ミスリルの剣

りっち

文字の大きさ
上 下
98 / 100
ミスリルの剣

98 ミシェルの真意 (改)

しおりを挟む
「ど、どういうことだよミシェル!? お前はこれを知って……!」

「……ちょっと待ったソイルさん」

「えっ……?」


 俺がミシェルと共に聖教会に所属する。

 そんな思ってもいなかった話をいきなり聞かされた俺は、その場でミシェルとパメラを問い詰めようとしたのだが、教皇ハルフースから待ったがかかった。


「済まないがお話は別室で頼むよ……。私も消耗が激しいのでね。ここで騒がないで欲しいな……」


 ハルフースは呼吸こそ乱していないものの、顔面蒼白で全身に脂汗をかいている。

 立っているのも辛そうに見えた。


「あ……。と、取り乱して申し訳無い……。ハルフースさん……いやハルフース様。怪我の治療、心より感謝致します」

「ははっ。いきなり畏まらなくていいよ。堅苦しいのはあまり好きじゃないんだ」


 辛そうにしている割には笑顔を浮かべる余裕があるのか。

 辛いのは間違いないんだろうけれど、その辛さに慣れているって事なのか?


「それに、君とミシェル様には聖騎士になってもらうわけでもないからね。礼儀作法を身につけすぎるのも逆に良くないよ」

「は? 聖教会に所属するのに、身分は聖騎士じゃないんですか?」

「悪い。話はミシェル様に聞いてくれるかな……。復元魔法の使用後は長時間の魔力枯渇が起こるからね。休ませて欲しい……」

「あ、失礼しましたっ……!」


 畏まらなくていいと言われたばっかりだが、聖教会に所属するなんて話を聞かされた後に教皇にタメ口で接したり出来ねぇっつうの……!


 会話を切り上げて去っていくハルフースを見送る。

 辛そうにしているとは思っていたけど、魔力枯渇を起こしていたのなら納得だ。


「さっ、ソイル! 私達も移動しましょっ。私に聞きたいことがあるでしょ?」

「そっ、そりゃそうだ! 説明しやがれミシェル! 俺が聖教会に所属するっていったい、なん、の……」


 ミシェルを問い詰めようと振り返ると、そこには笑顔のミシェルの姿があった。

 長いことその笑顔を見ることが出来なかったせいか、ミシェルの美しさに抗議の言葉が出てこなくなる。


 ミシェルと一緒に聖教会に所属する……?

 つまりこれからも俺は、このミシェルと一緒に居られるのか……?


「どうしたのソイル? あ、もしかして私に見蕩れちゃったー?」

「ああ……。ミシェルがあんまりにも綺麗なんで、思わず見蕩れちまったよ……」

「…………へっ?」


 ミシェルがからかってくるけれど、今の俺にはそんなことに構っている余裕は無かった。

 頭の中も心の中もミシェルのことでいっぱいになって、頭に思い浮かんだ言葉を何も考えずに口にすることしか出来ない。


「ありがとうミシェル。俺の目を治してくれて。こんな綺麗なミシェルの顔が見られなくなるなんて耐えれないぜ……」

「ななななっ、いきなりなにを言い出すのよソイルーっ!?」


 赤くなって慌てているミシェルも綺麗だ。

 もうミシェルの一挙手一投足の全てに魅力を感じてしまう。


 目が見えなくても不都合は無いとか、馬鹿も休み休みに言えってんだ。

 こんなに綺麗なミシェルの顔が見られない人生なんて、俺にはもう考えられないってのに……。


「お2人共。続きは別室にてお願いしますよっ!」


 ニヤニヤしているパメラに引き摺られて、未だに思考が纏まらない俺と真っ赤になってアタフタしているミシェルは応接間に移動させられた。


「それでは邪魔者は退散します。どうぞごゆっくりお寛ぎくださいね?」

「ままま待って! 待ってパメラ……! 今2人っきりにされても……待ってってばぁっ!」


 案内を終えたパメラはさっさと退室してしまったので、部屋には俺とミシェルしかいなくなった。


 パメラに引き摺られたことで少し頭が落ち着いてきたが、あまり落ち着きすぎるとさっき口走ったことを思い出して悶絶してしまいそうだ。

 思考がクリアなうちに話を聞いておかねぇとな。


「ミシェル」

「ひゃひゃっ、ひゃいっ!」


 声をかけただけなのに、ソファから飛び上がりそうなほどの反応を見せるミシェル。

 お前、さっきまでの余裕たっぷりな態度はいったい何処にいったんだよ……。


「はぁ~……。頼むから落ち着いてくれよミシェル。落ち着いて、まずは話を聞かせてくれねぇか?」

「はははは、話ってっ……!?」

「俺が聖教会に所属するって話だよ。別に不満があるわけじゃねぇけど、ワケも分からず聖教会に所属するわけにもいかねぇだろ。ちゃんと説明してくれないか?」

「あ、話ってそっち……?」


 出来るだけ真面目な口調と表情で語りかけたおかげか、ミシェルにも真剣さが伝わってくれたようだ。

 それでもまだ少し顔は赤いままだが、何度も深呼吸して落ち着こうとしてくれている。


「聖教会に所属する事に異論はねぇよ。ただなんで俺にはその話が知らされてないんだ? それと、俺とミシェルは聖教会に所属するのに身分は聖騎士じゃないってのも気になったんだが」

