異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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688 グラン・フラッタ

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「旦那様。私が連れて来た分もお願いしますー」

「はいはーいオーバーウェルミング。追加釣り宜しくねー」


 仕合わせの暴君メンバーが次々に連れてくる大量の魔物を引き受け、魔力威圧で地面に転がす。

 最深部の魔物だけあって踏まれても蹴られてもビクともしてないし、十分な量が集まるまでこのままキープできそうだね。


 魔物察知で魔物たちの萎縮が解けないか警戒しつつ、再度最深部に散っていくみんなを見送った。


「凄いですねこのスキル……。魔力威圧っていうんですか?」

「魔物を殺さず制圧するなんて、皆殺しにするよりよっぽど難しいと思うんだけどぉ……?」


 危険が無いと判断したのか、ムーリとラトリアを筆頭に家族のみんなが声をかけてくる。

 王族の皆さんは未だに混乱しているようで、自分たちを守っていたラトリアがこっちに近付いてきたことにも気づいていないようだ。


「便利なスキルだけど使いどころが難しいんだよね。相手を殺さずに制圧しない機会なんてそうそうないからさ」

「そうだよねー。野盗なんかも捕えるより殺しちゃったほうが確実だもん。魔物ならなおさら殺さずにいる理由が無いしさー」


 あっさりと殺した方が楽と同意してくれるターニアにちょっと引きそうになるけど、これはこの世界では当たり前の価値観なんだよね。

 魔物は勿論、野盗だって生け捕りにするメリットがあまり無いので、魔力威圧って何気に使い辛いスキルだったりする。


 ま、同時に習得できる同時詠唱と詠唱短縮スキルが強力過ぎるから不満も無いんだけどね。


「最深部の強力な魔物も一瞬で制圧してしまうと考えると、かなり強力なスキルに思えますけどねぇ……」

「いや、魔力威圧の効果範囲は、多分だけど魔法攻撃力が関係してると思うんだ。俺の魔法攻撃力補正累積数なら最深部の魔物にも通じるってだけで、強力な魔物相手だと魔法防御力で防がれちゃうと思うんだよ」

「なんだそれ? 結局スキルじゃなくてダンが異常って話なんじゃねーか。仮に同じスキルを得られてもダンと同じ感覚で使うのは難しそうだなー」


 エマにスキルの説明をしていると、それを聞いたシーズがなぁんだと肩を竦めて呆れている。

 そんな気軽に自分の旦那を異常とか言って欲しくないんだよー?


「ねぇねぇダンさん。どのくらいの魔物を集める予定なんだい? 既に1000体じゃきかないくらいの魔物が転がってると思うんだけど……」

「そうだねぇ、明確に数を決めていたわけじゃないけど……」


 キュールに問われて魔物察知を発動する。

 すると察知スキルの効果範囲内には最早魔物はいないようで、魔物を釣りに行ったみんなも生態察知を発動しても反応が確認できないくらい遠くまで魔物を探しにいってしまっているようだ。


 流石にこれ以上は過剰かな? みんなが戻ってきたら殲滅してみよう。


「ただいま戻ったわぁ~」

「ただいまなのじゃーっ」


 次々に戻ってくる仕合わせの暴君メンバーを引き止めて、イントルーダーの出現に備えてもらう。

 この分だと1500~3000体くらいの魔物を一気に殲滅する事になりそうかな? クルセイドロアの効果範囲に収まってくれるかちょっと怪しい。


「クルセイドロアの効果範囲を心配してますけど、全ての魔物にあっさり魔力威圧を反映させてる旦那様が言うなって感じですよ?」

「獣化したニーナの魔法攻撃力は多分ダンよりも高いからね。ダンのスキルが適用される範囲なら、ニーナの攻撃魔法も届くんじゃないかな? 仮に届かなくても、ニーナなら走りながらクルセイドロアを放てるしね」


