ミスリルの剣

りっち

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大きな依頼

11 ネクス再訪 (改)

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「いやもうほんっと助かりましたっ! ソイルさんを連れて帰れなかったら私の首も危うかったんですよー!」

「そんな明るく言うことかい? ったくつまんねぇことに巻き込まれちまったもんだぜ」


 俺は今、どこかの貴族の使用人らしいグリッジという男と共に、ネクスに向かう馬車の中で揺られている。

 馬車移動なんて殆どしたことがねぇから、ケツが痛くって仕方ねぇや。


 あのあと結局、俺はこのグリッジに押し切られる形で例の依頼を請けることになっちまった。当分ネクスには近寄りたくなかったんだけどなぁ……。

 
 イコンの冒険者ギルドに現れたグリッジは、俺にしがみ付いたまま、俺を連れ帰れなかった時の自分の処遇について泣きながら訴え続けたのだ。

 正直面識のない相手なんて、どんな目に遭おうが心からどうでも良かったのだが、まるで男同士の痴情の縺れにも見えかねない騒動を冒険者ギルド内で起こされた俺は、1秒でも早く場を収める為に謎の依頼を請ける事を余儀なくされたのだった。


 普段は金をケチって徒歩での移動がメインだが、馬車の旅ってのも優雅なもんで中々悪くないな。

 馬車に乗ってすぐの頃はそんな風に思っていたけど、安物の馬車じゃ座り心地が悪過ぎて景色を楽しみきれないのが玉に瑕だ。


 グリッジに押し切られて依頼を請けたとは言え、この依頼は未だに依頼人の名前すら分からない。何が起こるのか全く想像できないのだ。なので10日以内に俺がイコンに戻らなければ、捜索願を出してもらうようにとトゥムちゃんには頼んである。

 俺と同様に今回の依頼に不信感を抱いているトゥムちゃんは、俺の頼みを快く了承してくれた。


 ……捜索願なんて出したところで、殺された後じゃなんの意味もないんだけどよ。


「いやーでもソイルさんも人が悪いですよ! 結局請けてくれるんでしたら勿体振らずにさっさと請けてくれれば良かったのにー! そうしたら私もイコンまで来なくて済んだんですよ?」

「よくもまぁ自分勝手な理屈を臆面もなく並べ立てられるもんだぜ」


 初めて現れた時とは打って変わって、砕けた口調で接してくるグリッジに呆れ交じりに言葉を返す。


「こっちからしたら強制的に依頼を請けさせられたようなもんだ。人が悪い? 鏡見て言ってろ」

「いやいやそんなに邪険にすることないじゃないですかー。こうして迎えにも来たんですし、諸経費諸々こっち持ちなんですよ? 感謝されるならまだしも、そこまでつんけんされる筋合いは無いんじゃないですかー?」


 依頼を請けた今になっても依頼人の情報が1つも開示されてないってのに、妙に馴れ馴れしいグリッジの態度に少しイライラしてくる。

 筋合いって話なら、俺が依頼を請ける筋合いこそねぇんだよ。


「拠点にしてる街の冒険者ギルドで騒動を起こされて、差出人も仕事内容も報酬も分からない依頼を請けるしかない状況に追い込まれた俺の気持ちになってみたことあるか? これ以上くだらない戯言捲し立てるつもりなら、ここで馬車を降りてイコンに帰ってもいいんだぞ?」

