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本編
LEVEL12 / 小論は連想ゲームのように(前編)
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8月15日……学進ゼミを勇斗が訪れ、そして体験入学を許可されてから3日後、いわば「約束の期日」である。
勇斗を担当することになった杉田は、確かに3日あれば十分だと言った。しかし勇斗は相変わらず、その言葉の真意を測りかねていた。
(本当に大丈夫なのだろうか……)
当日の約束の時間である午前10時、その5分前に塾に入ると、スタッフルームには杉田がいて、勇斗と目が合った。
「おはよう」
「おはようございます」
スタッフルームから杉田が出てくると、そのフロアにある一番奥の教室に案内された。
隣の部屋。そしてその隣の部屋では既に夏期講習の授業が始まっている。そして、案内された部屋には誰も生徒がいない。
「ここでやるんですか?」
「そうだけど」
「えっと、夏期講習ではないんですか?」
「まあ、何というかな、感想文のための「個別指導」ってとこかな」
「そうですか」
「それだと困るか?」
「いや、大丈夫です」
「じゃあ、よろしく」
「よろしくお願いします」
教室に入ると杉田は一番前にある机を動かし、着席している勇斗と対面になるようにセッティングした。
そして着席すると机に自分の右肘をかけ、その人差し指を彼のこめかみに突き立てた。
何やら考え込むような姿勢をすると、その視線は勇斗ではなく本人から向かって左側の壁に注がれている。まるでTVか映画によくある、名探偵とか名刑事が推理をする仕草そのものだ。
「まず君は……ゲームの感想文が文学作品より楽なものだと思った」
(何、自分に酔ってるんだよ……)
勇斗は心の中で突っ込んだ。
本題に入らず、もったいつけるような態度をする杉田。いや、本題に入っているといえば入っているのだが……その、どうもナルシスティックな仕草は生徒である勇斗を置いてけぼりにし、自分の世界に入り込んでしまったようにも見えた。
「そして「課題をやる」と称し、親の注意も聞かずにゲームにのめり込んだ」
(ああ、そうだよ!悪かったな)
「ゲームをクリアした時点で、何を書けばいいかは完全に理解できていたはず」
(余計なお世話だバカヤロー)
「ところが実際はそうじゃなかった」
(嫌味か!)
「王様から魔王を倒せと言われ、仲間を集め、レベルアップをし、レアアイテムを集め……」
(魔王を倒す)
「そして魔王を倒す」
(いや、何言ってんだ、コイツに誘導されてどうするんだよ!)
「で、最後に一言「面白かったです」で終わり」
(あーそうだよ!文句あるか)
……いちいち、癇に障る奴だ。しかも、よりによって全て事実だから性質が悪い。
「まあ、普通の感覚だとそうだ」
「だってそうじゃないですか、普通」
「普通……ならばね」
「じゃあ、一体どうしろと?」
「考え方を変える」
「考え方を変える……ですか?」
「そう、読書感想文。というより小論の発想で考える」
「小論?つまり小論文……ですか?」
小論文。いや、ちょっと待て。いくら何でもそんな大袈裟な、と勇斗は思った。
確かに自分は読書感想文が書けない。そして自信たっぷりの杉田の態度を見て、おそらく自分とは別の知識や考え方があるのだろうとは思っていた。
――しかし、いきなり小論文とは。
大学生ならともかく中学生の自分に対し、いくら何でもそんなハードルの高い要求をするだろうか?
