不死身のボッカ

暁丸

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勇者の孫にTS転生した。今更やり直しを要求してももう遅い

共犯者 1

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 「おう、あれから三日だ。どうだ塩梅は?」

 食堂に入ってきた老人は、シリオンが居るのに気づくとそう声をかけた。椅子に掛けていたシリオンはチラリと視線は向けたものの、それには答えず皿に山と積まれた錠剤を次々口に放り込むと水で飲み下す。

 「やべェ薬は大概にしろよ…」

 呆れ気味に言いながら、老人…勇者トール…はシリオンの正面に座る。

 「俺が自分で作った薬だ。致死量はわきまえているよ」

 (そういう問題じゃねぇよ)とは口に出さず、トールはやれやれとばかりに肩をすくめた。




 しばらくの無言のあと、シリオンがぽつりと言った。

 「……上手くいった…と言い切れない」
 「ほう…」

 トールの反応は何気ないものであったが、同時に身体から暴風のごとき殺気が噴出した。だが、シリオンは僅かに眉をしかめただけだ。これでもまだ本気でないと知っている。

 「お前を殺さずに済む言い訳は聞けるんだろうな?」

 トールの声音は穏やかだが、さすがのシリオンも掌にじっとりと汗がにじむのを感じていた。

 「…お前の保管していた魂を、俺が作った身体に定着させる。これ自体は上手くいった。今も魂は霧散せず定着していて、視覚・聴覚も機能していることを確認した。音声で会話もできる」

 勇者は頷いて続きを促した。

 「だが、今の彼女はかなり感情が希薄になっているようだ。こちらから呼びかければ反応するが、それ以外ではしゃべりもしない。俺は元の彼女を知らないが、そういう娘では無かったのだろう?」
 「あぁ、男勝りの活発な娘だった」
 「最初は状況に混乱しているせいかと思ったが、どうもそうでは無いらしい。それに、記憶があちこち欠落しているらしい。これは反応を確かめるために彼女と何度か会話しているうちに、本人がそう言った」
 「なんてこった…」
 「それと…」
 「まだあるのか!」
 「身体も動かせはするが、感覚が無いせいで思うように動かせないようだ。今のところ寝たきりだ」

 「…ハァ~~~」

 トールが大きくため息をつくと同時に、殺気がやや和らいだ。シリオンの説明が、とりあえずは妥当だと考えたのだろう。

 「どうにかなるのか?原因はなんだ?」
 「身体に関しては本人に感想も聞いて、もう少し動かしやすい身体に改良してみる。慣れもあるだろうし、時間をかければどうにかなるだろう。感情と記憶は判らん、原因すら不明だ」
 「…お前のミスでは無いのだな?」

 シリオンの首筋がぞわりとする。これから言う事に嘘は無いのだが、それでもトールの殺気に晒されながら平生を保つのは容易ではない。多少の声の乱れは、威圧のせいだと思ってくれるだろうか…。

 「……あぁそうだ。ミスがあればそもそも魂が定着しない。……人のせいにするのは俺の主義に反するのだが…」

 皆まで聞かずとも、トールには心当たりがあった。トールは(限定的にだが)シリオンを信用している。この男が自分のミスで失敗したのなら、それを隠すはずが無い。技術的ミスが無いのなら、元々の魂に問題があったという事になる。

 「ウルスラが死んでかれこれ20年か…年月のせいか?」
 「収納の中は時間停止のはずだが…物体ではない魂の時間が停止するかどうか判らん。過去に魂を収納した例など聞いたことも無いからな。ただウルスラの魂を調べた限りは、人格と記憶が情報として納められているらしいことは判っている。肉体から切り離された魂が霧散する事も判っている。保管されていたとはいえ、肉体を失った魂に何等かの欠損が発生した…そう考えるのが一番可能性が高いとは思う…」

