不死身のボッカ

暁丸

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逓信ギルドの特急運搬人

運搬人と魔猟師スタークの小隊 5

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 スターク達が戻ると、ボッカは砂浜で貝殻の破片集めをしていた。服の裂け目は適当に繕われているが、傍目に見てもボロボロだ。スタークは(日当で元が取れるのだろうか…)などと、余計な事を考えてしまう。
 四人に気が付いたボッカは手を止めて立ち上がった。

 「お帰りなさい、どうでした?」
 「見た感じ本当に知らなかったようだな、迷惑かけた詫びだって追加の干物を貰って来た」
 「そうですか。目ぼしい破片はだいたい集めて水洗いしました。身はどうします?」
 「解剖する!。毒が怖いんで手伝ってくれ。あれ触っても平気?」
 「はい、問題ありません」

 それまでスタークの後ろで退屈そうにしていたアーイソンが、食い気味に乗り出して来た。ボッカはアーイソンの指示通り、焼け残った巨大な貝タコの身を山刀とナイフで割き、それをアーイソンがスケッチしていく。その作業は恐ろしく念入りで、皮を1枚1枚剥がし、内臓の一つ一つをバラして記録に収めて行く。体内からはそこそこの大きさの魔石が出て来た。魔石は魔力を吸収して変異する魔獣独特のもので、小鬼は持っていない。『余剰の魔力が結晶化した、結石みたいなもの』なのだそうだ。

 興奮した表情で解剖を終えると、アーイソンは背嚢にぐったりと寄り掛かり目を閉じてしばらくブツブツと呟いていた。そして帳面を取り出すと、何かを思い出したように書き込みと修正を続ける。
 それを横目に見ながら、ボッカはバラバラに解体された貝タコの身を紐でぐるぐる巻きにしてまとめると、石を重りにしてざぶざぶと沖に押し出して行った。
 解剖をしている間、スタークとグリダは、火をおこし野営の準備に鍋を持って近くの小川まで水を汲んでいた。解剖とスケッチにはそこそこ時間がかかり、もう日は水平線の向こうに隠れようとしていた。



 「で、実際のところどうなのさ?」
 「見てもらうしかないですね……」

 焚火の火を前に、ボッカは覆面を取ると継ぎだらけの上着も脱いだ。ついでに、脱いだ服は真水を入れた自分の鍋に放り込んで塩抜きもしておく。まだ明るかったので、靴以外は脱がずに海に入った。服は塩を噴き始めていた。
 そこにいたのは、全身が茶褐色の甲羅で包まれた人型の生き物。腹の甲羅には銛の突き刺さった穴が残っている。顔は昆虫のようで、黒く輝く複眼が二つ、単眼が二つ、その真ん中には一対の触覚があり、口は横に開く大顎だった。

 「…どう…思います?」

 首に付けた魔法道具から声がする。甲殻人はこちらの大陸の人間のような声が発声ができない。意思疎通は音声を出す魔法道具を使わなければならない。

 「いいね、実にいい。なんか汁出そうだ。こういう出会いがあるから、外の仕事はやめられないんだ…」
 「やめてくださいよ、全裸見て興奮して汁が出るとか…」

 テレンスがツッコミを入れると、全員が「うんうん」とうなずく。興奮気味に語るアーイソンに、周りは全員ドン引きしている。
 その一方で、ボッカは内心でテレンスの成長を喜んでいた。強力な魔獣との戦闘を経てテレンスは一皮剥けたらしい。おどおどしていた態度が嘘のように、実に優秀なツッコミ役になった。正直、岩人に一々ツッコミ入れてるとキリがないので辟易していたところだ。彼がツッコミをやってくれるなら、だいぶ楽になる。
 回復術士の成長として正しいのか、多少疑問が残らないでもないが些細な事だ。

 「何かおかしいか?生物の姿こそ自然が生んだ機能美の極致だ。その内部まで余すことなく探れるとなれば、脳を活性化させる汁がドバドバ出るだろ?。さっきあの貝タコを解剖しているときも何度か絶頂を味わったぞ」
 「そんなのはあなただけです。普通の人間はそんな汁がドバドバ出たら死にます」

 またしても的確なテレンスのツッコミに、(そんなのお前だけだ!)と思っていた全員が無言でうなずく。解剖して興奮して絶頂とかどんだけ変態だ。しかも出る汁は脳汁かよ。

 「解剖は勘弁してください」
 「さすがに生きた人間を捌く気は無いよ。俺が欲しいのは新鮮な死体だ」

 三人が腰を動かして、なんとなくアーイソンから距離を取った。
 しかし、変態ではあるがアーイソンは有能だし、真剣だった。興奮しながらも上から下までじっとボッカを見つめている。
 確かに見た目は話に聞く甲殻人そのままだ。非常識な耐久力も、アーイソンが知らないだけで甲殻人には普通の事なのかもしれない。なにしろアーイソンは甲殻人についてほとんど知らないのだから。だが、何かが違うと直感が告げていた。