「一体、何を考えているんですか?」
「言ったとおりだよ、小論文」
「無理ですよ。杉田先生は大学生だから書けるかもしれないけど、俺は中学生ですよ?」
「学校で習ってないから……無理だって?」
「そうです、無理です」
――無理だ。いくら何でも小論文なんて。
勇斗が頼んだのは、あくまでも「夏休みの感想文」だ。小論文が書けるようになれば、確かにそれは凄い事なのかもしれない。
しかし今の自分に、そんなものは必要ない。大体、そんなものを4回か5回の授業で身に付けさせようなんて「そもそも不可能」じゃないか。
「別に……そんな難しく考えなくてもいいんだよ」
「だって、小論文ですよ?」
「じゃあ、今から簡単なのを教えてやるよ」
「簡単なの……ですか?」
「あ、この目は」と、勇斗は思った。
杉田はどうやら、本気らしい。前回、塾で石津と息が合い始めた辺りから、突然目つきが変わる。
それまでおチャラけた感じの兄ちゃんだった彼が、一転して「切れ者」になる、あの目だ……
(もしかしたら、いけるかもしれない)
根拠はない。しかし勇斗は直感的に何か「いける」という感じが全身に伝わってくる感触を覚えた。
「小論文ってさ、要するに連想ゲームみたいなものだよ」
「連想ゲーム……ですか?」
「そう、連想ゲーム」
勇斗は一瞬、全身の力が抜けたような気がした。
(さっきの感覚は一体、何だったんだ……)
何かとんでもないテクニックを教わると思えば、何のことはない、連想ゲームだという。
「そうだな、例えばゲームとしよう。ゲームといえば何?」
「ゲームですか?」
「ほら、連想ゲームだよ。ゲームといえば、一体何?」
からかっているのだろうか?いや、さっき一瞬だけ真剣な目付きをしていた。
(ここは、おそらく……)
「ゲームといえば……RPG」
「RPGといえば?」
「ドラクエ」
「ドラクエといえば?」
「勇者」
「勇者といえば?」
「魔王」
「魔王といえば?」
「世の中を乱す」
「世の中を乱すといえば?」
「えっと……それは」
しまった、と勇斗は思った。杉田の言われるがまま、成り行きでキーワードを思いつくままに言ってしまった。
しかし、後先を考えないキーワードを適当に繋げているようでは簡単に「手詰まり」となってしまう。
「じゃあ、それで文章を書いてみようか」
「書けるんですか?」
「もちろん!」
杉田は席を立ち、ホワイトボードにあるマジックをとる。
「今、言った事をここにまとめると……」
ゲーム
↓
RPG
↓
ドラクエ
↓
勇者
↓
魔王
↓
世の中を乱す
先程の会話の内容が、ホワイトボードに書き込まれた。
「じゃあ、これを文章にしてみる。大体こんな感じだ」
杉田はマジックをホワイトボードに置き、語り始めた。
「ゲームといえばRPGだと僕は思う」
「中でも一番のお気に入りはドラゴンクエスト。通称「ドラクエ」だ」
「ドラクエの主人公は勇者だ。そして勇者は魔王を倒すことを目的としている」
確かに、何となく文章っぽくなっている。
「なぜなら、魔王は世の中を乱しているからだ」
そして杉田は再びマジックをとる、
「しかし……だ」
そのマジックで勇斗を指す。
「しかし……の後には何が入ると思う?」
「何でしょうか?」
「解答は1個じゃない。というよりも何個もある。考えてごらん」
勇斗は考えた。確かに勇者が魔王を倒す理由があるとすれば、それは魔王が世界を支配しようとしている。つまり「世の中を乱そうとしている」のが原因だ。
それに対し、勇者が魔王の野望を阻止する。これがドラクエのメインストーリーともいえる。
「しかし……ですか」
「そう、しかし……」
「勇者一人で魔王は倒せるだろうか?」
「なるほど!」
「正解ですか?」
「分からない。ただ、それが「龍崎ゲーム論」のテーマだよ」
「僕の小論文のテーマ……ですか?」
「そう、テーマ」
勇斗には一体、何が起きているのか分からなかった。しかし、どうやら自分は小論文が書けているのだろうか?