 確かにヴァルゴとリーチェの言う通りか。

 俺の魔力威圧が適用される範囲内ならニーナのクルセイドロアが届いても不思議じゃないし、届かなくても獣化して跳ね上がった敏捷性を活かしてクルセイドロアを撒いて回ればいいだけか。


 超高速機動の範囲攻撃魔法使いとか、敵に居たらコントローラー投げるレベルで悪夢だな……。


「ただいまなのーっ。みんな居るって事は、魔物集めはもう終わりでいいのー?」

「お帰りニーナ。充分な量かは分からないけど、近くの魔物はもう集めきっちゃったみたいだからね。殲滅をお願いしていいかな?」

「お任せなのーっ! ドロップアイテムの回収はお願いするからねーっ」


 頭に生えた狐耳を高速でピコピコ動かしながら、直ぐに魔物の群れの中心付近に突っ込んでいくニーナ。


 ただでさえ最高に可愛いニーナが、獣化するとテンションが上がって幼い感じになるのがヤバすぎるんだよなぁ。

 獣化って戦闘力も上がるんだけど、それ以上に魅力が跳ね上がっちゃって大変だよ。男性獣人の獣化ってどんな感じなんだろう?


「それじゃいっくのーっ! 『其は悠久の狭間に囚われし、真理と聖賢を司る者。無間の回廊開きし鍵は、無限の覚悟と夢幻の魂。神威の扉解き放ち、今轟くは摂理の衝撃。クルセイドー……ロアーーーッ』!!」


 魔物の中心で聖属性の攻撃魔法を叫んだニーナ。

 次の瞬間ニーナを中心に衝撃波が放たれ、一瞬にして全ての魔物が消し飛んでいく。


 どうやら心配には及ばず、魔力威圧で萎縮していた全ての魔物を1撃で葬り去ることが出来たようだ。


「それじゃみんなでドロップアイテムを回収するよ! チャールとシーズはアウラと一緒に、手前側のドロップアイテムから回収してねーっ」


 イントルーダーが出てくるかはまだ分からないけれど、少なくともアウターエフェクトは確実に出現するだろう。

 なので出現予兆が始まる前に指示を出して、家族総出で一気にドロップアイテムの回収を始める。


「な、なんだ……!? ゆ、揺れてる……!?」


 しかしドロップアイテムの回収を始めて数秒後、始まりの黒全体が鳴動し始めた。

 アウター全体が揺れるのはイントルーダーの出現予兆で間違いない。召喚成功だ。


 リーチェに頼んで声を拡張してもらい、ドロップアイテムの回収を続けながら見学者たちに声をかける。


「イントルーダーの召喚に成功しました。これよりこの世界に君臨する最強の魔物種であるイントルーダーが出現します。心を強く保ち、心折れないようにお気をつけください」

「い、いよいよか……! 流石に緊張するな……!」

「イントルーダーが出現すると、もう後には退けません。イントルーダーは最深部の外にも、アウターの外にも出てこられる存在と言われているからです」

「なっ、なにっ……!? き、聞いてないぞそんな話!?」

「故に、イントルーダーが出現したら生き残る方法は1つ。イントルーダーを滅ぼすしかありません。悪戯にイントルーダーを呼び出し、そして討伐に失敗してしまったら、それが原因で数千、数万の命が失われると覚悟してください」


 カレン陛下やマーガレット陛下など、魔物狩り経験のある人たちは比較的落ちついているようだ。

 逆に物見遊山でこのツアーに参加した人たちは、イントルーダーの危険性に今更ながらパニックに陥っている。


 アウター全体から濃密な死の気配が放たれ始めているから、覚悟が無いと平常心を保つのも難しいだろう。


「これより現れるのは、恐らくアポリトボルボロスと呼ばれるイントルーダーです。上級攻撃魔法と回復、治療魔法を使いこなし、同時に3つの魔法を放つことが出来る魔法に特化したイントルーダーです」