 「うん、甲殻人なんだろうな、見た事は無いが話に聞いた通りだ。……だけど、違うと思う。まぁ、だったら正体はなんだと言われてもさっぱりわからんが」

 じっとボッカを見ていたアーイソンが呟いた。
 そう指摘を受けてもボッカはしばらく黙ったままだった。
 (この姿を見せれば納得してくれないか?)と、かすかに期待していたがダメだった。爆発に巻き込まれて無事だった時点で、『実は貝タコは大したことない敵だった作戦』は破綻している。
 いつものように会話で混乱させて煙に巻こうかと思ったが、岩人は脳筋の探索者とは訳が違う。変態でも頭の回転は恐ろしく速い。余計な事を言えば藪蛇になりかねない。
 (仕方無い…こうなれば最後の手段。あまりやりたく無かったが組合の権威を使って黙らせるしかない)とボッカは肚を決めた。

 「…まぁ、どう思われてもかまいませんが、俺は甲殻人です。詮索も無しにしていただけると助かります」

 理由も無しに一方的に言われたアーイソンは不満げに頬を膨らませる。その姿だけなら、まるっきり少年のままだった。中身が変態のオッサンだとしても。

 「まぁ、なんでもかんまねげどな、おめさまがにんげんなのはまぢがいねし」

 そういってグリダは「がはははは」と笑う。
 そもそもが只人の国では異形のグリダは、別にボッカが何人だろうと最初から気にしていない。

 「はい。俺は間違いなく<人間>です。王国がそう認めてくれました。王国の人間だからこそ俺は逓信ギルドで働くことできます」

 これは出まかせではない。身バレに繋がりかねないから、こんな場合以外は明かすつもりが無いだけだ。
 ボッカの切り札に、四人が顔を見合わせた。確かに逓信ギルドの身元調査はかなり厳格だが、まさか王国が身元承認をしているとは思っていなかったのだ。

 「じゃあ、なんでわざわざ素性を隠してるんだい?」
 「…ちょっと頑丈なせいで、探索者からも魔猟師からも小隊に入れってしつこく誘われるんですよ。場合によっては脅しも交えて。ギルドは引き抜きは認めませんが私生活までは守ってくれませんので、仕事する時は姿は見せず名乗らないようにしてます」
 「それで名前も見せなかったのか」

 逓信ギルド章の名前の欄を見せないようにしていたことをスタークが指摘すると、ボッカが僅かに頷いた。
 「アレは『ちょっと』ってレベルじゃないでしょうよ…」とテレンスがツッコんでいるが、できれば君はアーイソンへのツッコミに注力してほしい。

 「まぁ、毒無効で、あの怪力で、しかも只人なら致命傷なコレが平気だったら、引く手数多だろうね」
 「前衛とか全く向かないので、仕事を変える気はありません。もちろん荷運びならご協力させていただきますが」
 「いや、なかなか堂に入った戦士ぶりだったが…」

 ボッカはふるふるを首を振ると、まとめてある貝タコの貝殻を指さした。

 「あの殻なら、グリダさんなら俺みたいな手間もかけずに叩き割れるのでは?」
 「どぐさえなげればな。……あんま、わりぃごだいいだがねぇが、おめさまのおのは、はがたってながったな」

 本職の重戦士は、ボッカの斧使いは刃筋が立っていなかった(真っ直ぐに命中していない)と指摘した。刃筋を立てるのは、剣士の最も基本的な技能だ。どんな名剣でも相手に真っ直ぐ当てなければ斬る事はできない。ボッカの攻撃は腕力に物を言わせて斧を振り回していただけだった。当たっても殻を滑り、斜めに弾かれ、なかなか打撃を通す事ができなかった。
 そもそもちゃんと命中させることが出来るなら、頭に一撃を入れてケリがついていたかもしれない。

 「素人って訳じゃないんですよ、訓練してアレなんです。止まった的になら当てられますが、相手か自分が動く状態では無理です。俺はその程度の腕なんですよ、いくら腕力があろうが頑丈だろうが、こんなのが前衛なんかしてたら、いつか自分か周りが死にます」
 「そんなんでも、俺達を助けるのに闘ってくれたのかい?」
 「……そりゃ、配達途中だったら普通に通り過ぎますけどね。今は歩荷とはいえ小隊の一員ですから、見捨てて逃げたらいくら何でも寝覚めが悪いですし、放っておいたらあの村が餌場になるかもしれませんから」
 「君も随分なお人好しだね」
 「いえ、……俺は単なる偽善者ですよ」