すると杉田は、先程の板書に何やら追加事項を書き始めた。
ゲーム
↓
RPG
↓(特に)
ドラクエ
↓
勇者
↓(そして)
魔王
↓(なぜなら)
世の中を乱す
↓(しかし)
一人で魔王は倒せるか
「これが今の状態だ。連想ゲームの感覚は理解できたよね?」
「何となく、分かりました」
「そして、カッコ書きの部分が「「接続後」だ」
接続後……国語の授業で何となく聞いたことがある。しかし……
そう、「しかし」という言葉の意味なんて勇斗が深く考えたことは、むろん、ない。
「この指示語と接続後を、もし置き換えたら、どんな文章が出来ると思う?」
「置き換える、といいますと?」
「そうだな、例えば「なぜなら」を「しかし」に置き換えた場合、どうなると思う?」
「しかし……(魔王は)世の中を乱す。いや、おかしいでしょ」
「そう、おかしい。だからこの場合、魔王は世の中を「乱さない」とした方が自然だ」
――えっ、でもそれじゃあ、
「ゲームが成り立たないじゃないですか」
「確かに。でも文章は成り立つんだよ」
「どういうことですか?」
杉田は先程の板書を一部を消し、その部分にマジックで書き足した。
魔王
↓(しかし)
世の中を乱さない
「勇者は魔王を倒す……しかし、何故か魔王は世の中を乱さない。もしこうなった場合、どういう文章を書く?」
「そうですね……魔王と仲良くなる(笑)」
「そのとおり!」
――えっ、それってちょっと、
いくら何でも、魔王と仲良くなってはダメだろう。そんな勇斗の疑問とも突っ込みともつかない内容をよそに、杉田は続ける。
「要は世の中が乱れなければいいわけだ、だとすれば、別に魔王を倒すだけが方法ではないんじゃないか?」
――いや、ちょっと待て、
もはやゲームになっていないではないか、と勇斗は思った。
「でも、勇者はそれでいいとして、それは魔王の手下になるってことじゃないですか?」
「それも正解」
「どういうことですか?」
「つまり、全ての人間が最初から魔王の手下になる。それも人が生き残る方法ってわけだ」
――そりゃ、確かにそうなのだが、
「だって魔王は世の中を乱してないじゃないか。だとすれば、それでも正解」
「言われてみれば、そうですが……」
「つまり、これが小論文なんだよ」
そして杉田はさらに板書を付け足した。
魔王
↓(しかし)
世の中を乱さない
↓(だから)
勇者は魔王と戦わない
「魔王が世の中を乱さない。だから、勇者は魔王と戦わない、むしろ話し合う。というより、仲良くすべきでは?」
「何か変ですね」
「そう、変だ。でも小論文としては「合格」なんだよ」
なるほど、確かに魔王は倒すもの、と思っていた。しかし「世界の平和を守る」と考えた場合、本当にそれが正しい方法なのだろうか?
いや、魔王というのが人間の勝手に決めつけたもので、実は意外といい奴だったとか……いやいや、でもやっぱりおかしい。そもそもゲームのシナリオを勝手にいじくるような設定に無理があるんじゃないのか?
そんな勇斗の悩みに助け舟を出すかの如く、杉田は続けた。
「じゃあ、さっきに話に戻るけど」
「さっきの話……何でしたっけ?」
「魔王は一人で倒せるのかって話」
「あっ、そうでした」
そう、それが聞きたかったんだよ。何だか魔王と仲良くなって、世界の支配者の仲間に加えてもらおうみたいな展開って、やっぱりゲームのシナリオ的にはNGじゃないか……
「しかし、「魔王は一人で倒せるか」の続きを今までのやり方で考えた場合、どう思う?」
「やっぱり仲間が必要だと思うのですが」
「なるほど」
再びホワイトボードを消すと、その部分に新たな展開が書き込まれた。
勇者
↓(そして)
魔王
↓(なぜなら)
世の中を乱す
↓(しかし)
一人で魔王は倒せるか
↓(やはり)
仲間が必要だ
「こんな感じかな」
「なるほど」
「じゃあ、仲間って何?連想ゲーム的に言うと」
「そうですね、例えば魔法を使えるとか、あと強力な武器を装備できるとか」
「それってつまり「勇者とは違う能力」ってことだよね?」
「あっ、確かに」
杉田は更に、板書の部分を書き加える。
一人で魔王は倒せるか
↓(やはり)
仲間が必要だ
↓(すなわち)
魔法や強力な武器を使える等、「自分にない能力がある」仲間を加える必要がある
「これってさ、何かに似ていると思わないか?」
「似ている……ですか?」
「そう、例えば部活だと、どうだろう?」
なるほど。言われてみればそうかもしれない。勇者というのは野球でいえば、エースとか4番みたいなものだろうか。
しかし、それだけで試合には勝てない。例えば「バントが上手い」「打撃はイマイチでも守備は上手い」とか、そういうのが必要な気がする。
「野球の場合、どうかな?」
まさしく「絶好球」だ。勇斗は今、自分が思ったとおりのことを答えた。
「勇者って、例えばエースとか4番みたいな感じですよね。でもそれだけじゃ試合に勝てないだろうし」
「確かに。じゃあ、あと何があれば勝てると思う?」
「バントとか、守備とか」
「つまり、このゲーム論というのは、ドラクエを通じて野球部の感想を述べているということでOKかな?」
――いや、別にそれ「だけ」じゃないのだが、
「じゃあ他には?」
「そうですね……例えば合唱部は高い声、つまりソプラノだけじゃ、いい合唱は出来ないですよね」
「確かにそうだ。つまり」
――ということは、つまり、
「ドラクエとは、チームワークの大切さを学ぶゲームだってことだ」
「なるほど、確かに」
「以上。龍崎勇斗「ドラクエのチームワーク論」の完成」
ドラクエとチームワーク。確かに言われてみればそうだ。
すると杉田は板書の下の、残り少ないスペースに書き足す。
一人で魔王は倒せるか
↓(やはり)
仲間が必要だ
↓(すなわち)
魔法や強力な武器を使える等、「自分にない能力がある」仲間を加える必要がある
↓(例えば)
部活の場合、どうだろうか。野球部の場合は?