「んっ! んっ! よし、もう落ち着いたわ。大丈夫大丈夫……」


 ……いや、全然大丈夫に見えない。

 どう見ても無理してるのが丸分かりなんだが? 言わねぇけどよ。


「それじゃまずはソイルに知らせなかった理由なんだけど、1つはサプライズの意味を込めて内緒にしてたの」

「サ、サプライズって、お前なぁ……」

「で、もう1つはね。この事を知ったソイルが逃げ出すんじゃないかって心配したからなんだ。ソイルは散々私との約束から逃げ回ってたからね。今回もそれを危惧したの」

「ぐっ……!」


 真剣な表情でそんな理由を語るんじゃねぇよ……!

 もはや一生言われそうだなこれ……!


「……聖教会へ所属すると言われても逃げなかったと思うがな。低級冒険者の俺からしたら、聖教会所属なんて大出世もいいところなんだから」

「うん。私ソイルのそういう言葉は信じない事にしてるの。全部事情を話したら絶対逃げてたと思うなっ」

「あー……。実際ミシェルから逃げ回ってた前科があるからな……。その評価は甘んじて受け入れとくわ……」


 よろしいっ! といつもの調子で満足げに頷くミシェル。

 真面目な話を続けたことで、どうやら本当に落ち着きを取り戻してくれたみたいだな。


「それで私とソイルの配属先になるんだけど……。私達が聖騎士として扱われないことも事前に決まってたんだ」

「ふ~ん? それは別に構わないんだが、聖教会に聖騎士以外の戦力があったなんて知らなかったぜ」

「ソイルが知らないのも無理ないよ。私たちは新設される部隊に配属されるんだから」

「新設部隊ぃ……?」


 俺とミシェルが配属されるのは、召魔の門と召魔獣に関わる事を専門にした新しい部隊なのだそうだ。

 というか配属と言うよりも、俺とミシェルで立ち上げる形みたいなんだが?


「私達の旅はソイルのおかげですっごく早く終わったけど、他の地域ではそうもいかなかったんだって。未だに担当区域の調査を終えられていない場所もあるみたいなんだ」

「ふぅん? 思ったよりも時間的な猶予はあったんだな。そんなすぐに召魔獣が産まれるワケじゃねぇのか」

「ううん。召魔獣はいつ生まれるか分からないんだって。だから本来なら迅速に召魔の門を破壊しなければいけないの。だけど聖騎士の数は限られていて、召魔の門だけに人手を割き続けるわけにはいかない……」

「そこで専門の新設部隊って話になってくるのか……」


 召魔の門の対応に追われていた聖教会は、予定よりもずっと早く任務を済ませたパメラからの報告から、俺とミシェルの2人に召魔の門の対応を委託出来ないかと思っていたそうだ。


 ミシェルは元々聖教会に所属する予定だったので、何も問題はなかった。

 しかし、俺をどうやって聖教会に勧誘するかが分からなかった。


 そんな時にミシェルが、俺の治療と引き換えに俺とミシェルを同じ部隊に所属させて欲しい、と聖教会に提案した。


 俺の魔力感知能力とミシェルの呪文詠唱。

 この2つが如何に召魔の門の発見と破壊に役立つかは、既にパメラによって報告されている。


 なので渡りに船とばかりに、聖教会はミシェルの提案を受け入れたのだそうだ。


「……待ってくれ。その話の流れで行くと、聖教会が俺を欲しがっていたのは本当だが、俺とミシェルが同じ部隊に配属されるように画策したのはお前だってことになるんだが?」

「そうだよ? 私がソイルと一緒にいる為に、色んなものを利用して画策したことなんだーっ」


 にひひっと笑うミシェル。

 その顔には『してやったり』と書いてあるようだ。


「……ミシェルがしたことに文句なんかねぇんだが……。だけどよ、なんでなんだ?」

「ん? なにが?」

「貴族であるのに1人家を離れ、名前も知らない奴のために尽くそうってお前が、なんで俺なんかにそこまで拘るんだ……? 俺はよ、ミシェルと一緒に居ていいような男じゃ……」

「はいはーい! ソイルのそういう言葉は信じませーん!」


 パンパンと手を叩きながら声を張り上げ、俺の言葉を意図的に遮るミシェル。


「ま、ソイルが朴念仁だって事は分かってたからね。仕方ないからネタばらししてあげるわっ」

「ぼっ、ぼくね……! いや、それよりもネタばらしだぁ……?」

「私はこれでも貴族令嬢。そしてソイルは万年Cクラス冒険者の冴えないオッサンだったでしょ? 自分で言うのも嫌になるけど、私たちの身分には大きな隔たりがあったわ」

「くっ……! 言ってることは分かるが……!」


 万年Cクラスとか冴えないオッサンとか、好き勝手言いやがって……!