 自分が言った事を言い返されて、スタークはにやりと笑った。後ろでテレンスが「偽善者は自分を偽善者と言いませんよ」…などと呟いている。

 「判った。君の事は他人に話さないよ、詮索もしない。判ったなアーイソン?」
 「………判ったよ。でもさ、他言はしないから、不死身のボッカ君の名前だけでも教えてくれないか?」

 アーイソン以外が「え?」という顔で固まった。
 空気が…シン…と冷え、焚火のはぜる音だけが響く。

 ようやく「……それを『詮索』って言うのでは」とテレンスが小声でつぶやく。一行で矛盾してるような事を平気で言い出したので、ツッコミが間に合わなかったのだ。

 「……ボッカ君で不足なら、ムラサメでも、ジンナイでも、スギモトでも、ファ〇タジア・ブンコでも好きなように呼んでください」

 何かよく判らない単語も混じっているが、スタークにはボッカが怒っている事はだけ判った。声は平坦なのに、明らかに怒りが籠っていると判るのだ。この甲殻人は、正体を詮索されるのが本当に嫌なのだろう。

 (それにしても……)
 スタークはため息をつきたくなる。アーイソンは「そういう名前を聞きたい訳じゃ無いのに」と真顔で言っている。散々言い含めておいたのにこれだ。基本的にアーイソンは「他人がどう思うか」に無頓着なのだ。この性格のせいで、定期的にトラブルを引き起こす。前の治療術師はそれに耐えられず脱退してしまった。そして今またやりやがった、アーイソンの中では、名前を聞くのは『詮索』に含まれないのだ。恩人を怒らせてどうするんだこのポンコツは。

 「すまない、これ以上詮索はしないしさせないよ」

 スタークが詫びる後ろでは、グリダがアーイソンの口を塞いでいた。見事なコンビネーションだ。……つまりは、よくある事なのだ。

 「……すいません、俺もちょっと興奮し過ぎました。俺にとっては、不死身ってのはあんまりいいものじゃ無いんですよ……。あと、あなた方を疑いたくは無いんですが、運搬人志望の俺をだまくらかして小隊歩荷の資格取らせたのうちの支部長なんで、基本的に他人は信用しない事にしてます」

 「え?」 

 四人はまたしても顔を見合わせた。確かに元が商会の逓信ギルドは、所属のギルド員は雇用されている形態で、報酬は良いがギルドが仕事のノルマを割り振ると聞いていた(定期便の仕事があるので、そうやってシフトを決めないと仕事が回らないのだが…)。それにしたって、通常の歩荷と小隊歩荷の仕事の危険度は段違いだ。組合員を騙して資格を取らせて、希望しない現場に送り込むというのは、魔猟師ギルドでは考えられない。魔猟師ギルドは基本的に自己責任の世界だが、代わりに仲介するだけで仕事を強制する事も無い。
 アーイソンまでが「そら無いわ」と言ってるくらいだ。

 「そんなギルド、なんで辞めないのさ?」
 「逓信ギルドが設置されてる土地には、ほぼ自由に出入りできるからですよ」
 「うん?関所越えが楽なのが君の利点になるのかい?」
 「えぇ、未知の土地で未知の産物見て歩くのが趣味なんです、その点ではアーイソンさんと同じですね」

 暗に込めた「岩人と違って人に迷惑かけないけどな」というニュアンスを感じ取ったのだろう、アーイソンは横を向いて口をとがらせていた。
 スタークは苦笑いをすると、改めてボッカを見た。難儀な性格だが、アーイソンの観察力と直感は信用できる。ボッカは、見た目は甲殻人だが中身はなんだか判らない何かなのだ。でも、話した限りは……

 「何にしろ君が間違いなく<人間>だって判ったよ、詮索して済まなかった。さっき言った通り、君の事は周りに話さないと約束する」
 「もし、くみねぇとこじれでいぐどごなぐなったら、うぢげさこ。おめさまはおんじんだがら、なんぼでもめんどみっかんな」
 「はい、ありがとうございます」

 一日分余計に持って来た食料はその夜のうちに大盤振る舞いで消費し、空けたスペースにはありったけの貝殻と報酬の干物を詰め込んだ。往路を上回るかなりの重量になったが、夜明けと共に出発すると、ボッカは平気で背負子を背負って付いてくる。
 そうして、小隊は日が落ちる前にシンダイの街まで帰り着く事ができた。
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