↓(あるいは)
合唱部の場合は?
↓(つまり)
ドラクエはチームワークを学ぶもの。
「なるほど、何か文章っぽくなってますね」
「文章っぽいじゃない。正真正銘の文章だよ」
チームワークか……確かに、ドラクエはどの仲間を選択したかによって難易度が大きく変わる。
むろん、攻略本には「最も攻略に適した」仲間。即ち「パーティー」というのが紹介されており、大概はそのパーティーでクリアすることになる。
だが一度クリアし、ある程度余裕が出てくると、今度は違うパーティーでプレイしたくなってくる。
実際にYouTubeでも、「最もクリアが困難な組み合わせ」でプレイをしているゲーム実況者は多く存在し、そのような内容で多くの視聴回数を稼いでいるケースも少なくない。
「部活だとどうだろうか?いや、もしかして将棋の場合も……」
勇斗は一応、将棋部だ。将棋は飛車角落ちのような「困難なパーティー」で挑むケースも実際にあるし、あるいは思わぬ形で駒を獲られてしまった場合、残された手駒で不利な状況を戦わなければならない。
そう考えれば、ドラクエにおけるチームワークという話は必ずしもスポーツにおけるチームワークだけでない。
将棋。あるいはチェスといった「他のゲーム」にも使える話なのかもしれない。
勇斗がそのような考え事をしていると、隣の教室がにわかに騒がしくなった。
「おっと、もうこんな時間か」
時計の針は午前11時を回っている。どうやら休憩時間らしい。
「じゃあ、10分ほど休憩な」
そう言い残すと杉田は一旦、教室を去って行った。
勇斗を担当することになった杉田は、確かに3日あれば十分だと言った。しかし勇斗は相変わらず、その言葉の真意を測りかねていた。
(本当に大丈夫なのだろうか……)
当日の約束の時間である午前10時、その5分前に塾に入ると、スタッフルームには杉田がいて、勇斗と目が合った。
「おはよう」
「おはようございます」
スタッフルームから杉田が出てくると、そのフロアにある一番奥の教室に案内された。
隣の部屋。そしてその隣の部屋では既に夏期講習の授業が始まっている。そして、案内された部屋には誰も生徒がいない。
「ここでやるんですか?」
「そうだけど」
「えっと、夏期講習ではないんですか?」
「まあ、何というかな、感想文のための「個別指導」ってとこかな」
「そうですか」
「それだと困るか?」
「いや、大丈夫です」
「じゃあ、よろしく」
「よろしくお願いします」
教室に入ると杉田は一番前にある机を動かし、着席している勇斗と対面になるようにセッティングした。
そして着席すると机に自分の右肘をかけ、その人差し指を彼のこめかみに突き立てた。
何やら考え込むような姿勢をすると、その視線は勇斗ではなく本人から向かって左側の壁に注がれている。まるでTVか映画によくある、名探偵とか名刑事が推理をする仕草そのものだ。
「まず君は……ゲームの感想文が文学作品より楽なものだと思った」
(何、自分に酔ってるんだよ……)
勇斗は心の中で突っ込んだ。
本題に入らず、もったいつけるような態度をする杉田。いや、本題に入っているといえば入っているのだが……その、どうもナルシスティックな仕草は生徒である勇斗を置いてけぼりにし、自分の世界に入り込んでしまったようにも見えた。
「そして「課題をやる」と称し、親の注意も聞かずにゲームにのめり込んだ」
(ああ、そうだよ!悪かったな)
「ゲームをクリアした時点で、何を書けばいいかは完全に理解できていたはず」
(余計なお世話だバカヤロー)
「ところが実際はそうじゃなかった」
(嫌味か!)