「あわわわわわ! そ、それは困ります! 困るんですって! もう余計なこと言いませんから、ネクスまでは付き合ってくださいよほんとに!」

「ふん。その言葉、ちゃんと覚えててくれると助かるんだがな?」


 どうもコイツは信用出来ないんだよな。立ち振る舞いからして相当腕が立ちそうなのに、妙に飄々としてやがる。


 しかしグリッジは本当に急いでいるらしく、ネクスに向かって昼夜を問わず馬車を走らせ続けた。

 もう1人の御者と交代しつつの行程ではあったが、よくもまぁこんな強行軍を実行したもんだ。


 だが巻き込まれたこっちは堪ったもんじゃねぇ。寝るのもガタガタ揺れる馬車の中とか、寝れるわけねぇじゃねぇかよ。

 これでまた俺は依頼主への評価を1段階下げる事にする。


 徒歩で丸3日かかる道も、休まず馬車を進めたことで丸1日とちょっとでネクスまで到着することが出来た。

 はっ、すげぇ執念だな? 俺を巻き込んでなければ素直に賞賛したんだがよ。


 しかしネクスに到着したっていうのに馬車は止まらず走り続ける。


「じゃあこのまま依頼人のところまで連れて行かせてもらいますねー」

「はぁっ!? ざけんなよてめぇ! こんな強行軍で休みも取らずに連行してきて、このまま休息も取らせず依頼だぁ!? お前ら人のことなんだと思ってやがんだよ!?」

「すみませんねーこっちも雇われの身なんで。雇い主の意向が最優先なんですよ」


 食って掛かる俺の顔すら見ずに、馬車を走らせながら俺の抗議を却下するグリッジ。


「グズグズしてるとソイルさん脱走しかねませんからね。念には念をって奴ですよ」


 グリッジはそれまでの軽い調子を一変させ、無機質なまでの冷淡な口調で逃がさないと告げてくる。その様子はまるで脅しだ。多分ここで逆らうのは得策じゃない、


「……脱走? はっ! 結局俺には拒否権なんて無いってわけか」


 得策じゃないのは分かってる。でもいい加減、俺も頭にきてんだよ……!


「依頼主様はこんな底辺冒険者になんの用なんだよ? 俺に貴族の知り合いなんていねぇんだよ。関係ない俺を巻き込むんじゃねぇよ!」

「…………」

「それともなんだ? 俺たち平民は黙って貴族様の食い物にでもなってろってか!? 依頼主は大層ご立派な貴族様みてぇだな。反吐が出らぁ!」

「気の済むまで喚き散らしてていいですよ。ここでの発言は聞かなかった事にしておきますんで」


 ここでもやはり感情を感じさせない口調で、俺の言葉を丸々切り捨ててくるグリッジ。


「私の雇い主に直接言う分には私には関係ないんで、ご自由にしたらいいんじゃないですか」

「雇い主を侮辱されても関係無い? 随分と自由な使用人もいたもんだなぁ?」

「私は私に託された仕事を全うするのみです。今回の私の仕事は、ソイルさんを依頼主の元に無事送り届けること。それ以外はどうでもいいです」


 ……ちっ、騒ぎ立てても全く揺らぎもしねぇ。雇い主を罵倒してもグリッジは我関せずと態度を変えなかった。これがプロって奴か。

 恐らく戦闘力も俺より遥かに高いんだろうな。力ずくで脱出を試みても出し抜ける気がしない。


 グリッジは雇い主の元に俺を送り届けることが仕事だと言った。それ以外はどうでもいいとも言った。

 つまりこれが言葉通りの意味なら、それ以降の行動には口出ししてこないってこった。なら依頼人に会って直接依頼を断って終わりにしてやる。


 そうと決まればそれまで大人しくして、少しでも体力、気力を温存しておこう。


「おや? もう終わりですか? 今度は力任せに脱出を試みたりするのかと思いましたよ」


 はいはい無視無視。コイツは相手をしないことが1番だ。どうせコイツの方もまともに俺の相手をする気は無いだろうしな。

 もう一切歩み寄る気は無いと、馬車の端まで移動して目を瞑った。




「着きましたよ。馬車から降りてもらえますか?」


 暫くして馬車が止まり、イラつく声がかけられる。どうやら目的地に到着したらしい。

 大人しく馬車を降りると、目の前にはでかい屋敷が立っていた。まぁ依頼人が貴族様だって予想はついてたからな。ここまでは想定内だ。


 ……だが想定外の出来事が1つあった。


「……おいグリッジ。お前の雇い主はアイツで間違いないのか?」

「口を慎んでもらいたい所ですが間違いないですよ。彼女が私の雇い主です」


 でかい屋敷の前には見覚えのある若い女の姿。忘れたくても忘れられない、呪文詠唱使いのミシェルが立っていた。


 ……依頼人ってお前だったのかよ。正直お前の顔は見たくなかったんだがなぁ。

 まぁいいさ。雇い主が分かったなら俺のする事は1つだけだ。


「ソイ……」


 ミシェルが口を開きかけたのを手を翳して静止する。お前の話なんて聞く気は無い。


「お前からの依頼は正式に断ったはずだ。俺は依頼を請ける気はない。話は以上だ。もう俺に関わるんじゃねぇぞ」

「……え? え、ちょ……」


 目の前の依頼主に依頼の辞退だけを告げて、俺は踵を返したのだった。
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