「馬鹿なっ……!? 魔物が回復魔法を使うだけでも信じられんのに、治療魔法まで操るだとぉっ……!?」


 説明している間に、すっかり見慣れた漆黒の巨大魔法陣が浮き上がる。

 ここから更に出現予兆が続くのは分かっているので、サクッとドロップアイテムを回収しきってしまおう。


 チャールやシーズ、ムーリやターニア辺りまで、イントルーダーの放つプレッシャーの中でドロップアイテムを回収させるのは負担が大きそうだし、急ごう。


「サンクチュアリの範囲内に居る限り安全は保証します。ですがただいま申し上げた通り、アポリトボルボロスの攻撃手段は上級攻撃魔法、つまり範囲攻撃魔法ですので、勝手に動き回った人の面倒まで見る余裕はありませんからそのつもりで」

「……っ」


 地面と天井に浮かび上がった魔法陣から黒い稲妻が放たれ、魔力の球体が形成され始めた頃にドロップアイテムの回収作業が終了する。

 すぐさま全員で見学客のところに戻り、仕合わせの暴君メンバー以外を背中に庇う。


「それじゃ打ち合わせ通り始めは様子見ね。ティムルの防御能力は信用してるけど頼りきらないように、いつでもサポートできるように備えていて欲しい」

「了解なのっ。熱視と竜鱗甲光があれば、ティムルに防げない攻撃なんて無いと思うけどっ」

「あはーっ。ありがとニーナちゃんっ。お姉さん張り切っちゃうわよーっ」


 狐耳をピコピコさせながらティムルに抱きつくニーナと、巨大なグランドドラゴンアクスを片手で構えてニーナを抱き締めるティムルお姉さん。

 あら~、素晴らしい光景ですね? 動画に残せないのが悔しすぎる光景ですよ。


「フラッタは集中しててねー。お前のところに攻撃が届くことはないから、攻撃のことだけ考えて欲しい」

「言われるまでもないのじゃっ! 妾の命、みなに預けるのじゃーっ!」

「不測の事態には私が備えます。だからフラッタ、思い切りぶちかましちゃってくださいねっ!」


 ドラゴンイーターを両手で持ち上げながら、全身青い魔力に包まれていくフラッタ。

 その隣りに寄り添うように槍を構えてダークブリンガーを纏うヴァルゴ。


 手合わせする機会が多いからか、最近フラッタとヴァルゴって仲いいよね?