「王様から魔王を倒せと言われ、仲間を集め、レベルアップをし、レアアイテムを集め……」
(魔王を倒す)
「そして魔王を倒す」
(いや、何言ってんだ、コイツに誘導されてどうするんだよ!)
「で、最後に一言「面白かったです」で終わり」
(あーそうだよ!文句あるか)
……いちいち、癇に障る奴だ。しかも、よりによって全て事実だから性質が悪い。
「まあ、普通の感覚だとそうだ」
「だってそうじゃないですか、普通」
「普通……ならばね」
「じゃあ、一体どうしろと?」
「考え方を変える」
「考え方を変える……ですか?」
「そう、読書感想文。というより小論の発想で考える」
「小論?つまり小論文……ですか?」
小論文。いや、ちょっと待て。いくら何でもそんな大袈裟な、と勇斗は思った。
確かに自分は読書感想文が書けない。そして自信たっぷりの杉田の態度を見て、おそらく自分とは別の知識や考え方があるのだろうとは思っていた。
――しかし、いきなり小論文とは。
大学生ならともかく中学生の自分に対し、いくら何でもそんなハードルの高い要求をするだろうか?
「一体、何を考えているんですか?」
「言ったとおりだよ、小論文」
「無理ですよ。杉田先生は大学生だから書けるかもしれないけど、俺は中学生ですよ?」
「学校で習ってないから……無理だって?」
「そうです、無理です」
――無理だ。いくら何でも小論文なんて。
勇斗が頼んだのは、あくまでも「夏休みの感想文」だ。小論文が書けるようになれば、確かにそれは凄い事なのかもしれない。
しかし今の自分に、そんなものは必要ない。大体、そんなものを4回か5回の授業で身に付けさせようなんて「そもそも不可能」じゃないか。
「別に……そんな難しく考えなくてもいいんだよ」
「だって、小論文ですよ?」
「じゃあ、今から簡単なのを教えてやるよ」
「簡単なの……ですか?」
「あ、この目は」と、勇斗は思った。
杉田はどうやら、本気らしい。前回、塾で石津と息が合い始めた辺りから、突然目つきが変わる。
それまでおチャラけた感じの兄ちゃんだった彼が、一転して「切れ者」になる、あの目だ……
(もしかしたら、いけるかもしれない)
根拠はない。しかし勇斗は直感的に何か「いける」という感じが全身に伝わってくる感触を覚えた。
「小論文ってさ、要するに連想ゲームみたいなものだよ」
「連想ゲーム……ですか?」
「そう、連想ゲーム」
勇斗は一瞬、全身の力が抜けたような気がした。
(さっきの感覚は一体、何だったんだ……)
何かとんでもないテクニックを教わると思えば、何のことはない、連想ゲームだという。
「そうだな、例えばゲームとしよう。ゲームといえば何?」
「ゲームですか?」
「ほら、連想ゲームだよ。ゲームといえば、一体何?」
からかっているのだろうか?いや、さっき一瞬だけ真剣な目付きをしていた。
(ここは、おそらく……)
「ゲームといえば……RPG」
「RPGといえば?」
「ドラクエ」
「ドラクエといえば?」
「勇者」
「勇者といえば?」
「魔王」
「魔王といえば?」
「世の中を乱す」
「世の中を乱すといえば?」
「えっと……それは」
しまった、と勇斗は思った。杉田の言われるがまま、成り行きでキーワードを思いつくままに言ってしまった。
しかし、後先を考えないキーワードを適当に繋げているようでは簡単に「手詰まり」となってしまう。
「じゃあ、それで文章を書いてみようか」
「書けるんですか?」
「もちろん!」
杉田は席を立ち、ホワイトボードにあるマジックをとる。
「今、言った事をここにまとめると……」
ゲーム
↓
RPG
↓
ドラクエ
↓
勇者
↓
魔王
↓
世の中を乱す
先程の会話の内容が、ホワイトボードに書き込まれた。
「じゃあ、これを文章にしてみる。大体こんな感じだ」
杉田はマジックをホワイトボードに置き、語り始めた。
「ゲームといえばRPGだと僕は思う」
「中でも一番のお気に入りはドラゴンクエスト。通称「ドラクエ」だ」
「ドラクエの主人公は勇者だ。そして勇者は魔王を倒すことを目的としている」
確かに、何となく文章っぽくなっている。
「なぜなら、魔王は世の中を乱しているからだ」
そして杉田は再びマジックをとる、
「しかし……だ」
そのマジックで勇斗を指す。
「しかし……の後には何が入ると思う?」
「何でしょうか?」
「解答は1個じゃない。というよりも何個もある。考えてごらん」
勇斗は考えた。確かに勇者が魔王を倒す理由があるとすれば、それは魔王が世界を支配しようとしている。つまり「世の中を乱そうとしている」のが原因だ。
それに対し、勇者が魔王の野望を阻止する。これがドラクエのメインストーリーともいえる。
「しかし……ですか」
「そう、しかし……」
「勇者一人で魔王は倒せるだろうか?」
「なるほど!」
「正解ですか?」
「分からない。ただ、それが「龍崎ゲーム論」のテーマだよ」
「僕の小論文のテーマ……ですか?」
「そう、テーマ」
勇斗には一体、何が起きているのか分からなかった。しかし、どうやら自分は小論文が書けているのだろうか?