 トールは天を仰いで目を閉じた
 シリオンの言う事が正しいのなら、20年近く放置してしまった自分の責任という事になる。もちろん、シリオンと出会わなければ、そもそも蘇生させるという選択肢すら選びようが無かったのだから仕方ない。だが、「仕方ない」で済ませる事ができないほど、トールにとってウルスラの存在は大きくなっていた。今更天に帰すことなどできない。妄執と言われようが、今のトールにはウルスラの蘇生が全てなのだ。
 
 「記憶は情報の組み合わせだ。ド忘れしていた事を、ひょんなきっかけで思い出す事もあるだろ?前後の記憶から欠損を補完して、支障なく生活できるくらいになる可能性はある…と考えている」

 トールの様子を見かねて言うシリオンだが、これは多分に希望的観測を含んでいた。記憶の情報そのものが欠損した場合、それを周辺情報から復元できるかは判らない。

 「……今はどうなんだ?」
 「自分が誰だかは朧げらしい。ウルスラかどうか聞いたが、『たぶんそうだと思う』という答えだった。体を動かす過程で自分の身体が機械なのも見ているが、騒ぎもしなかった。……受け入れたという訳ではなく、現状を把握できないせいだと思うが。会話はできるし、質問すれば記憶を探り、自分で考えて答えてくれる。間違いなく人格も知能もある」
 「そうか…」
 「どうする?会うか?」
 「あぁ、もちろんだ」

 シリオンは鼓動が早まるのを感じた。自分はどうにか無難に切り抜ける事ができたと言っていいだろう。だが、ここから先は見守る以外できない。ウルスラは、記憶と感情が欠落しているが、間違いなくウルスラだとトールに納得させなければならない。トールがウルスラを別人だと思えば、ウルスラが破壊されるだけでは済まないだろう。自分も死ぬことになる…とシリオンは考えている。自分とウルスラは一蓮托生だ。自分の弁明には、ウルスラが間違いなく本人であるという、御膳立てとしての意味合いもあった。

 「よし、じゃ来い」

 覚悟を固めて工房に向かうシリオンに続いてトールは食堂を出た。



 部屋の中は、三日前と同じだった。ベッド…というよりは作業台の上に寝かされた少女…人間なのは顔だけで、それ以外は金属の骨格と筋肉剥き出しだが…がいた。
 二人が入っていくと、首を動かして視線を向けてきたが、その顔は仮面のように無表情だった。
 トールの目に不安の色がよぎる。

 確かに顔はウルスラだが、これはシリオンが作ったものだ、全くアテにならない。問題は中身がウルスラ本人かどうか、マトモな人間の心を持っているかどうか…だ。

 「こいつは…」

 トールは紹介しようとしたシリオンを片手で制した。

 「ウルスラ、俺が誰だか覚えているか?」

 娘にトールがそう問いかけた。
 勇者の声は、僅かに震えていた。たとえ魂はウルスラだろうとも、自分の事を…家族の事を忘れていたのでは、全く意味がない。記憶と人格の欠落とはどの程度のものなのか、それを確認しなければならない。もし、ウルスラがすっかり別人になってしまっていたら。自分の事もすっかり忘れていたら。孫を二度失う衝撃に自分は耐えられるのだろうか…。

 娘はトールを見つめて僅かに首を傾げた。相変わらず表情は動かない。整っているのに生気の感じられない、死人のような顔の唇が動いた。

 「お爺…ちゃん?」

 その声を聴いたトールは、その場でがっくりと膝を着いた。

 「ふ…ぐ…」

 俯いたトールからうめき声が漏れる。

 生前のウルスラは、貴族の娘とは思えない男勝りのガサツな娘だった。叱られるから、両親のことこそ「お父様」「お母様」と呼ぶものの、言葉使いに頓着しない勇者の事はついぞ「おじい様」などと上品には呼ばなかった。
 物心ついてから死ぬまで、ずっと「爺ちゃん」と呼んでいたのだ。
 トールをそう呼ぶのは、この世でただ一人だった。

 「うぐ…うあ…ああああああああああああああああ……」

 万夫不当と畏怖された勇者トールが、人目もはばからずに声を上げて泣いていた。
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