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番外 恵奈の覚悟

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 私は執念深い女だと思う。少し異常だという自覚もある。初恋の彼とはずっと会えなかったけれど、初恋で終わらせるつもりなんて欠片もなく、再会するまで忘れたことはない。

 再会した彼とはすぐに結ばれ、まるで運命だと自分でも思った。彼と過ごす日々は今までの乾いた心を満たすようでとても幸せだ。きっと私は彼と結ばれる為に生まれてきたんだと思っていた。

 そんな私は過ちを犯してしまった。慧という高校時代の元親友、その彼氏と体を重ねたのだ。

 執念深い私は慧が憎くて、彼女を再び傷つけてやりたくて、慧の彼と寝た。

 確かに彼女を傷つけるだけなら成功していた。


 でもその日から全ての歯車は狂ってしまい、私と彼の運命的な再会から始まった恋物語は歪む。


 いっくんにその男との情事を見られてしまった。いっくんが一番好き、あんな男なんてどうでも良いと言ったところで、いっくんは納得してくれなかったけど、それでも優しい彼は条件付きで私を許してくれた。


 思えばこの時に彼との別れを決断していれば、彼には別な幸せがあったのかもしれない。

 今更ではあるけれど、彼を解放してあげるべきだったと今は思う。


 でも、醜い私はみっともなく彼に縋り、繋ぎ止める事に精一杯で、いっくんの様子がおかしいことに気付けなかった。


 彼が決定的におかしくなってしまったのは彼が慧と体を重ね、それが五度目になった2週間後だった。

 それまではいっくんが慧に取られてしまうんじゃないかと焦るだけで、私自身既にその時には精神が安定していなかった事もあってか、いっくんの状態が分かっていなかった。

 いっくんには記憶の改竄や欠落が見られる。私の事を“けーちゃん”と呼んでくれる彼は、慧のことまで“けーちゃん”と呼び始めたのだ。

 そう呼ぶのはただの仕返しなんだと、私への罰なんだと…楽観的に考えていた自分を今では恨んでいる。それでも私は耐え切れず、叫んだり彼に詰め寄ったりもしていたが…。

 確かに最初は仕返しのつもりで彼は慧をそう呼んだのだと思う。でも、途中からは慧を本気で“けーちゃん”だと思っているようだった。そして私の事も“けーちゃん”と認識していた。

 彼にとって、“けーちゃん”は初めから二人いた事になっていたのだ。

 
 それに気が付いたのは慧が連絡してくれたからだ。いっくんの様子がおかしい…と。



 当時の私は愚だった。


「何?今更なんの用があるっての?また私のいっくん盗って楽しんでるんだろ!!」

「ち、ちがう…。今日はそういう話じゃないの…。」

「じゃあ仲直り?出来る訳無いでしょ!あんたと話すのはいっくんがそう言うから。あくまで表面上だってわかってるよね?!」

「今日は、ほんとに…違うの…。」

「今日はって何?じゃあいつもは楽しんでまーす!って?いい加減にしてよ!!」

「お願い!話を聞いて!!樹くんが…。様子がおかしいの……。」

 その時の慧は涙声だったと思う。

「あのね…。恵奈の事も、私の事もどっちも“けーちゃん”だって本気で思い込んでるの…。」

 …ぇ

「恵奈と慧、二人の幼馴染と付き合えて俺は幸せだ。って本気で言ってるの…。」

 なに…それ……

「樹君…絶対心の病気だよ。私達が喧嘩してた事も、本気で忘れてるの…。こうしていがみ合ってる場合じゃないの!!」


 私は頭の中が真っ白になっていた。


「樹君は元々何も悪い事してない。私達のいざこざに巻き込まれただけ…。」

 だから…と慧は続けた。

「恵奈は私が憎いかもしれないけど、樹君の為に…一旦その気持ちを呑み込んで、彼を助けてあげて!もちろん私も全面的に協力するから!」


 そうして恵奈と慧。二人の“けーちゃん”でいっくんを支える事を話し合って決めた。

 でもその時点で…いっくんだけじゃなく私まで記憶の欠落があって、彼を上手に支える事が最初は出来なかった。

 そこで慧が宣言通り、生活面でかなりの部分をサポートしてくれ、いっくんと私に献身的に尽くしてくれたのだ。何度もこちらのアパートへ通い、最終的には一緒に住むようになった。

 彼女が親友だと何度も言っていたのは嘘ではなかったと、その時になってから私は気付いた。

 三人でいる事に今は抵抗はない。いっくんと私を支える為に献身的に尽くす慧を見て、私も二人を支えて生きていきたいと思うようになった。彼女には心の底から感謝している。

 いっくんは二人とも大好きだと言ってくれる。私も二人が大好きだ。三人で付き合うというのは世間から見れば変な事だと思う。でもそれが今の私達の自然な付き合い方になっている。



 私は今幸せだ。




 でも、いっくんの病状が回復するのを祈りながらも、全てを思い出した彼が私を切り捨てるのではないかという恐怖がある。

 私はいつか訪れるであろうその日が本当に恐ろしい。


 もしそうなったら、辛くて私はまたおかしくなるかもしれないけど、もう一人の“けーちゃん”に全てを任せ、私は彼の前から去るつもりだ。
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