 今まで散々言われてきた評価だってのに、他でも無いミシェルに言われるとこんなに刺さるのかよっ!

 言われてる内容が同じでも、発言している相手が変わるだけでこんなに印象が違うとはなっ……!


「ソイルの方も貴族とは関わりたくないとかって逃げ回るし、私は私で政略結婚を迫られるしで、貴方と一緒にいたいと思っても、このままじゃ無理なのは明白だったわ」

「いいいっ、一緒に、一緒に居たいって……」

「……ソイルに大怪我を負わせてしまったときね。本当に心から後悔したんだ。私は自分が1番護りたかった人を、私自身の手で取り返しのつかないほどに傷つけてしまったんだって……」

「……ミシェル」


 のぼせそうになった思考が、ミシェルの後悔を感じ取って急速に冷えていく。

 気にするなって。大丈夫だっていくら言葉で伝えたところで、真面目で優しいミシェルが、あの時のことを気に病まなかったわけはなかったんだ。

 
「だけどそのあと、ソイルの話を聞いた時に思ったの。ソイルがこのまま全てを失くして、けれどそれを当然だと受け入れるなんて、私が絶対に許さないって!」

「……え?」

「だからね? 私はその為にいっぱいいっぱい考えて、全ての状況を利用する事にしたんだっ!」

「ミ、ミシェル……?」

「聖教会がソイルを欲しがっている話は、以前パメラから聞いていたの。そして私自身も聖教会に求められている身だからね。これはもう最大限利用するっきゃないなって!」

「あ、あのー、ミシェルさん……? ちょ、ちょっと落ち着いて……」


 話しているうちにヒートアップしてきたミシェルは、まるで目の前の俺の事を忘れてしまったかのように拳を握り締めて捲し立ててくる。


「私は婚約者となんて添い遂げたくなかったし、でも家にも迷惑をかけたくなかった。だから聖教会に恩を売って、ダイン家に無茶を言わないようにさせたかったんだ。だから専用の部隊の設立を提案したのっ」

「ちょっ!? 部隊の新設ってミシェルの提案だったの!?」

「更にそこにソイルをセットにすることで、聖教会から簡単に離脱出来ないように自分に枷を嵌めて見せたの! ソイルが一緒なんだから、余計な婚約者なんて要らないのよーって!」

「こ、後半部分が気になって仕方ねぇんだが、人の事を枷呼ばわりすんじゃねぇよっ!」

「私は身分こそそのままだけど、家を出ることになって貴族令嬢として振舞う事はできなくなる! そしてソイルも同じ部隊に配属されるなら、万年Cクラスのオッサンから同僚にクラスアップして、私達の身分差は無くなるでしょ!」


 そこまで捲し立てたミシェルはソファから立ち上がり、戸惑う俺の前にしゃがみこんで視線を合わせてくる。

 俺はミシェルの瞳に魅入られてしまったかのように、身動きどころか呼吸も瞬きも出来ずに、ただミシェルを見返すことしか出来ない。


「分かったソイル? 全部、ぜーんぶ貴方と一緒にいる為に仕組んだことなの! これを今まで伏せていたのは、告げたら貴方が逃げそうだったからよっ!」

「え……と。それって、つまり……?」

「そして今洗いざらい全部しゃべったのは、朴念仁のソイルにも私の気持ちを分かって欲しかったからですーっ!」


 ミシェルは両手を俺の頬に当て、まるで視線を逸らす事を禁じるみたいに俺の顔をがっちりと固定して、真っ直ぐに見詰めてくる。


「家から出たことも聖教会に取引を持ちかけたのも、そして貴方の怪我を治療したのも、全部私が望む未来の為に仕組んだことなのよっ! 私が添い遂げたかったのはね、ずっと貴方だけだったんだから!」

「ミ……ミシェ……」
 
「この世界の誰よりも頑張った貴方は、世界で1番幸せになる権利があるの! ううん、そんな権利が無くったって、私が絶対にソイルを幸せにしてやるんだから!」


 挑みかかってくるように、怒りすら感じる勢いで捲し立てながらも、固定した俺の顔に少しずつ自身の顔を近づけてくるミシェル。


「覚悟しなさい! 私が貴方を絶対に幸せにしてあげるんだからっ! この私がお嫁に行ってあげるんだからねっ? 報われなくって当然だなんて、絶対に言わせないんだからぁっ!」


 ミシェルによる宣戦布告のような宣言のあと、戸惑う俺の唇に柔らかい感触が重ねられたのだった。
しおりを挟む

処理中です...