すると杉田は、先程の板書に何やら追加事項を書き始めた。
ゲーム
↓
RPG
↓(特に)
ドラクエ
↓
勇者
↓(そして)
魔王
↓(なぜなら)
世の中を乱す
↓(しかし)
一人で魔王は倒せるか
「これが今の状態だ。連想ゲームの感覚は理解できたよね?」
「何となく、分かりました」
「そして、カッコ書きの部分が「「接続後」だ」
接続後……国語の授業で何となく聞いたことがある。しかし……
そう、「しかし」という言葉の意味なんて勇斗が深く考えたことは、むろん、ない。
「この指示語と接続後を、もし置き換えたら、どんな文章が出来ると思う?」
「置き換える、といいますと?」
「そうだな、例えば「なぜなら」を「しかし」に置き換えた場合、どうなると思う?」
「しかし……(魔王は)世の中を乱す。いや、おかしいでしょ」
「そう、おかしい。だからこの場合、魔王は世の中を「乱さない」とした方が自然だ」
――えっ、でもそれじゃあ、
「ゲームが成り立たないじゃないですか」
「確かに。でも文章は成り立つんだよ」
「どういうことですか?」
杉田は先程の板書を一部を消し、その部分にマジックで書き足した。
魔王
↓(しかし)
世の中を乱さない
「勇者は魔王を倒す……しかし、何故か魔王は世の中を乱さない。もしこうなった場合、どういう文章を書く?」
「そうですね……魔王と仲良くなる(笑)」
「そのとおり!」
――えっ、それってちょっと、
いくら何でも、魔王と仲良くなってはダメだろう。そんな勇斗の疑問とも突っ込みともつかない内容をよそに、杉田は続ける。
「要は世の中が乱れなければいいわけだ、だとすれば、別に魔王を倒すだけが方法ではないんじゃないか?」
――いや、ちょっと待て、
もはやゲームになっていないではないか、と勇斗は思った。
「でも、勇者はそれでいいとして、それは魔王の手下になるってことじゃないですか?」
「それも正解」
「どういうことですか?」
「つまり、全ての人間が最初から魔王の手下になる。それも人が生き残る方法ってわけだ」
――そりゃ、確かにそうなのだが、
「だって魔王は世の中を乱してないじゃないか。だとすれば、それでも正解」
「言われてみれば、そうですが……」
「つまり、これが小論文なんだよ」
そして杉田はさらに板書を付け足した。
魔王
↓(しかし)
世の中を乱さない
↓(だから)
勇者は魔王と戦わない
「魔王が世の中を乱さない。だから、勇者は魔王と戦わない、むしろ話し合う。というより、仲良くすべきでは?」
「何か変ですね」
「そう、変だ。でも小論文としては「合格」なんだよ」
なるほど、確かに魔王は倒すもの、と思っていた。しかし「世界の平和を守る」と考えた場合、本当にそれが正しい方法なのだろうか?
いや、魔王というのが人間の勝手に決めつけたもので、実は意外といい奴だったとか……いやいや、でもやっぱりおかしい。そもそもゲームのシナリオを勝手にいじくるような設定に無理があるんじゃないのか?
