金魚の記憶

ましら佳

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68.火花散る ⌘R

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今まで、人と比べて、そう経験があるわけでは無いが、こういう事は、甘くて、少し苦しくてだるくなる事だと思っていた。

けれど、レオンとは、熱いというか、体の先のあちこちに火花が散るようで。
熱中症にでもなったかのよう。

戸惑ってちょっと待ってと言っても、なんで?という感じで、こっちが間違っているような気分になる。

「痛い?怖い?」
「・・・ううん・・・ああもう、好きにして・・・先生なんでしょ?」

桃は戸惑いと恥ずかしさではしばみ色の瞳を潤ませた。

痛くも怖くも無いと言われて安心したのか、レオンが頷いた。

体温と同じくらいの湯は、どこまでも世界と繋がっていくような気分だった。
実際、繋がっているのは目の前のレオンとだけなのに。
溶けていくような感覚というのは知っているけど、こんなに感覚が誰かとつながっている、と感じるのは初めてだった。

桃は小柄な方では無いが、溺れたら大変だと行ってレオンが下になって桃を抱きとめていた。
その手が、桃の足首や大腿や腰を探っているのに、骨格を確認しているのだと分かった。
以前、西洋人と東洋人の骨格の違いについて話したからだ。

「・・・接骨院みたいね。・・・どう?違う?わかる?」
「うん。本当に違う。・・・ちょっと感動した」

骨に感動されてもねぇ、と桃はおかしくなった。

揺れる度にレオンの熱い手の感触を感じた。
何かを作り出すこの手で、彼にはきっといろいろわかるのだろう。
体の中を調べるエコーとか、CTスキャンのように。
そう思うと、やはり電気が走るようなそんな感覚を覚えた。
体の中をさぐられて、更にゆらゆらと体を揺らされて、「待って」と言う度に「なんで。待たない」と返され、レオンから与えられて自分が感受する感覚を受け止めるだけて精一杯だった。

レオンが桃の舌を軽く噛んだ。

「甘くて、冷たい」

驚いたように呟いた。

レオンはどこもかしこも熱いから、彼に比べたら自分は冷えているかもしれないけれど。

でも、今、熱いのだ。
体の奥は全て、柔らかくぬかるんでいるのに、指先が、舌先が、自分の体の先の尖っているところ全部が敏感になって、びりびりする。
それを丹念に探られてたまらなくなり、なんども甘い声を噛んだ。
それにレオンは更に悦びを覚えた。

こう言うの、なんて言うんだっけ。
ああ、火花散るスパーク


二人はバスタブの中で、しばらく抱き合っていた。
だいぶぬるくなったが、やっと体が落ち着いた。

「・・・ねえ、レオン、あなた、放電してない?動力、電気なの?」
「うーん、漏電?ベニへの愛が漏れちゃってて」

冗談を言い合って二人は笑った。

「・・・先生?」
「はい」
「先生はブランクはどのくらいですか?」
「・・・ブランクなんか無いです。先生だから」
「浮気とかだったら全員困るので・・・」
「うーん。そういうのでは無い。長く特定の恋人がいなかったって事」
「・・・それは誠実なの?」
「先に宣言して相手も同意なら、誠実なんじゃ無いの?」
「それでも良いと言ってくれる女性がいたという事ね?おモテになりますねえ」
「うん。それから男性にもね」
「あら、あなた、どちらもお好きな人?それで特定の恋人を作らないタイプって事?」
「東洋人的には即物的すぎると思うのかな?・・・でも、僕は僕の誠実が形になっているのを見つけた。だからそれを知らない本人に一生懸命教えてる」

真剣に言われて、桃は笑った。

「・・・すごい事言うのね」

誰かの誠実の形になる事ができるなら、嬉しい。

なんだかここのところいろいろあって。
祖父が亡くなり、葬儀と埋葬を済ませて、別れを経験して。
かつて母と愛し合ったが連れ添う事はなく、けれど確かに交差した時間はあったのだろう父と再会して。
そして、それははるかと自分もまた同じ。
彼は今間違いなく幸せであるようだ。
画像の中の幸福がそれを物語っていた。
彼の妻も、彼の母も初めて見たけれど。
なんとなく似ていると思った。
娘は父に、息子はははに似ている人を好むというのは本当なのかもしれない
彼らの幸福のその根拠がそれならば、喜ばしい事だ。

