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2.藍染暖簾
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乾物屋のおじいさんが指差したのは、すぐそばのビルだった。
金蘭酒楼と派手な看板が輝いていた。
ママのおうちは食堂なの、と昔から母が言っていたがこれはだいぶ立派だ。レストランではないだろうか。
不思議なのは、店先には金蘭食堂と書かれた藍染の暖簾がかかっていること。
その暖簾と、本物そっくりの食品サンプルが建物よりだいぶ古いものであること。
確かに食堂だけれど。
でも中華屋に暖簾?となんだか場違い。
ビル自体は結構立派だが、手すりが古めかしい雰囲気だったり、この暖簾も随分年季が入っている。
暖簾に触ると、しっかりした厚い生地でヘリがほつれていたり擦れていたりはしているが、長年この排気ガスや暑さや雨風に晒されて尚はためく逞しさを感じた。
桜は磨き抜かれた重いガラスのドアを押した。
すぐにきれいな女性がにこりと微笑んで、何名かと尋ねてきた。
食堂なのになぜスーツ姿の受付嬢がいるのだろう。
まるで学校の社会科見学で行った大きな会社の受付のようだ。
「・・・あの、ええと・・・」
桜はリュックから、手紙を取り出した。
彼女は不思議そうにその便箋に目を落としたが、はっとしてインカム越しに何かを伝えたようだった。程なく慌てた様子の中年の男性が現れた。
・・・お母さんに似てる。
彼はほっとしたように桜を見ると、英語は話せるかと聞いた。
「少し」
そう言うと、彼は大きく頷いた。
「初めまして。チェリー。僕は、君のお母さんの、弟。君の叔父さんだ、わかる?」
桜は戸惑いならがも、はい、と返事をした。
「無事で良かった。よく着いたね。空港から連絡くれたら迎えに行くことになっていたんだよ。姉さんから電話が来ていたから・・・」
早口であとは聞き取れなかった。
「あの、すみません。携帯のバッテリーが・・・」
連絡も取れず、公衆電話も見当たら無かった。
途方に暮れていた時、地下鉄の路線図に、メモの住所にある地名の駅を見つけたのだ。
とにかく、ここまで行ってみよう、と決心したのだ。
画面が真っ黒の携帯を見せると、彼は納得したようだ。
雨に濡れてかわいそうにと言ってタオルで拭いてくれながら、エレベーターに案内した。
「どうなの、日本は?」
彼は少し悲しそうに言った。
そして毎日テレビで日本の震災のニュースがやっている、怖かったね、大丈夫?皆、応援しているからね、と早口でまくし立てた。
「・・・地震で壊れた建物はあまりないの。津波はひどかったけれど。原発が心配で、お母さんが私にここに行きなさいって」
「あの地震で建物が壊れなかったの?さすが日本だね。・・・そうか、津波。チェリーのおうちはだいじょうぶだったの?」
「はい。海からは遠いので・・・・あの、その、チェリーっては・・・」
チェリーって何?そんなはずはないが、お土産にさくらんぼのお菓子を持ってきたことを知っているのだろうか。
不思議そうにしていると、彼は笑った。
「・・・ああ、僕たちは君をチェリーと呼んでいたんだよ。桜って言うんだろう」
さも当然と言うように彼は言ったが、桜はびっくり仰天した。
「香港人は大抵、英語名があるんだよ。僕は、レイモンド。レイ叔父さんと呼んでね」
・・・・・レイモンド?このおじさん、そんなお菓子みたいな名前なの。
どこから見ても、アジア人なのに。
しかし、彼は全く照れもしていない。
「じゃあ、ママもあるんですか?」
「もちろん!知らないの?シャーロットだよ」
絶句した。母は雪子と名乗っている。
パパにも近所のおばあちゃんたちにもゆっこちゃんと呼ばれている母がシャーロット!?
そんなお姫様みたいな名前なの?
