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西の魔女
しおりを挟む一人の旅人が、食事のために酒場に立ち寄った。何気なく入ったその酒場で、旅人はとある世間話を耳にした。
酔っ払いの胴間声や、一夜の享楽に誘う姦しい声でがやがやと騒がしい中でも、それを語る男達の声は大きくもないのに不思議と聞き取ることができた。
「──知ってるか? 『西の魔女』の話」
「魔女? ここいらじゃ魔法を使えない人間の方が少ないだろ?」
そこにいるのは二十代半ばくらいの若い男が二人。一人は痩せ型で背の高い男。もう一人は体格の良い大柄な男だ。『西の魔女』とやらの話を始めたのは痩せた男の方で、手に持ったジョッキの酒を呷って話を続ける。
「それが、何でもその魔女は相手が誰であろうと、触れた人間を例外なく呪い殺すんだとよ。呪われた奴は『今すぐ殺してくれ』と懇願するほど散々悶え苦しんで死ぬって噂だ」
「そりゃ、ぞっとしねえな。それが本当ならたしかに『魔女』だろうけど、それこそ教会が黙ってねえだろ」
教会には全し神に祝福されし人を護り、それを害するものを排除する使命を持つ聖騎士団がある。『魔女』とやらが実在するのならば、それこそ彼等の出番だろう。
「それこそ、呪い殺されたんじゃねえの?」
また酒を呷った男が、にへらっと赤ら顔で笑う。
「おいおい、呑み過ぎじゃないか? そんなことを騎士に聞かれたら目を付けられるぞ」
「おっと、そうだったな」
その言葉に我に帰った男が頭を掻いて辺りの様子を窺う。
それを呆れて見ていた大柄の男が、先の話で何か思い出したらしく口を開いた。
「そういえば、薬の聖女様がいるってのも西だったよな」
「ん? ああ、そんな話もあったな。確か俺の姪っ子と同じくらいの歳の女の子だったか」
「どんな病も、触れただけで立ち所に治しちまうっつう」
祝福が云々、と脱線しながらも薬の聖女と呼ばれる少女の話が続く。
男達の話に耳を傾けながら、旅人は食事を終えた。
「でも最近噂を聞かねえな」
「まあ、どっかで流行り病でも出ない限り話題にならんだろうよ」
「それもそうか。あ、そうそう、この間うちの姪っ子が……」
その後はすっかり身内の思い出話だった。
旅人は見切りを付けて酒場を後にする。そのまま西に向かいたいところだったが、この街は夜になると門が閉じられてしまう。なので、今夜は大人しく宿屋に行くことにした。
目的があっても当てのない旅に、ひとつの可能性を見出した。
旅人は思う。
──西の魔女とやらは、私を殺してくれるだろうか。
辺りに立ち込める夜闇が旅人を飲み込んでいった。
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