「・・・レオン、今回は本当にありがとう・・・。助かりました」

祖父の持ち物の全てとはいかなかったけど、多くのものを救い出せたようで嬉しかった。

「いいよ。大丈夫。ベニ、泣いてたでしょ」
「泣いてません」
「嘘」
「・・・そうね、泣いてたかも・・・」

ずっと泣いていたのかもしれない。
祖父の死を知らされて、驚いて悲しくて泣いたけど。
そういう事ではなく。
なんだが、ずっと昔から、子供の頃から泣いていたような気がする。

「・・・本当ね」
「やっぱりね」

レオンは安心させるように桃をまた抱きしめた。


「ねえ、ベニ。思ったんだけど。・・・紀元前に地中海で生まれた、その真髄エッセンスの道、がさ。ユーラシアを横断して、さっきの話だと、日本に辿り着いたのって、500年代なわけだよね」
「そうねぇ。だいぶかかったようねぇ。飛行機でビューンとか、ネットでパッて時代じゃないものね」
「うん。だよね。・・・すごい時間かかった。それでさ、今って、2000年代なわけじゃない?それがさ、何千年もかかって、戻って来たんだとしたら、すごくない?。僕達西洋が忘れてしまった真髄宝物

この人、それでずっと仏像見て感動していたのか。

「・・・すごい。そう思うレオンの感性もすごいと思う」

桃は素直に感心した。

感性というのは誰にでもあるようで、磨かなければ当然光らないけれど、決して誰にでも元から身に付いては居ないものだ。
とすると、彼はやっぱり、受信にも発信にも優れている芸術家アーティストという事か。

「・・・それがこうして、形になってここに戻って来たというのが、凄く嬉しい」

レオンはそれは桃だと言うと、頬に触れた。

かつて送り出した光の欠片が、長い時間を経て、研磨されて熟成されてかたちを備えてここに戻って来た。
その何と甘く、柔らかくしなやかに強い事か。

「・・・あのダイナミックでゴージャスなギリシャ彫刻とはだいぶ変わっちゃったけど?」

巨大な美術館にあって、一気に何百人、何千人、何万人もの人々に見られていても、どうだこれが美女というものだと全員が納得する大理石のギリシャやローマ時代の女神像を思い出す。
それに比べたら、自分はだいぶ貧相ではないか。

「長い時間かかっちゃったから当初よりだいぶ経年劣化しちゃった?同じ神様とか仏像でも、インドはもっと迫力あるし、中国のは豪華だし、タイとかは色っぽい感じなのよ?日本はやっぱりこう和食って言うか、ご飯とお味噌汁的に、サッパリしちゃってねぇ・・・」

桃が笑ったが、レオンが真剣な顔で否定した。

「ベニ、それを洗練と言うんだよ。・・・その証拠に、何でか日本に辿り着いたものって全部機能が良くなって小型化するもの。例えば、鉄道とか車とか。こないだ桃がドーナツの穴開けるのに使ってたきれいな小さなカップだってそう」
「・・・あれはお猪口ちょこですよ」

桃は笑い出した。

自分もまた、こうして戻って来たけれど。
以前から、ずっと前から胸の中の奥底にある何だかわからないものが、ここに戻りたいと言う無意識の願いだったのだろうかとも考えてみたりして。

例えばこの男の胸の奥には何があるのだろう。

以前、はるかはそれが赤い金魚だと、自分だと言った。

彼の中のその金魚は、今はどうしているのだろう。
彼が見つけた新しい正しい幸せの中に溶けて、消えてしまっただろうか。
それでいい。

桃はほんの少し思いを馳せた。
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