のでギリギリだからな、ギリギリ」
「はい、わかってます！！」

　満面の笑みで頷くと、柳田さんはチッと腹立たしげに舌打ちを鳴らした。あたしは慣れ親しんだエプロンに着替え、竹箒を持つ。

「店先の掃除、行ってきますね！」

　いつも以上に張り切って六角堂の前に立つと、あたしは勢い良く箒を動かした。今日帰ったらさっそくおばあちゃんに報告しよう。あたしにも、ついにやりたいことが見つかったよって。

　レジ横に飾られた金平糖入りの小さな瓶。その瓶に結ばれた赤いリボンが、風に吹かれてふわりと揺れた。






了