高貴なる人質 〜ステュムパーリデスの鳥〜

ましら佳

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⌘2章 高貴なる人質 《こうきなるひとじち》

48.最後の牡鹿

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 朝食時に、残雪ざんせつが家令の姉弟と湖に白鳥を見に行ったと聞いて、私も行きたいとサマーが言い出し、ケイティとコリン、駒鳥こまどりが出かけて行った。
では、我々は少しのんびりできるかな、と茶化しながら、アダムが残雪ざんせつにワインの試飲をしようと言い出した。
「全く。ファーギーは浮かれてる事だろう」
アダムは言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうに言った。
蜂鳥はちどりが試し飲みとして開けたワインをアダムと残雪ざんせつに差し出した。
ぶどうというのは果実の中でも発酵が早く、いわゆる新酒ヌーヴォを数ヶ月で試す事が出来る。
「穀物から醸造するお酒ではこうは行きませんものね」
残雪ざんせつは前日の晩餐でも飲んではいたが、改めて口に含んだ。
まだ青く若い。ざらりと舌に残り刺激する酸味と香り。
しかし、時間をかけて熟成させれば、これが独特の風味になるであろう期待が持てた。
「・・・・粗削りだけれど、野性味があって。ここの環境そのまま凝縮したみたいな仕上がりですね」
「先輩に及第点頂けてよかった」
アダムが笑った。
「・・・・今のこの国そのままのようだろう?」
そう言って、優しく微笑んだ。
ああ、終わりが近づいて来ているのか。
残雪ざんせつは小さく頷いた。
昨年から、かつて小国として存在していた地方や、その外側の小国群の動きが活発になって来ていた。
あちこちで小さな反乱、蜂起が起きてはその度に、軍未満の平定隊が争乱を納めに出かけていた。
コリンもその度に出動していた。
今回は久々の休暇として、残雪ざんせつと共にこの私邸に招かれたのだ。
「・・・・雪、少し聞きたいことがある」
改めて言われて、残雪ざんせつが静かに頷いた。
ケイティが不在の時の今だ。
きっと、彼女には知られたくないのだろうとは思っていた。
「・・・近隣の国の小競り合いが頻繁に起きているのは当然耳にしているだろう。地方都市ではまた大規模な動乱が起きて、ようやっと先月平定された。コリンには苦労をかけたよ」
恋人同士になったと聞き、喜んだもののすぐに離れる事になった二人には申し訳なく思っていた。
「・・・アダム。お大変な心労と思います。・・・・ケイティも少しお痩せになった」
そうだな、とアダムが痛みを感じるような表情で頷いた。
「雪、君は後どのくらいだと思う?」
残雪ざんせつは、ちょっと考えて悲し気に口を開いた。
「・・・私の感覚だと、春まで保たないのではないかと思うの・・・。でも、この子達は、もっとシビアだと思う。蜂鳥はちどり、あなた、どう思う?」
「・・・申し上げます。クリスマスはなんとか迎えられると思います。でも、年を越せるかは疑問です」
あと二月ふたつきもないではないか。
アダムは少し顔色を変えたが、そうか、と短く呟いた。
「改めて。私共はそのまま宮廷に伝えるだけです。その先の判断は我々には出来ません。けれど、伝える事は出来ます」
遠回しに、亡命を希望してはどうかという提案だ。
「・・・・ありがとう、ハミングバードのお嬢さん。・・・雪、頼まれてくれないだろうか。妻と娘をなるだけ安全な場所に移したい」
残雪ざんせつが頷いた。
「・・・・身勝手で困難な事を言っているのは承知の上で頼みたい。・・・フィンは・・・最悪の場合は、その生死は問わない」
絞り出すような声であった。
残雪ざんせつが首を振った。
「いいえ。私が無事ならば、フィンだって無事よ」
「閣下。私共の兄弟姉妹弟子きょうだいでしが、御子息をお守りしておりますので」
「分かっているよ。でも、この先の状況次第では、あの子の立場では持て余され憎まれる事もあるだろう。それを押して助ける事で、君たちや、我が国の負債になってはいけない」
これは母親であるケイティには聞かせられないはずだ。
かつての自分の状況と重なり、残雪ざんせつは息苦しくなり、ため息をついた。
「・・・それから。我々はひとつの思想を掲げて立ち上がった世代に賛同した知識階級だ。つまり、君の女皇帝陛下やご夫君を殺したメンバーの生き残りとも言える。なのに、君とコリンがこうなってから言うのは卑怯だと思う。だが、どうか、ファーギーを見捨てないでやって欲しい。あいつはね、まだ小さい頃に父と兄を殺されて。母親と姉は亡命したものの行方知れず。混乱した時代だったから、未だに彼女達の追跡が出来ないんだけれど、おそらく・・・」
おそらく、生きてはいまい。
「コリンの父と兄は、我々の精神的な支柱だった。ファーガソン家の男は、皆、牡鹿おじかのようだと言われていた。牡鹿おじかは昔から神が人間に遣わした使いだと言われているだろう?精悍で優しく賢く。特に、私達夫婦はコリンの父には感謝しきりでね。フィンの父は優秀な医師で、彼の助けがあって我々はサマーとフィンを授かったんだ。彼の弟子達も何人かは投獄され処刑されたし、残りは今も散り散りでね。・・・そう、我々はコリンの父も兄も見殺しにした。恩人なのに。・・・あの末息子はどうか殺さないでやって欲しい。あいつは最後のファーギーだ」
そう言って、アダムは決然と顔を上げた。
残雪ざんせつもまた覚悟を決めてその視線を受けてから微笑んだ。
「・・・確かにまことに身勝手で、卑怯ですね。でもあなたは鈍感ではいらっしゃない。その上で分かってお話しになるのですものね。・・・閣下、奥方様とご令嬢の御身はお約束します。コリンの事も彼が望むならば手放さない。けれどどうか、フィンの事も諦めないで。私、必ずあの子をママの元に返して見せます。・・・私が初めてこちらに来て、あなたとケイティに会った時、奥様は私に、娘がいるんでしょ、私必ずあなたを無事におうちに帰すからねと言ってくれたんだもの」
あの時、元首夫人ファーストレディは耳元でそう囁いたのだ。
高貴なる人質を帰すなんて、下手すれば平和条約を反故にすると思われかねない発言だ。
アダムは驚いて目を丸くした。
「勇ましい奥様をお持ちで旦那様は幸せね」
「ええ。家令にスカウトしたいくらいですわ」
残雪ざんせつ蜂鳥はちどりがそう言ったのに、アダムもまた微笑んだ。
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