そんな勇斗の悩みに助け舟を出すかの如く、杉田は続けた。
「じゃあ、さっきに話に戻るけど」
「さっきの話……何でしたっけ?」
「魔王は一人で倒せるのかって話」
「あっ、そうでした」
そう、それが聞きたかったんだよ。何だか魔王と仲良くなって、世界の支配者の仲間に加えてもらおうみたいな展開って、やっぱりゲームのシナリオ的にはNGじゃないか……
「しかし、「魔王は一人で倒せるか」の続きを今までのやり方で考えた場合、どう思う?」
「やっぱり仲間が必要だと思うのですが」
「なるほど」
再びホワイトボードを消すと、その部分に新たな展開が書き込まれた。
勇者
↓(そして)
魔王
↓(なぜなら)
世の中を乱す
↓(しかし)
一人で魔王は倒せるか
↓(やはり)
仲間が必要だ
「こんな感じかな」
「なるほど」
「じゃあ、仲間って何?連想ゲーム的に言うと」
「そうですね、例えば魔法を使えるとか、あと強力な武器を装備できるとか」
「それってつまり「勇者とは違う能力」ってことだよね?」
「あっ、確かに」
杉田は更に、板書の部分を書き加える。
一人で魔王は倒せるか
↓(やはり)
仲間が必要だ
↓(すなわち)
魔法や強力な武器を使える等、「自分にない能力がある」仲間を加える必要がある
「これってさ、何かに似ていると思わないか?」
「似ている……ですか?」
「そう、例えば部活だと、どうだろう?」
なるほど。言われてみればそうかもしれない。勇者というのは野球でいえば、エースとか4番みたいなものだろうか。
しかし、それだけで試合には勝てない。例えば「バントが上手い」「打撃はイマイチでも守備は上手い」とか、そういうのが必要な気がする。
「野球の場合、どうかな?」
まさしく「絶好球」だ。勇斗は今、自分が思ったとおりのことを答えた。
「勇者って、例えばエースとか4番みたいな感じですよね。でもそれだけじゃ試合に勝てないだろうし」
「確かに。じゃあ、あと何があれば勝てると思う?」
「バントとか、守備とか」
「つまり、このゲーム論というのは、ドラクエを通じて野球部の感想を述べているということでOKかな?」
――いや、別にそれ「だけ」じゃないのだが、
「じゃあ他には?」
「そうですね……例えば合唱部は高い声、つまりソプラノだけじゃ、いい合唱は出来ないですよね」
「確かにそうだ。つまり」
――ということは、つまり、
「ドラクエとは、チームワークの大切さを学ぶゲームだってことだ」
「なるほど、確かに」
「以上。龍崎勇斗「ドラクエのチームワーク論」の完成」
ドラクエとチームワーク。確かに言われてみればそうだ。
すると杉田は板書の下の、残り少ないスペースに書き足す。
一人で魔王は倒せるか
↓(やはり)
仲間が必要だ
↓(すなわち)
魔法や強力な武器を使える等、「自分にない能力がある」仲間を加える必要がある
↓(例えば)
部活の場合、どうだろうか。野球部の場合は?
↓(あるいは)
合唱部の場合は?
↓(つまり)
ドラクエはチームワークを学ぶもの。
「なるほど、何か文章っぽくなってますね」
「文章っぽいじゃない。正真正銘の文章だよ」
チームワークか……確かに、ドラクエはどの仲間を選択したかによって難易度が大きく変わる。
むろん、攻略本には「最も攻略に適した」仲間。即ち「パーティー」というのが紹介されており、大概はそのパーティーでクリアすることになる。
だが一度クリアし、ある程度余裕が出てくると、今度は違うパーティーでプレイしたくなってくる。
実際にYouTubeでも、「最もクリアが困難な組み合わせ」でプレイをしているゲーム実況者は多く存在し、そのような内容で多くの視聴回数を稼いでいるケースも少なくない。
「部活だとどうだろうか?いや、もしかして将棋の場合も……」
勇斗は一応、将棋部だ。将棋は飛車角落ちのような「困難なパーティー」で挑むケースも実際にあるし、あるいは思わぬ形で駒を獲られてしまった場合、残された手駒で不利な状況を戦わなければならない。
そう考えれば、ドラクエにおけるチームワークという話は必ずしもスポーツにおけるチームワークだけでない。
将棋。あるいはチェスといった「他のゲーム」にも使える話なのかもしれない。
勇斗がそのような考え事をしていると、隣の教室がにわかに騒がしくなった。
「おっと、もうこんな時間か」
時計の針は午前11時を回っている。どうやら休憩時間らしい。
「じゃあ、10分ほど休憩な」
そう言い残すと杉田は一旦、教室を去って行った。
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