桜はたまらず吹き出した。
彼は不思議そうに姪っ子を見ていた。
「レイおじさんの漢字は、どう書きますか?」
そう言うと、彼は自分の携帯を取り出し、隆正と文字を打った。
レイモンドとは発音も関係ないようだ。
「英語名は学校の先生がつけたんだ」
大分自由なようだ。
エレベーターに乗せられて、5階の廊下に出るとレイ叔父さんはドアを開けた。そこが住宅のようだ。
大きな声で誰かに呼びかける。
何か負けずに大きな声で言いながら、奥から小柄なおばあさんが出てきた。
光沢のある鮮やかな紫色のフリルのブラウス姿。
こんな派手な色のブラウスを着ているお年寄りは自分の生活圏では見たことがなかった。
誰か分からずに、こんにちは、と桜が頭を下げた。
彼女はじっと桜を見てから、にかっと笑った。
「さくらこちゃん、こんにちは。ごきげんいかがですか?わたしは、あなたの、おばあさんです」
多少ぎこちなくはあったが、間違いなく日本語だった。
金蘭酒楼と派手な看板が輝いていた。
ママのおうちは食堂なの、と昔から母が言っていたがこれはだいぶ立派だ。レストランではないだろうか。
不思議なのは、店先には金蘭食堂と書かれた藍染の暖簾がかかっていること。
その暖簾と、本物そっくりの食品サンプルが建物よりだいぶ古いものであること。
確かに食堂だけれど。
でも中華屋に暖簾?となんだか場違い。
ビル自体は結構立派だが、手すりが古めかしい雰囲気だったり、この暖簾も随分年季が入っている。
暖簾に触ると、しっかりした厚い生地でヘリがほつれていたり擦れていたりはしているが、長年この排気ガスや暑さや雨風に晒されて尚はためく逞しさを感じた。
桜は磨き抜かれた重いガラスのドアを押した。
すぐにきれいな女性がにこりと微笑んで、何名かと尋ねてきた。
食堂なのになぜスーツ姿の受付嬢がいるのだろう。
まるで学校の社会科見学で行った大きな会社の受付のようだ。
「・・・あの、ええと・・・」
桜はリュックから、手紙を取り出した。
彼女は不思議そうにその便箋に目を落としたが、はっとしてインカム越しに何かを伝えたようだった。程なく慌てた様子の中年の男性が現れた。
・・・お母さんに似てる。
彼はほっとしたように桜を見ると、英語は話せるかと聞いた。
「少し」
そう言うと、彼は大きく頷いた。
「初めまして。チェリー。僕は、君のお母さんの、弟。君の叔父さんだ、わかる?」
桜は戸惑いならがも、はい、と返事をした。
「無事で良かった。よく着いたね。空港から連絡くれたら迎えに行くことになっていたんだよ。姉さんから電話が来ていたから・・・」
早口であとは聞き取れなかった。
「あの、すみません。携帯のバッテリーが・・・」
連絡も取れず、公衆電話も見当たら無かった。
途方に暮れていた時、地下鉄の路線図に、メモの住所にある地名の駅を見つけたのだ。
とにかく、ここまで行ってみよう、と決心したのだ。
画面が真っ黒の携帯を見せると、彼は納得したようだ。
雨に濡れてかわいそうにと言ってタオルで拭いてくれながら、エレベーターに案内した。
「どうなの、日本は?」
彼は少し悲しそうに言った。
そして毎日テレビで日本の震災のニュースがやっている、怖かったね、大丈夫?皆、応援しているからね、と早口でまくし立てた。
「・・・地震で壊れた建物はあまりないの。津波はひどかったけれど。原発が心配で、お母さんが私にここに行きなさいって」
「あの地震で建物が壊れなかったの?さすが日本だね。・・・そうか、津波。チェリーのおうちはだいじょうぶだったの?」
「はい。海からは遠いので・・・・あの、その、チェリーっては・・・」
チェリーって何?そんなはずはないが、お土産にさくらんぼのお菓子を持ってきたことを知っているのだろうか。
不思議そうにしていると、彼は笑った。
「・・・ああ、僕たちは君をチェリーと呼んでいたんだよ。桜って言うんだろう」
さも当然と言うように彼は言ったが、桜はびっくり仰天した。
「香港人は大抵、英語名があるんだよ。僕は、レイモンド。レイ叔父さんと呼んでね」
・・・・・レイモンド?このおじさん、そんなお菓子みたいな名前なの。
どこから見ても、アジア人なのに。
しかし、彼は全く照れもしていない。
「じゃあ、ママもあるんですか?」
「もちろん!知らないの?シャーロットだよ」
絶句した。母は雪子と名乗っている。
パパにも近所のおばあちゃんたちにもゆっこちゃんと呼ばれている母がシャーロット!?
そんなお姫様みたいな名前なの?
桜はたまらず吹き出した。
彼は不思議そうに姪っ子を見ていた。
「レイおじさんの漢字は、どう書きますか?」
そう言うと、彼は自分の携帯を取り出し、隆正と文字を打った。
レイモンドとは発音も関係ないようだ。
「英語名は学校の先生がつけたんだ」
大分自由なようだ。
エレベーターに乗せられて、5階の廊下に出るとレイ叔父さんはドアを開けた。そこが住宅のようだ。
大きな声で誰かに呼びかける。
何か負けずに大きな声で言いながら、奥から小柄なおばあさんが出てきた。
光沢のある鮮やかな紫色のフリルのブラウス姿。
こんな派手な色のブラウスを着ているお年寄りは自分の生活圏では見たことがなかった。
誰か分からずに、こんにちは、と桜が頭を下げた。
彼女はじっと桜を見てから、にかっと笑った。
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多少ぎこちなくはあったが、間違いなく日本語だった。
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