「こ……れは……! お父様が魔物化したときより、遥かに……!」

「エ、エルフェリアで見たあのバケモンよりはマシだが……! なんつうプレッシャーだ……! くそっ……!」


 巨大魔法陣から生み出された魔力体が、雫となって地面に零れ、そしてアウターに滲んでいく。


 その数秒後に地面から湧き出るように出現したのは、かつてスポットで見た灰色の泥。

 どうやら出現するイントルーダーはアポリトボルボロスで間違いないようだ。


「くっ……そ……! こんな……こんな魔物が存在しているなんて……!」

「……ちっ。やはり戦闘力じゃ絶望的な差があるか。対人戦なら一矢報いれるなんて希望的観測は厳禁だね」


 青い顔をしてアポリトボルボロスを睨みつけるカルナスと、意外と平気そうな顔でブツブツ呟いているバルバロイ殿下。

 まぁ野郎のことなんかどうでもいい。チャールとシーズはラトリアの後ろに避難させて、ムーリとターニアを寄り添わせて……。


 おっと? アウラは歯を食い縛ってプレッシャーに耐えているね。流石は究極の生命体だ。


「来るわよダン! こっちに集中してっ」

「っと、ごめんティムル。教えてくれてありがと」

「あはーっ。仮に気付いてなくてもお姉さんが守ってあげるけどねっ! 竜鱗甲光っ!」


 アウラに気を取られているうちにアポリトボルボロスの召喚は終わっていて、攻撃魔法の構築まで終わってしまっていたようだ。

 ティムルがウェポンスキルを発動した瞬簡に空間を奔る、サンダースパークの衝撃波。


「うっ、うわああああっ!?」

「だいじょうぶなのっ!? 本当にこれ、大丈夫なのーーーッ!?」


 全方位攻撃のサンダースパークだけど、ティムルの魔法障壁に食い止められたところで衝撃波が止まり、見学者たちのところまで雷撃が届くのを何とか防ぐことが出来たようだ。

 範囲攻撃魔法が防げる事を確認出来たので、ここから少しだけアポリトボルボロスのワンマンショーを楽しんでもらう。


「いっ、いやああああっ!? は、早く倒してぇぇぇっ!?」

「なんで何もしないんだっ……! ま、まさかこの攻撃魔法に手も足も……!?」


 見学客の皆さんが煩いけど、範囲魔法が飛び交う中を打って出ろって普通に酷すぎる要望なんだよ?

 アポリトボルボロスの熱いパッションで会場が最高の盛り上がりを見せる中、俺は深く集中しているフラッタに声をかける。


「1つ確認だフラッタ。サポートは居るか?」

「……どういう意味じゃ? 妾が1人で奴を討つことは既に決まっておるはずじゃが?」

「アポリトボルボロスは物理耐性持ちだ。その上で液体に近い体を活かして、俺の全力の絶空を受け流したこともある。物理特化のアズールブラスターで滅ぼすのはちょっと相性が悪い相手なんだよ」


 ノーリッテが嗾けてきたアポリトボルボロスは、魔法に特化していたくせに凄まじい耐久力を誇りやがったからな。

 アイスコフィンを使って凍結させてようやく絶空が通じた、本当に厄介な相手だった。


「フラッタが望むなら、アズールブラスターが通りやすいようにアポリトボルボロスを凍結させても……」

「必要無いのじゃ。妾は万全のアポリトボルボロスを正面から叩き潰してやるまでよ」


 俺の言葉を遮って、サポートの提案を却下するフラッタ。

 真っ直ぐにアポリトボルボロスを見据える紫の瞳からは、今まで見たことのないほどの深い集中を感じさせた。


「もう……様子見は良いかのう? 妾の準備はいつでも良いのじゃが」

「あ、ああ……。フラッタの好きなタミングでいいよ。フラッタの全力、ここで見てるからね」

「うむ。見ておるが良いのじゃ。妾が竜王を名乗るに相応しき存在であるかをな」


 いつもなら真っ赤な瞳のように感情を燃え上がらせて剣を振るうフラッタが、まるで青い炎のように静かな感情を剣に乗せている。

 赤く燃え盛る炎のような激情に、青く静かな炎を交え、紫になった瞳の先には標的となるイントルーダーの姿。


「『虚ろな経路。点と線。偽りの庭。妖しの箱。穿ちて抜けよ。アナザーポータル』」


 静かにアナザーポータルを発動したフラッタは、攻撃魔法の間隙を縫ってアポリトボルボロスの頭上に転移する。

 そして青く眩い魔力に覆われた巨大剣ドラゴンイーターを、全身のバネを使って思い切り叩きつけた。


「砕けよぉぉっ!! アズールブラスタァァァァァッ!!」


 猛きの竜王の咆哮と共に、青き閃光が空間を支配する。

 ノーリッテと戦った時よりも更に腕を上げたフラッタの全力の1撃が、流動体のアポリトボルボロスの芯まで染み渡っていく。


 アポリトボルボロスの体内がフラッタの青い魔力で満たされた瞬間、爆発するように弾け飛ぶアポリトボルボロスの巨大な体。

 若くて可憐な最強の竜王の1撃は、物理耐性もイントルーダーの特性も無視して、正面から全てを捻じ伏せてしまったようだ。


「妾の……勝ちなのじゃーーーーっ!!」


 最深部に響き渡るフラッタの元気な声。

 数秒前までアポリトボルボロスが存在していた空間には、己の体躯を超える巨大剣を片手で掲げて勝利を誇る、グラン・フラッタの笑顔が咲いていた。
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